12:3 - 危機感の不足にて
で、聞き終えたケンゴはおずおずと口を開く。
「……あんさ、ちょっといいか? それ今さら犯人探してどうしようってんだよ。ほぼ同業ばっかの今この環境で、わざわざそんなん粗探ししても意味ねェんじゃ……」
「だろ? でもコイツ、わざわざそれ言いに来たんだと。そら怒鳴りたくもなるわな」
タチバナは妙に得意そうな調子で相槌じみた反応を返した。どうも会話に割り込んできたヤツが自分と同じ意見だったことで調子付いたらしい。つーかサラッと自分のイスルギ組抹殺をそそのかす発言は無かったことにしようとしやがった。なら、こっちもめげてられない。
「話聞けって、そこじゃねーよ! 問題にしてんのは“ほぼフチザキが使ってたのと同じヤツ”って部分。というか今から言う追加情報のが重要で、ウチのメカニックがその発信器を『アメリカの軍用品』って判断してた。つまりフチザキの使ってたヤツも米軍製のやたら良いヤツだったってことになる」
ここまで言ってようやく、怪訝な顔をしていたケンゴが途端に片眉を跳ね上げる。食い付いた。
「考えてもみろ、最初からレースに参加するつもりなかった連中とレース参加者とで何で持ち物が、それも本来は米軍連中が使ってるような物が同時に火星で揃うんだ? しかも、その出どころかも知んねー米軍の組織もちゃんといるっつーオマケ付きときてる。まだ確証があるワケじゃないがΠ小隊、多分アイツらにはまだ何か裏が——
「…………五月蝿ぇな……」
「あ?」
ケンゴの反応を見て“脈アリ”と踏んで畳み掛けた俺を遮るように、タチバナはボソリと、しかし何と言ったかくらいはハッキリと聞こえる程度の音量で吐き捨てた。良い気になったところを台無しにした俺はまさに不快な存在だろう。
……マズい、確実にスイッチ入ってら。
「いい加減テメぇ五月蝿ぇっつってんだろ‼︎ さっきから散々言ってんだろうが、テメぇがそんな密告できた立場かってんだよ‼︎‼︎ この後に及んでまだ味方ヅラして場を引っ掻き回そうってんならタダじゃおかねぇ、引っ込んでろ‼︎‼︎‼︎」
それから、もはや声だけで吹き飛ばされそうな錯覚すら覚える音量でヤクザの男は叫んだ。そうでなくてもワニの顎の力、特に噛む力は一トンにも届く。叫びながら力任せに開閉される口からは、牙同士が打ち鳴らされる怒りの籠った音が漏れていた。
「それとケンゴ! テメぇもウダウダ話聞いて絆されかけてんじゃねぇ‼︎ まさか極道のクセに素人とつるんでんじゃねぇだろうな⁉︎ 素人相手にお友達ゴッコしてぇってんならテメぇも今すぐ撃ち殺すぞオラァ‼︎‼︎‼︎」
さらにタチバナの怒りの矛先はほとんど身内であるハズのケンゴにも向く。さっきコイツが言っていた“いつ自分たちがイスルギ組に反抗されるか分からない”って懸念を抱いているなら、今のケンゴの態度はまさにその第一歩を踏み出そうとしているように見えたんだろうか。何にしても、他の負の感情でブーストが効いてる状態の『怒り』がそう簡単に収まるワケがない。
一方のケンゴはというと顔面蒼白で身を縮こまらせている。
「す、すんま……いや、すみません! 昨日コイツと地下に落ちて、お、俺が勝手にその、親近感みたいのを……」
「ガタガタ言い訳抜かしてんじゃねぇよ‼︎ ハァ、もう良い……ケンゴ、お前指詰めろ。右利きだったよな? なら右の小指な」
「はぁ⁉︎ 指は勘弁してくださいよ! ンな理由で⁉︎」
「なっ、オイ待て! 早ま——
「部外者がシャシャんじゃねぇっつったよな⁉︎ 黙ってろ」
ビクつくケンゴにタチバナは極道の上司としてそう告げ、それから慌てて止めようとした俺の言葉を跳ね返すように怒鳴りつけた。
普段の兄貴分弟分ならどうかなんてのは分からない。しかし、少なくともフチザキが死んでイスルギが倒れた今、俺が知る限りでこのチームの一番上の立場にいるのは多分タチバナだ。となれば当然、この場を支配できる人間はコイツってことになる。
「指詰めの理由ってか、謂れくらい聞いたことあんだろ? ま、素人もいるし改めて説明しといてやる。小指ってのは結構重要な指でよ、切り落とすと握力が下がんだよ。つまり銃とか刀も強く握れなくなるから、『もう物理的にも逆らわない』って意思表示の意味があんだとさ。だから大昔のヤクザは“反省”として指詰めるときには小指から順番に落としてったっつーワケだ。……な、意味的にも今の腑抜けたお前にはピッタリだろ」
「だ、だから待って下さいって! お言葉っスけど、こんなん反省も何もねェでしょ⁉︎ 俺がコイツとちょい話したってだけでそれは……」
ケンゴも不服と食い下がった。急に言われて慌てていたのか相当必死だ。しかし、少なくとも今のタチバナがそれを聞き入れるとは俺にも思えない。
「あ? テメぇ、自分のオジキ相手にまだ逆らおうってのか。随分偉くなったな? 良いじゃねぇか、安心しろよ。お前も極道にとっての指詰めの“重さ”は知ってんだろ? 実際に詰められたらコッチも“絶対に許さねぇとダメ”っての。要するに、テメぇの小汚ぇ指一本で勘弁してやろうってんだ。安いモンだよな? ……それとも、極道やってて今さらそんな覚悟無ぇってか」
「っ…………分か、りました。短刀、持ってきます……」
ヤクザの観念論みたいな話になった挙句、ケンゴは折れた。
部外者というか一応素人の俺から見ると、こんな程度の話で指を切り落とさせるというのは相当バカな話に思える。だが双方共に真剣なのは語勢からもよく分かった。ヤクザは精神性が大事、とかそういう話で良いのか? その割にケンゴの嫌がり方も相当本気に見えたが……。
と、ここで俺は何かが聞こえた気がして、視線を遠くに投げる。それから向こうの光景の中から微かな“違和感”を感じ取った。
「なぁ、それやる前に別の仕事出て来たぞ。その、指詰め? だかは後にしてくれ。……最低でも銃、握れないと切り抜けられなさそうだ」




