03:1 - 暴力団事務所(仮)にて
コンストラクター(constructor)
:直訳で製造業者。レースにおいては車体の基礎骨格の製造業者、ひいては実質的にチーム全体および母体となるメーカー企業そのものを指す場合もある。
反射的に振り向くと、鳥類系亜人の女がいかにも興味津々という風情でこちらに歩いてくるのが見えた。
腕は白と黒の風切羽で覆われた翼で、足は鱗状の皮膚で覆われて鉤爪が付いた、いわゆる鳥類特有のあの足。そして肝心の人となりだが、まず髪は黒メインで、確かポンパだかソフトリーゼントとかいう前髪と短い後ろ髪に赤いメッシュ、っつー男みたいな髪型。顔こそフツーの、クチバシもない快活そうな純人の小娘だが他のパーツどうしようもないくらいに鳥だ。ちなみに人種はニワトリ。身長は一七〇センチ近い長身で肩幅もゴツめ、そしてショート丈の赤いオーバーオール“一枚のみ”といういつもの格好だった。
顔を合わすたびもっと着込んでくれと言いたくなるが、初対面のときそう言ったら「そもそも腕が翼では着られる服も限られる」とか言われたので黙っている。だったらわざわざ整えるのも大変そうな髪型に拘る必要はないように思うのだが……あと、急に背後から現れたコイツに内心ちょいギョッとしたのは内緒だ。バレたら向こう三週間、からかいのエサにされかねない。
『んだよ女か? こういうのに女連れ込む方がよっぽどマズいと思うぞ』
「アウトロー……ヤクザって“そういう”目でしか女を見れないの? アタシはメカニックだよ」
『ヘェ、そりゃ失礼。女のメカニックなんてあんま見ねェからつい』
無礼男(仮)は即座に謝った。さっきといい、ヤクザってこんな簡単に謝るのか? もっと周りに喧嘩ふっかけて回ってるイメージがあったが。
「えー意外、ヤクザって謝らないイメージあったなー」
『……オイ、つけ上がんのも大概にしろよ女』
「ひっ」
地の底から響くような、低く冷淡で静かな怒声。
『悪ぃ、ハシャいじまった。忘れてくれ。つか、こんな話を無線越しに話すのもアレだし一回地面の上で顔合わせて話さねェか?』
「その……さっきはごめんなさい、あ、アタシは直接会うの賛成かな」
年相応の反応と言うべきか、コイツがこんな萎縮してるのなんて初めてだ。
「他にも船員はいるが……まぁいいや、話そう。場所は指定通りで良いよな?」
そういう俺も気付いた時には了承していた。なお、この時に改めて協力を断るチャンスだったことに後になって気付いて、俺自身けっこうビビってたと認めざるを得なくなるのは、まぁ余談。
砂塵が舞う荒凉とした火星の砂漠は今日も今日とて赤褐色の世界である。朝陽の青から褐色になった以外は砂煙で濁ったまんまの空に岩だらけの渇いた大地、そんだけ。
四〇〇年もかけたテラフォーミングにより緑化が進んで空気の成分こそ地球並みになったとはいえ、人の手が入っていないエリア・ニュクス内部はそんなのどこ吹く風とでも言いたげだ。火星は常にこんな感じなおかげで、顔を全面を覆う防塵用のガスマスクはこのレースでの必須ツールの一つ。マスクの向こう側を砂粒が擦れる耳障りな音が打ち続ける。しかしこれで朝・夕になるとむしろ空が青くなるんだからこの惑星はよくわからない。
そんな荒野を抜けて俺たちが通されたのは、アリアドネ号からそんな大地を超えた先で停止している黒塗りの七機のうちの一機、その中の応接室だ。そこで俺ら全員はヤクザたちを待っていた。応接室にはツヤの良い革張りの家具が置かれ、壁には壮年の男の写真やらがこれでもかと派手に飾られている。クラフトのこれ見よがしなテカりまくり黒塗り塗装といい、ヤクザ連中にはこういう『いかにも』な感じで固めなければいけない掟でもあるんだろうか。
……つか出てくるまでにいつまでかけるつもりだ? 名目上リーダーである俺がソファに座り、背後にはウチのクルーが既に横一列に並んで待機してるんだが。
「ラッシュ、顔色悪いけど大丈夫?」
「あー、えーと……何とかなる……かな」
“ラッシュ”と呼ばれた、先ほどの鳥人種のメカニックの女は隣の小柄な女にしどろもどろになりながらも答える。
クルーは全員で四人。そう、たった四人。
俺、ラッシュと、それからレースのついた上品な黒っぽいブラウスにスカート、それから銀縁眼鏡を光らせる小柄な中国系アメリカ人の純人(俺と同じ非亜人のことだ)の女科学者と、大柄で小太り気味の下っ腹をいかにも中年男っぽいチェック柄ネルシャツで包んだ兎人種系フランス人のジャーナリスト男。因みに皆、用心として手にはチャチな拳銃を握っている。まぁ、役立つか微妙だが何もないよりはマシだ。
ジャーナリストってのは大会運営から参加機体各一機に一名ずつ派遣されている人間で、“レース中における派遣されたチームと大会運営とのパイプ役であり監査役であり映像記録係”という役割らしい。そのくせコイツがカメラを持っているのは見たことがないが。
……と、ようやくクラフトの扉が開く。ようやくヤクザのお出ましだが……犬人種の男一人だけだ。
男はかなり長身でイカつい。黒い艶やかな毛で覆われた三角の耳をピンと立たせ、せかせかとこちらに歩いてくる。毛並みからして犬種は……ドーベルマン、とかだろうか。あいつの思いのほかイケ好かない精悍な素顔は初めて見たハズだが、あっちも俺が本当に髪を白く染めただけの二四歳若造だったことに面食らったのか、俺たちの顔を見比べながら数秒ほど固まっていた。いや待て、何だその反応。ここまで変な反応されるとは心外だ。
かっちり着こなしたネイビーのスーツはどちらかというとサラリーマンっぽいが、ガタイの良さも相まっていかにもヤクザの交渉役ですという感じだった。
「おい、どした? 出てくるまで時間かかりすぎだろ」
「まずこっちの質問だ、通信で喋ってたのお前か?」
寧ろこの四人の並び方で他に誰がいるのか聞きたい。取り敢えず、この男が先の無礼男(仮)ということで良さそうだった。




