03:2 - 交渉ごとの顔合わせにて
「さっきぶりだな、喋ってたのは俺だ」
「あぁ悪い、何というか……思ったよりガキが堂々と出てきたモンだから組で揉めちまってな。全くの別人が出てきたんじゃねェかってんで、アンタがもし替え玉なら目的は何か、相手に人質取られることはないかとか。で、俺一人が出てきた」
……またこの手の話か。自分の年齢とか、そのくせ少々老けていることへの誤解にはもはや慣れっこだ。俺は頭を振りながら答える。
「ま、それは別にいいんだけどな。俺はアンタより多分歳下だが敬語なんて使わんし」
「へェ、いくつだよ? 俺は三二だ」
「二四」
「……は?」
「ちょうど今日で二四になった」
「おいギリ成人なだけの生ガキかよ……何だ、誕生日おめでとうとか言や良いのか?」
「何でヤクザが気にすんだよそんなの」
思わず聞き返す。“見えない”とはよく言われるが、これはたぶん人生で初めての返しだ。一方の無礼男(仮)……改めヤクザ男は不機嫌そうな声で返す。
「若ェ奴は金ヅルにもなんねェわ、そのくせ下手に手ェ出したら世間から叩かれるわでヤクザ的には色々あんだよ。合法は合法だけどな。ったく、ガキがシャシャんじゃねェよ」
「ブフッ」
「くッ」
「ぶグッ」
後ろの三人が耐えきれないとばかりに吹き出し、握られた拳銃やら服の金具が擦れてガチャガチャと音を立てた。コイツら腹立つな……。一方で、笑わせる気はなかったらしいヤクザ男は怪訝そうな顔をしているのがマスク越しにも伝わった。
「あ?」
「ひっ、いや、……ごめんなさい」
ラッシュは声の調子をわかりやすく裏返しながら謝罪の言葉を口にする。……完全に怯えていた。
「……あぁ、アンタがさっきのメカニック女か。脅して悪かったな」
「え?」
「ああいう風に、急に静かに怒ったり逆に怒鳴ったりするのはヤクザの典型的な脅し方だ。本気で怒ってるわけじゃねェから萎縮しなくていい」
「そ、そうなの?」
「まぁ“慣れろ”っつってもムリか……こっちもやらないように気を付ける」
ヤクザ男はまた素直に頭を下げた。
……凄いなヤクザ。こうやって忘れずにフォローしていくあたり、どこからどう見ても『ガラが悪そうなだけの良い人』だ。こうやって普段は社会に溶け込んでいるんだろう。ラッシュも、先程の脅しを聞いてなければこの男がヤクザと言われても信じなかったのではないだろうか。
「えっ、あっ……」
とはいえ、今は竦み上がった後だ。今やあわあわするだけの羽毛付き小娘でしかない。
「仲直りとまではいかんだろうけど、ここで自己紹介しとこうや。な?」
仕方なく俺はこうやって助け舟を出す。
「金借りるときに名乗ってた名前だが、アレはもちろん全部偽名だ。本名は……本名はカジロ・アキユキ、そのまんま日本人。乗ってるクラフトはアリアドネ号っつって俺がオーナーやってる。でもって、さっき操縦席にいたメカニックが羽持ちのソイツだ」
「あ、アタシは……レイチェル。レイチェル・ナッシュ、アメリカ人で分類上は鶏人種。スペルの最初の“RA”と最後の“SH”をくっつけて『ラッシュ』って呼ばれてる」
そんでラッシュに続いて他の二人もサラッと名乗る。
「……あら、次は私でいいかしら。ヤン・ベイファン、中華系アメリカ人でラッシュの古い知り合い。姉みたいなものね。科学者・専門家として参加してる。見ての通りの純人種よ」
「で、ヤロウの僕が最後。イヴ・マンシェット、フランス生まれのレス・ドゥ……じゃないや、兎人種。このチームの伝令役として派遣されたジャーナリストです。日本人にはよく言われるんだけど、女性名の“イヴ”じゃなくてフランスじゃよくある男の名前の“イヴ”だから注意してね」
挨拶を一通り聞いたヤクザ男は頭を切り替えるように首を振ると口を開く。
「次はこっちだな、つっても俺一人だが。ヒグレ会直系アサゴ組若頭補佐、イスルギ・シンジ。日本の……いわゆるヤクザってヤツだ。見たところ国際色豊かみたいだから、俺みたいのは馴染みがねェだろうが……まぁ、よろしく頼む」
ん?
「若頭補佐? 若頭ってのはヤクザで組長の次に偉いヤツだったよな? 何だって、そんなんの補佐とかやってるような人間が、たかが一債務者から借金取り立てるためだけに火星までワザワザ出張ってくんだよ?」
思わずツッコミを入れる。事情はよく知らんが。
一方、状況が飲み込めない俺にクソデカい溜め息をつきつつ、イスルギは応じた。
「……あのな、お前が身分を偽って一般も極道も大手・弱小も関係なしに何十何百ってサラ金・闇金からカネ借りてただけならまだ良い、いや良かねェけど。そっから行方くらまして全社から全額派手に踏み倒しといて、よくも自分から『たかが一債務者』とか言えるな? 全額占めて幾らか言ってみろよ、“最厳重警戒多重債務者”がよ。まぁ、全社の審査すり抜けた手腕やらは褒めてやるが……おまけに親兄弟はいねェわ、保証人も偽造だわ……火星にいるってのがウチの情報網に引っ掛からなけりゃ手遅れになるとこだったんだぞ。俺は構うことねェっつってたんだけどな……」
「アキ、アナタ何やってるのよ」
「……あー……、唐突に莫大な金が必要になって」
事の顛末を聞いたベイファンは呆れた態度を隠そうともしない。
「良いか、いま貸金業界全体が血眼になってアンタを探してる。アンタみてェなヤクネ……疫病神の相手なんて誰もしたかねェのに、アンタが引っ掛けたサラ金の一つがウチの傘下だったせいで俺にお鉢が回ってきたんだとよ。あと若頭補佐ってのは役職名ってだけだ、覚えとけ」
「ねぇ……ところでさ、アリアドネ号買った時のあのお金って」
うっ、イスルギの態度をよそにラッシュが気付いて欲しくない部分に気付いてしまう。
「いや、それは——
「イスルギさん!」
俺がアタフタしたところで、扉の方から不意に仏の声が聞こえた。




