16:2 - 激昂と硫黄臭にて
「……ウ……ッゼぇなこの女ァァぁ‼‼‼」
声と同時に、さっき壁や地面に残されていた金属片からバチバチと音を立てて派手な火花の柱が立ち昇る。空気が震えて全身の産毛が逆立ち、肌の表面までもがバチバチ言い始めたような感覚に陥った。……ん? 怖気とかとはまた別に、この感覚には馴染みがあるような。
だがそれを意識的に思い出す間もなく襲撃者は飛び掛かってきた。次は空中で仕留めようとラッシュが蹴りを入れようとするも、そんなことは予測していたのか今度はタイミングよくその足首を掴み取る。バチッ。
「っ、キャアあアああアあああッ‼」
「おいラッシュ!」
襲撃者の手から一瞬青っぽい光が走ってラッシュの悲鳴があたりに谺した。今ので確信した。間違いない、さっきからコイツが操っているのは電気だ。あの金属片を起点に発生させた雷がさっき俺の右足を攻撃したってことか。
しかし一瞬でも空気中に放電してるということは、具体的に何Vとかは分からないがそれだけ出力も相当高いということ、つまり端的に言うとやっぱりマズい。そんなことを脳裏によぎらせつつ、俺はへたり込んでいたその場からやっと感覚が戻ってきた右足を空中に突き出した。
「グッ……!」
ヒット。足の先端はそのまま空中の襲撃者の胸部を抉るように打ち据える。当然飛び掛かる体勢だった襲撃者はどこにも足なんてついてないわけで、俺の痺れ気味の脚の蹴りを下から受けたアイツはあさっての方向へともんどり打って転んだ。
そのタイミングで、すかさずイスルギとケンゴが二人で飛び掛かる。
「手じゃなくてッ!」
「頭なら感電しねェんだよな!?」
ラッシュが頭に蹴りを入れてたのから思いついたのか、イスルギの義手とケンゴの靴裏の硬い感触を顔に受けて、襲撃者が気を失うまであっという間だった。
「で、コイツん名前なんだって?」
「だからティートだっての。他の名前は知らねぇ、ヤモリ型……守宮人種っつって俺と同じくウチのファミリーの構成員……ってかチンピラだ。イヤ、“だったハズ”だ。少なくともこないだまでは、こんな鉄砲玉じみた暗殺者どころか……この、身体改造義体っての? ともかく、こんなトンチキな改造積んでんのだって見たことなかった。多分この一週間かそこらで改造したんだろな、腕ごと」
決着の十分後かそこら、気絶したままのティートをわきに置いてイスルギの質問にヴィトのおっさんは答える。
俺ら先遣隊が急襲を受けて失ったものは今のところ特に思い当たらない。強いて挙げるなら無駄撃ちした弾丸数発分、ティートの電撃とかその余波だとかで調子がおかしくなったライト二台そこら、のみだ。あともっと言えば命綱の中継地点でロープを見張ってるチンピラ三人組の様子を見に行っているケンゴも、“今この場にいない”という意味では『失ったもの』か。
それとこれは俺らがなんとか首尾よく防衛に成功したからだと言えるが、そのぶん物なんかよりも俺らの体力が失われたって言うべきなのかも知れない。こんな環境への潜入において体力の問題はまさに死活問題だ。特にいま“失っている”のはラッシュで、足首から流された強力な電流で下半身全体が表皮から筋肉に至るまでが結構な火傷状態にあるらしい。ただ通電した時間がごく一瞬だったのと、地面に片足を付けていたことで地面に放電されて上半身へのダメージがあまり無かったためこの程度で済んでいるのだという。
それでも高圧電流の火傷は心臓へのダメージやら重篤化、後遺症の心配やらで色々あるらしく、ラッシュは地上へ帰還したらすぐに医療設備がある場所で診察させるようにとベイファンに厳命されていた。
「ちょっと待って、腕ごとっていうことは……」
隣で聞いていたアイザックが恐る恐るという様子で尋ねる。やはり『表側』から来た人間だからなんだろう、こういう話にはおっかなびっくりなのがよく分かる。それに対して、裏社会出身であるおっさんのほうは特に動揺するでもなくあっさり言ってのけた。
「あ? そりゃ切り落として代わりのモンくっつけたに決まってんだろ。俺らマフィアはカネになるんなら腕の一本二本くらいいつだって切り落とすぜ? むしろ喜んで取り換えるヤツだって少なくねぇ、今の世の中、機械でいくらでも機能拡張できんだからな。そら高くつくけどよ。そこのヤクザの兄ちゃんみたく、特に感慨なんてありゃしねぇよ」
「おいオッさんよ、何の改造もしてねェアンタが言っても説得力無ェし、それに少なくとも俺は感慨あったぞ? まぁ、今じゃ不便してねェのは確かにそうなんだが、元の左手無くしたときは痛ぇやら何やらで色々キツかった。そもそも自発的に無くしたワケでもねェし」
イスルギがおっさんの与太話にツッコミを入れる。そりゃ体を改造できるようになった昨今だとしても、腕を切り落とすような事情や心持ちなんて人それぞれだ。
そして取り敢えず、話題はイスルギによってまた元に戻された。
「ま、ともかく話を戻してだ。そこのティート? だかが襲いに来たってことは俺らのこと相手方にバレてるとみて間違いねェんだよな?」
「そりゃそうだろ、鉄砲玉? なんだし。あー、“使い捨ての突撃要員”って意味であってるよな? でも殲滅力高そうとはいえコイツ一人にやらせるあたり、まだこっちの規模とかまではバレてないのかも。ヤソジマ・イガラシ・トツカの三人はケンゴが様子見から帰るまで置いとくとして……」
俺はその言葉を反芻しながら頭の中で状況を整理する。アイテリウム鉱脈が近いとはいえ、通信や計器類が全て使えなくなるというのは手痛い。でも足元からさらに下だか、それとももう目の前にいるのかはわからないが、取り敢えず目当ての鉱脈が近いことを祈るほかなかった。と、
「おい、何か知らんがリューなんとか……温泉臭さ? アレ薄くなってきてんぞ。あの匂いって毒か何かなんだろ? これ運向いてきてんじゃね?」
ヴィトのおっさんが嬉しそうに口にする。確かにこんな良いタイミングでガスが薄くなるなんてのはまさに奇跡的なタイミングだ、利用しない手はない。
だが、見るからに焦りながらイヴとベイファンはそれを却下した。
「待ちなさい! “薄くなった”って、硫化水素ガスが急に消え去ったとでも思ってるの? ここは洞窟内の地下深くで空気の流れなんてないのよ、この移動距離でガスの発生源から急に離れられるワケでもない。明らかに異常だわ‼︎」
「別のガスが充満してきてるのかも知れない、本来天然のガスは有毒でも無臭のものが多いからね。そしてこんな狙い澄ましたようなタイミングでそうなったってことは相手方の仕込みの恐れがある……どっちにしろ、支給した水は各自まだ持ってるよね? それで袖でも何でもいい、布を濡らして今すぐ鼻と口を覆うんだ。僕たちはこれからここを脱出する‼︎」
明らかに切羽詰まった様子で二人は捲し立てた。




