17:1 - ムカデの腹の上にて
サバイバルセル(survival cell)
:車体構造の一種で、エンジンや燃料タンク、サスペンションといった機構が全てボディ一体型になっているタイプのこと。“モノコック機構”などとも言うが、レース規定などにおいては主にこう称される。車体を一体型にすることで剛性を確保し、また衝撃を吸収するための素材構成なども入念に設計されている。
全重量は五〇キログラムにも満たないケースも多いが非常に高い保護機能でレーサーを守る最後の砦。
ムカデ型の細長い要塞から出てきた兵士たちは手に手にキテレツな機械を握っている。工場とかで使われるようなゴツめの鋼鉄製フックを、手首に括りつけた添え木風の棒の先端にくっつけている鈍器……とでも言えばいいだろうか?
ひとまず銃口らしきものは見えないので、恐らくは銃でないらしかった。高さはともかく、この洞窟の太さ自体は三~四メートル程度ということを考えると、この装備は狭い空間での誤射を避けるためなのかも知れない。この閉鎖空間でこの人数が銃器を取り回すのはさすがに無茶だろうしな。
そしてやはりというか何というか、兵士たちはガスマスクらしきものを被っていた。
「おい待て、俺だ! ヴィトだってヴィト・カルローニ‼︎ 背中にティートの野郎も背負ってる! 俺は敵じゃねぇだろ、な⁉︎」
ヴィトのおっさんはというと、俺からは少し離れた位置で両手を上に挙げている。くるくる回って背中でグッタリしているティートのアピールにも余念がない様子だった。うーむ、情けない。
しかしそんな必死のアピールもあってか、兵士たちはおっさんを避けてこちらに向かってくる。やっぱ頼りになりそうにないか……。
「●□※▲◇‼︎‼︎‼︎」
相手方の戦闘がマスク越しに何やら言葉らしい何かを叫びながら、手近にいたケンゴに殴りかかる。その背後にいた別の兵士はノエミアに掴みかかろうとしていた。どうやら男女だとか体格だとかそういう区別もなく始末してしまおうという魂胆らしい。何にしても、今が絶望的な状況というのには変わりがない。
そんな中でも動き出しが早かったのは殴りかかられた当人であるケンゴと、仕舞いかけのサバイバルナイフを瞬時に抜いてノエミアに手を伸ばす二人目の兵士へと飛び掛かったイスルギ、そして俺だった。
俺は一歩踏み出すと地面を蹴って宙に身を躍らせる。跳んだ先にいるのは一人目とも二人目とも違う、その後ろに突っ立ってた三人目の兵士だ。さすがに心の準備はしていたのだろう、三人目はすかさず右腕に括りつけた例のフック付き添え木風鈍器を俺に向かって構え……ようとしてその右手の甲を弾丸で撃ち抜かれる。撃ったのはもちろん俺自身で、銃は跳び上がると同時に右手の内に忍ばせておいたものだ。
ぶっちゃけこのとき、俺は内心驚いてもいた。“昔取った杵柄”なんていうが、『訓練』での教えというのは案外抜けていかないものらしい。こんな土壇場に陥っても鮮明に思い出した上でちゃんと動けるんだから。正直やらなくなった途端すぐに忘れていくものとばかり思っていた。
一方、正面から飛び掛かられた敵兵は当然倒れる。俺は右腕をやや上方から挿し入れるようにして相手の体に手をついて、そのままでんぐり返しの要領で相手の体の上に倒れ込んだ。ちょうど柔道の前転受け身みたいな体勢だ。そして敵兵の体とは逆の方向で上になった俺はそのまま足を相手の頭部にめり込ませて気絶させ、寝ころんだ体勢のまま奥にいた敵兵たちに実弾を叩き込み続ける。処理済み、処理済み、処理済み、処理済み。
ケンゴはというと急に殴りかかられたことを物ともせず、素早く左足を上げて相手の腹部へ垂直に蹴りを叩き込んでいた。砦の壁に打ち込まれる破城槌みたいな、あの要領で重い打撃を食らった相手は後ろにつんのめる。いくら防弾使用のパワードスーツを着込んでいようと、着込んでいる体の重さごと動かす脚力で押しのけられたのではどうしようもない。そしてケンゴはバランスを盛大に崩した敵兵を一時の足場にして左足を軸に右足を頭上より高く蹴り上げ、一人目の向かって左隣にいた別の敵兵の首元へと右足のつま先を豪快に蹴り入れる。
そもそもこいつらが着ているパワードスーツは“パワード”とか名ばかりの安物で、関節部分の作りが全体的に甘いというのは俺が前に戦ったときと変わっていないハズだ。つまりあの蹴りを食らった敵兵はというと、
「がホッ」
俺が聞く幾度目かの奇声を響かせつつ地面へと沈んでいった。当然もんどり打って地面に倒れるのはケンゴも一緒だが、倒れる直前、重心が右足で仕留めた敵兵の首元に移った一瞬で左足を蹴り上げて一人目の顎に痛烈な蹴り上げをお見舞いしている。結局一人目もそのまま後ろの地面に倒れ込むころには気を失っていたようだ。
「あーもう知らねェやッ!」
地面に倒れ伏した状態から立ち上がる直前、ケンゴがそう叫んでガシュッという何かの射出音が響く。以前、地下の谷底に落ちたときに見た、右腕に小型拳銃が仕組まれていると思しきあの仕掛けだ。どうもアイツの言うところの“隠し玉”を秘密にしておくことは諦めたらしい、が戦力として心強いに越したことはない。あの早撃ちは今も思い出せる。案の定、アイツが立ち上がるころには離れた位置の敵兵に数発弾丸を撃ち込んだ後だ。引鉄を引く速度も相変わらずで何発撃ったのかは分からなかった。
イスルギなんてもっと容赦ない。ノエミアの手を右手で掴んで乱暴に引き寄せた後、左手のナイフの刃先で狙ったのはやはり首元だ。流れるようなナイフ捌きでフルフェイス型ガスマスクの首元のベルトを切り落とし、既にノエミアを後ろに放って空いていた右手でこれまた乱暴にガスマスクを掴む。そして露わになった喉元を引っ掴んだまま相手の体を回転させて瞬時に向こうを向かせ、それから間髪入れず刃先で喉笛を掻き切っていた。
全体的に見ても無駄の全くない、ただ“素早く殺すため”に特化したような迷いのない動き。……コイツ間違いなく“殺し慣れて”いる。
顔色一つ変えず、また噴き出す返り血を全く浴びることなく敵兵を殺害したイスルギは死体をわきに捨てて、残りの敵兵の一人に向かって突進した。相手はガスマスクの上から勢いよく浴びせられたかつての仲間の血で前もよく見えないらしい。そして同じような動きで次の死体を地面に転した。
けっきょく俺たちの先遣隊メンバーの全員が動いたわけじゃない。それでも瞬く間に相手方の半数は戦闘不能、一部は死亡。突撃してきた相手方の戦意なんてものが剥がれて跡形もなく崩れ落ちるまで、そう長くはかからなかった。




