16:1 - 暗殺者の銃口にて
スローパンクチャー(slow puncture)
:ホイールを損傷したり、路上のデブリ(パーツの破片など)を踏んだりするなどして、徐々にホイールから空気が抜けていく現象のこと。これを放置するとやがてタイヤ全損やその他事故につながりかねないため注意が必要。
その呆れ声は妙に甲高かった。だが高いだけで多分男の声だ。ハチの羽音みたいな、せわしなさと荒々しさが混ざった感じとでも言えばいいだろうか。
軽い破裂音と共に、その声の主は頭上から勢いよく地面に着地し、反射的に後ろへ飛びのいた俺の前髪をスレスレで外しつつ地面に拳を叩き込む。爆発音と破砕音、小型の隕石でも降ってきたかのような衝撃で辺りは揺れた。岩肌にできた小さなクレーターの中心には拳の頭から排出されたと思われる穴が四つ並んだ三日月型の薄い金属片が残されている。成る程、あの腕は義体か何かか。……だとすると、ありゃどんな改造してんだ?
ライトの薄明りだけが辺りを照らす暗闇の中、襲撃者の急襲は苛烈さを増していた。どうもコイツは落下地点目の前にちょうどいた俺から仕留めることにしたようで、地面にクレーターを作りだしたあの拳を俺の顔めがけて連続で叩き込む。
俺は頭蓋骨が吹っ飛ばされる“すんで”の所でのけぞって三、四発の重い殺意のカタマリを躱した。いくら大振りの見え透いたパンチとはいえ、あの威力が頭部に突き刺さるかも知れないという緊張感はなかなか味わうものでもない。凄まじい速度で振るわれる拳から暴風のような風圧を感じた気がした。
「早くライトを! 顔は直接照らさないように‼」
イヴの指示で複数人から俺と男の足下に向かって光が投げかけられるが、目に直接光が入らなくても洞窟の闇に慣れていた目には結構な衝撃だった。一方の襲撃者は……当たり前だが暗視ゴーグルを装備している。どうせゴーグル内の安全装置とかで目には何のダメージも無いんだろう、クソッ。
「おいアキ、当たんじゃねェぞ!」
ライトを持っていないイスルギがそう叫ぶと、こちらに向けて剥きだしの義手の左手で銃を三発撃つ。どうも左利きらしいが、どっちみち義手のほうの手で銃ふり回しといて無茶言うなよ、とは思った。
けっきょく放たれた弾丸はどれも惜しいところで襲撃者には当たらず、ヤツは急遽地面を殴って体の勢いの向きを変えて岩の壁に向かって飛び上がる。……ヤツはそのまま壁にぴったりと張り付いて落ちずにいた。亜人か、それとも“そういう”装備か何かか。
「銃を持ってる人は撃たないように、アキに当たったら元も子もない!」
「ん? ……オイオイ、まさかヴィトか……?」
イヴの注意喚起の中、襲撃者は辺りを見回して状況を確認して、先頭にいたイノシシ男を見つけて思わず声を漏らす。相変わらずの羽音みたいな騒がしい声にはどこか笑い混じっていた。
「ギャハハハハハハハ‼ お前、先週いなくなったと思ってたらそこで何つかまってんだよ⁉ 侵入者につられてお前までしょっぱくなっちまったか?」
「オメぇ黙っとけやティートよぉ、その声アタマに響くっつってんだろ……」
どうやらヴィトのおっさんと襲撃者は知り合いらしい、ってそりゃそうか、元々同じ陣営の仲間か。
「ったく、しゃーねぇ。俺が連れ戻してやっからそこで待っとけ」
ティートと呼ばれた襲撃者はそう吐き捨てて地面に飛び降りると、重そうな義体の腕でボクシングのような構えをとりながら指でこちらを挑発してくる。ちょうど拳に巻くバンテージのように前腕部に巻き付けられた帯は、拳の頭の部分だけがおそらく内側から派手に破れて焼け焦げていた。やはりさっきの金属片と何か関係があるらしい。
襲撃者が俺の顔めがけて飛び掛かってきた。とはいえさっきの動きで目が慣れてきている。
俺はさっきよりも余裕が出てきた(気がする)動きで拳を躱し、そのまま体をひねって相手方の手首をつかんで岩肌へと叩き込んだ。今度は壁に砲弾のような拳が突き刺さる。しかし一瞬、壁に叩きつけたはずのアイツの顔に俺は違和感を感じた。うっすら、口元が笑っていたような。ヤツは空中でまた体をひねって壁に両足を付けるとクレーターに埋まった拳を引き抜いた。あの例の、穴が四つ並んだ金属片がまた残されている。そうか、金属片のあの穴は拳の頭の部分か。
「遅ぇよッ」
その一声と共に閃光が周囲を駆け抜けて、んで俺の右足に衝撃が走った。一瞬にしてガクリと足から力が抜け、俺はその場にへたり込んでしまう。あまりの痛みに足を見ると、炭化した布で縁取られた穴がちょうど右足のすねの部分に出来ていた。瞬間で痛みは治まったが皮膚が粟立つような感覚と焼けつくような痛みが残っている。なんだこれ、これじゃまるで。
「あー、やっぱ足元の方からやると地面の方に“逃げ”ちまうな……なら頭からッ」
襲撃者は壁から飛び上がって、着地しながらブツブツと呟く。そしてヤツは俺の頭をつかもうと手を伸ばして……。
真横からの飛び蹴りで弾き飛ばされる。もっと詳細に言うなら、襲撃者は派手な回し蹴りを受けて四、五メートルほど吹っ飛び頭から壁に突っ込んだのと、蹴り飛ばしたのは鉤爪のついた鶏の脚だ。
「あっぶな! 今のつかまれてたらアキ死んでたよ⁉」
俺はラッシュの脚に胸ぐらをつかまれつつ乱暴に助け起こされる。口ぶりから察するにもう今の閃光が何なのか看破したらしい。かなりギリギリのところだったからまさに間一髪だったが助かった。
……そういや思い出した、ただでさえ一般的に血の気が多いといわれる鶏人種の中でも、ラッシュは特に超攻撃的ニワトリ品種・軍鶏の血を継いでるとかいってたな。確かにあのナッシュ爺さんの孫だったらそれで間違いないハズだ。つまり今の反射神経も遺伝子に受け継がれてきた的なものなんだろう。
吹っ飛んだ襲撃者はというと、打ち付けられた頭を擦りつつヨロヨロと立ち上がる。そしてその目で忌々しげにラッシュを睨みつけ、相変わらずの妙に甲高い声でヤツは叫んだ。




