15:1 - 怪物の顎の前にて
クラッシャブルストラクチャー(crushable structure)
:衝撃吸収構造のこと。つまり衝撃を加えられたときにわざと壊れやすいパーツを予め取り付けることで、事故のときに衝撃を吸収させてドライバーや機関部にダメージが伝わらないようにする役割がある。
暗闇に吞み込まれていくような感覚だった。やっていること自体はただ地面に空いた大穴に降りていくだけだが、さっきイヴの言っていた通り、昨夜この奥から全容も知れない巨大な何かのハッチが上がってきて兵士が何人も飛び出してきているのだ。そりゃビビりもするし、そうでなくとも人間は“未知”と“暗闇”に対して無意識に怖がる。そういうもんだ。
俺は自分にそう言い聞かせつつ、ロープをゆっくりと手繰って二本の縄と金属パイプの足場でできた簡易的なハシゴを降り続けた。縄ハシゴを使うのには意外にコツがいるものの、俺にとってそれ自体は別に難しくない。問題なのは言いようのない不安と恐怖感。眼下には先に降りているイヴしかいないワケだし。
「アキ、大事ないかい?」
「割と問題ない、こうしてる間にも例の『地下勢力』に襲われるかも、っつー不安はあるけどな」
「っせっと……。はい、もうロープから金具外していいよ。まぁ、何にせよ急がないとね」
俺は指示に従って体に巻き付けたベルトから命綱を取り外す。カラビナのついたロープはするすると巻き取られて、薄ぼんやりと夕暮れの青っぽい光が漏れる洞穴の入口へと戻っていった。上には地上からの補助に回ってくれているΠ部隊の面々が手際よくロープを回収するのが見える。地下へ降り立ったのは俺で二人目、つまり俺はあと十人も降りてくるのを見守らなければならない。しかも上に残ってるのは全員ド素人ときたもんだ。というよりむしろ、こういうことの経験者がイヴと俺の二人もいたこと自体奇跡的だったといえる。
まぁ、なんでそんな訓練を受けた経験があるのかについてはお互いに謎だが、だからって別に話すワケでも聞き出すワケでもないし。
「二人とも、聞こえてる? 先を譲ってもらったから、次は私が降りるわ」
っと、上から声が反響して聞こえてくる。三人目はベイファンの番になったか、とっとと補助に回らなければ。
でもってざっと小一時間後。未経験者を十人も竪穴の底に降ろすとなるとさすがに時間がかかる。冷静沈着なベイファンや比較的肝の据わってるヤクザ連中はともかく、残りがとにかく大変だった。
まずラッシュは鳥類系亜人であり手がないので縄ハシゴを上手く扱えない。捕虜のおっさんはかなりのビビりらしく、重心の位置が大事な縄ハシゴ昇降で上体をぶらんぶらん盛大に揺らして上も下もてんやわんや。で、残る男女ペアも研究職か何からしく運動全般が苦手とか自己申告してきたからこっちもヒヤヒヤだった。
……結局ラッシュはハシゴの縄二本を翼で抱え込ませて上体をバタつかせないようにさせ、おっさんは必死になだめて落ち着かせて、研究職ペアは二人そろって縮こまってるのを荷物を降ろす要領で上の隊員たちと協力してなんとか降ろし終える。俺もイヴも相当声を張っている。疲れた。
「よしよし、それじゃあこの巻き取り式ロープを腰から下げて、それでこっちの地面に刺した杭の先の輪に繋ぐよ。みんな確認したかい? みんなが持ってるロープも使うから各自しっかり持っててね。今この輪っかから僕の腰に伸びてるロープと君たちが持ってるロープが文字通り次の命綱、つまり奥に進んでいったときの『出口までの道しるべ』になるから指示以外では絶対に外さないように。取りあえずこれから奥に進んでみて、巻き取られてる分の長さいっぱいまで進んでみようか。それ以上に深いようなら一旦引き返してどうするか考えよう」
いや、イヴはそうでもないらしい。地面にいつの間にか突き刺していた杭の横で大声で注意喚起している。この体力差はそのまんま日本人(一七〇センチ代半ば、多分標準)とフランス人(二メートル弱、俺からすりゃ巨漢)の体格差からくるものだろうか。
「……あーイヴ、悪ィんだけどさ、メンバーにもっかい自己紹介してもらっていいか? 一回きりじゃまだ名前覚えらんねーし」
悔し紛れに、地上でも一度あった自己紹介タイムを再び設けることを提案してみる。その自己紹介の間に体力を回復しようという作戦だ。で、一方のイヴは。
「まぁ、いいけどね。呼び名も分からないんじゃどうしようもないし……とりあえず、捕虜さんとそこの二人からでいい? というか他の人のは別いいよね? さすがに知らないとは言わせられないなぁ。この三人分より長くは待てないよ」
「それで頼む」
うっ、これまたバレてら。悲しいかな、俺のこういう小細工はいつもバレなかった試しがない。
「あ? 俺からか? オメぇこないだ俺をノしてきたクセして何でそんな体力ねーんだよ、こんなんに負けたかと思うと泣けてくんぜ……俺ぁヴィト、ヴィト・カルディナーレだ。見ての通り猪人種、つまりイノシシだなイノシシ。で、さっきも言ったが出身はイタリアの、シチリアマフィア。それもだーいぶ古くて伝統的なファミリーだ。そこで下っ端構成員をやってる……いや、『やってた』っつーべきか? まぁどっちでもいいか」
捕虜のおっさんことヴィト、でいいのか? ともかくおっさんがそう名乗る。一週間前の夜に見たときや、さっき離れていたときには気が付かなかったが、言われてみれば口髭を蓄えたその顔にはやたら小さな傷跡が多い。
裏社会から来たというのは間違いなさそうだ……が、そんなヤツがさっき降りてくるときにあんな大騒ぎしてたのか、まぁ、うん。自慢げなスカーフェイスもタヴァナー少尉の頬の傷を見た後だとどれも大した傷じゃないように見えるし。
「えーと、次は僕か。先でいいよね、先輩だし。アイザック・ヘインズ。南アフリカ共和国のゴーディマー技研というシンクタンクから来ました。アイテリウムとかの技術開発をしてるんだけど、たぶん……たぶん僕らの研究所は裏社会とか、そういうのとは無縁だと思う。表向きに“ちゃんとしてる”風に見せるためのイケニエ一般参加者枠だって、うちのチームの連絡員が漏らしてた」
「同じくゴーディマー技研からきましたノエミア・カヌです。この尻尾でリスなのはお分かりかもしれませんが取りあえず、私は栗鼠人種でムラート、つまり“黒人と白人の混血児”でもあります。つまり黒人系亜人の父と白人系純人の母を持っているワケです、それで娘の私に黒人と白人、あと亜人の血までが混ざっちゃったんですね、それから——
「あの、ノエミア? また喋り過ぎてる」
「ありゃ、どうもアイザック。ともかく、私こういう感じで余計なことを話し過ぎる癖があるので、皆さんもご注意ください。遠慮なく言ってくださって結構なので」
研究職ペアの男女が出来の悪い漫才みたいなものを披露する。そうか、ゴーディマー技研。たしか宇宙系航空機の開発で世界的にも有名な技術開発研究所だったか。俺でも聞いたことがあるということはかなり有名なハズだ。それに表向きにも、参加者の中にそういうところから来たプロジェクトチームがいるというのは大会としての権威付けになるし大きな宣伝にもなる。しかし……要は『客寄せパンダ』ってヤツか、可哀想に。




