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13:5 - 渋々の了承にて

 イヴが口にした“教師チーム”というのは俺たちアリアドネ号のクルー四名にイスルギを加えた五人のことで、ずっと課題だったヤクザたちの教育を務めるチームである。初日の夜に集まったメンバーと同じだが、これを機に正式発足したワケだ。



 それはともかくとして、どうやらラッシュのイヴに対する怒りはまだまだ治ってないらしい。まぁそれはぶっちゃけ無理もないか。……というか。


「ラッシュ、もう精神的には完全に“立ち直った”風だけど大丈夫かよ?」


「立ち直っ……? ……あぁ、二日目に“見ちゃった”ことカンケーの話?」


 そう、二日目にあったフチザキの暴走のときにラッシュはあの大量虐殺を削岩車運転席のガラス越しに見ている。イスルギの機転(というか力技)で平静は取り戻せたものの、あの直後はPTSD(トラウマ)を発症しててもおかしくないくらいの茫然自失(ぼうぜんじしつ)具合だった。正直、あのときラッシュは完全にダメになったと思ったくらいだ。



「うん、あのときのイスルギさんのおかげで落ち着けてる。……それに今はやる事いっぱいで何だかんだ忙しいしね、たぶんそういう感じで思い出さずに済んでるよ。ホントたぶん、だけどそういう感じ」


 ラッシュは週末の誘いを断るくらいの軽さでそう返す。まぁ心配をかけたくないのだろうし、実際心配したところで今コイツをヒマな状態にしておけるほど呑気にしてられない状況だ。とはいえ、あんな数秒の出来事で取っ払えるほどトラウマというものは甘くない。それは俺もよく知っていた。


「ちょっと! やっぱりイスルギくんラッシュに何かやったの⁉︎」


「……そうか、大丈夫そうなら問題ない」



 しかし、俺は考えに反してそう言うことで話を終わらせた(あとベイファンに関してはもう気にしないことにしている)。本当のところはどうあれ、ラッシュ自身は『問題ない』と言っているのだ。それに、ウチのチームの医者ポジションであるベイファンがラッシュのことを冷静に()られない以上、逆に休ませでもしたほうが角が立つだろう。

 少なくともベイファンならラッシュの意思を最大限尊重したがるだろうし。今は都合よく考えないようにする。


「とにかく報告を済ませよう。まず、昨日の謎の勢力による奇襲への防衛戦はご存知の通り勝利だよ。与えた相手の損害は兵士二九名、恐らく全員同じ部隊。それと無数の、上空から降下してきた三センチ程度の蜘蛛型兵器だ。これらは全部回収して、まだスペースに余裕のあるヤクザのクラフトに置かせてもらってる。……それから兵士の装備は死体と一緒に回収したけど、イスルギくんの予想通りどれも大したモノじゃなかった。囮だったんだろうね」


 イヴは淡々と手元の書類を読み上げた。この書類はマダム・バタフライが作業の片手間みたいなノリでまとめてくれたものだ。表向きキャバレーでこういう書類とは無縁そうではあるが、前に諜報機関と名乗っていたのは伊達ではなかったらしい。



「それと今回の戦闘における負傷者・死亡者数。これは奇跡的にどっちもゼロ人だよ。襲いかかってきたタイミングから防戦しだすまでがほぼノータイムだったのが大きい。イスルギくんが手榴弾持って加勢してくれたのだって早かったしね。逆に物資の損失はそれなりにあるけど、取り敢えず僕らが気にするのは例のEMP機雷で壊したヤクザのクラフト四機のことだけでいい」


「むー……」


 イヴの報告にラッシュがむくれているが、ともかく戦果は上々だ。あの規模の奇襲に対して人員の損失が無いのはもはや奇跡に近い。特に蜘蛛のロボットの凄まじい物量には本気で死を覚悟したが……。


「あとは戦闘要員が使用した弾薬とかか、これも少ないね。全部で四じゅ——


「イヤ、それはいい……つか後だ。時計見てみろ、この後の授業まで時間がねェ」


 と、イスルギがイヴの報告に割って入った。言われた通り時計を見ると、確かにこの後に招集をかけたヤクザたちとの集合時間に間に合いそうにない。それより先に指導方針とかを決めておかねば。



「でだ、教師役希望だったラッシュちゃんに教師任せるってのでいいのか?」


「えっと……その、考え直したんだけどアタシにはやっぱ無理だと思う。だってさ? やりたくもない勉強を教えてくるのがヨソから来た小娘だよ? アタシは確かにメカニックだけど、あの人たちはそんなの知らないし知ったこっちゃない。絶対話なんて聞いてくれないよ」


「理解してくれて助かる」


 おずおずと考えを説明するラッシュにイスルギは薄い微笑を浮かべて言う。考えるまでもなくラッシュに教師役を任せるのは無茶としか言いようがなかったワケだが、本人もそれをやっと理解したらしい。……ってのは表向きの話で、ラッシュの真意は別にあることくらい俺にだって理解できた。

 要するに、ヤクザ連中の前に出るのが怖いのだ。



 そりゃあの虐殺を起こしたヤツも殺されたヤツも同じくヤクザ。苦手意識というかトラウマが出来ても何ら不思議じゃない。イスルギだって当然分かってるだろう。


「なら教師役はどうするかだな……アキはまぁ、取り敢えず置いとくとして……となるとイヴさんか……? ヤンさんは小柄だからアイツらにナメられでもしたら収拾つかねェ恐れが……」


「ちょっとイスルギくん、二つほど良いかしら? 一つ目、何でそこでごく自然に一番の適任者を除外してるのよ。絶対イスルギくん自身が教えたほうが良いわ、上司なんだし。二つ目、何で私のことだけ苗字呼びなの? 一応同じチームでしょ、さすがにイラッとくるわよ」


 ベイファンが呆れつつ言う。

 一方のイスルギ自身は意外そうに目をパチクリさせていた。


「おいイスルギ! その“思ってもみなかった”みたいな反応やめろって……ガチ目に鈍いのか鋭いのか薄らボケてんのか分かんねーな……」


「あ? ンだテメ……って今はアキのほうが立場上なんだった、クソ」



 イスルギは凄みかけ、それで状況を思い出して悪態をつき追求を諦める。対する俺はこんな受け答えを数日前にもしたことを思い出して吹き出しかけたが、すんでのところで笑いを飲み込んだ。そうだ、今は時間がない。


「で、俺が教えるとして何を教えりゃ良い? 言っとくが俺だってこの星のことなんざ素人なんだぞ。それで今さらどうしろってんだよ」


「まぁ、専門的なことは私たちが教えるのが早いわね。それで、横から上司が直接見てるんなら授業を拒否なんて出来ないでしょう。分かるわよね? 私たち“教師チーム”全員で教えれば良いだけのことよ。アナタはさしずめ『担任の教師』ってとこかしら」


「……まぁ、しゃーねェか。引き受ける」

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