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10:5 - 老人の怒りの渦中にて

「このままでは息子さんのことも忘れ去られて、そこのお孫さんも今のまま田舎娘としてこの土地に縛られて生きていくだけだ」


 そして俺は卑怯な手を使うことにした。つまり家族のことを交渉のテーブルに持ち出すことだ。


「待て、何でそこにデイビッドが出てくる? その口ぶり、まさかアリアドネを……⁉︎」


「ええ、火星の…………エリア・ニュクスで走らせます」


「ちょっとちょっと待って! 待ってよ‼︎ ねぇ爺ちゃん、そのデイビッドって父さんのことだよね? さっき言ってた爺ちゃんのゲンエキ時代とかもアタシ知らないよ、全部アタシも関わってることなのにアタシ自身は何にも知らない! ちょっとは分かるように説明してよ‼︎」



 どうやらレイチェルは自分の頭の上で飛び交う自分の知らない情報の山に業を煮やしたようだ。怒りをぶちまけた彼女の声は、擦り切れそうなほどの満身の怒りが籠っていたように感じられる。そんな絶叫だった。


 観念したようにナッシュ爺さんは口を開く。


「……わかったレイチェル、もうお前も一六だ、話そう。……まず爺ちゃんだが、昔レーシング用クラフトやマシンのエンジニア兼メカニック、つまり機体の設計から整備までをやっとったのは知っとるか?」


「初耳、機械関係だとは思ってたけど。しかもそんなに有名だったの?」


 レイチェルがストレートに尋ねた。まぁ、話の流れから考えてそこは分かるか。


「多少はな。まぁそこはどうでもいい、それよりも今はお前の父さんの話だ」


 ニコリともせずにナッシュ爺さんは話を戻す。レイチェルは記憶をたどりながら祖父の反応を窺いつつ言葉を返した。



「そっちは一回だけ『父さんはレーサーだった』ってのだけ言ってたよね、それで『頼むからお前はそういう危ない職業には就かないでくれ』とか言ってたじゃん。話題的に、何か関係あるってこと?」


「すまん、レーサーというのは半分……いや、“やや”本当で“ほぼ”嘘と言った方が正しいか。デイビッドも、父さんも爺ちゃんと同じエンジニアでありメカニックだった。そしてお前が四つのときにあるクラフトの技術クルーとして火星に行ってそのまま——


「帰ってこなかったのね」


 ナッシュ爺さんは忌々しげに会話を続ける。伏し目がちになりつつ低い声で呟くその顔には室内でも濃い影が差しているように見えた。一方のレイチェルの方はというと、年齢的にも記憶が曖昧なのかそれほど悲壮感はない様子だ。あっけらかんとしているというか、何というか。



「でもそれだけ? まだ話がつながってない」


 孫娘の問いに、息を吸い込んで老人は言う。


「まぁ待ってくれ。火星にはまだ誰も入り込めていない、人類に到達できていない謎の空間があるのは知っとるか? ……知らんようで安心したよ。そこはどうやっても侵入できず、中に何があるか誰も知らんし、だから未だにテラフォーミングも全く出来とらん場所がある。で、侵入すればどうなるかもわからんのにそこを突破しようとした馬鹿なヤツらに騙されて連れて行かれたんだ、デイビッドはな」


「…………」


 父の死について改めてここまで聞いた少女は口をつぐんだ。彼女の祖父は目を伏せつつも淡々と説明を続ける。


「数日で帰ってくる予定で爺ちゃんと父さんが作っていた、地下にずっと置いてある完成間近のアリアドネを置いて出掛けていって、それで火星で行方不明になったという連絡だけが返ってきた。もしかすると父さんではなく爺ちゃんのほうが騙されていたのかも知れんし、今となってはそれを確かめる方法も残っとらん。まぁ、もちろんそうは思いたくはないが。それで、連れて行かれた場所というのが……」


「それが、さっきの場所?」


「そうだ。人類未踏領域、『夜の地(エリア・ニュクス)』だとか呼ばれとる。“明るみになっていない場所”という意味の、英語とギリシャ語を無理やりくっつけたフザけた名前の場所だ。……そんなものにデイビッドは、お前の父さんは殺された」


 そこまで(よど)みなく当時を振り返ったナッシュ爺さんの顔がいっそう険しくなる。まるで口の中で転がしていた怒りのカタマリがとうとう弾けたように、とでも言えばいいのか。



「……爺ちゃん」


 レイチェルが止めに入るように声をかけるものの、老人の怒りは止まらないようだった。


「これでッ……これでさらに『侵入方法の目処が立ったからアイツの形見であるあの船をよこせ』だと? これ以上俺たちから何を奪うつもりだ、息子が消えた理由すらも正確にはわからんままなんだぞ! それがどれだけ俺たち家族を苦しめたと思う⁉︎」


「爺ちゃん! アタシ興味あるよ。父さんがそんなとこに行った理由を調べるのも含めて、アタシ火星見てみたい」


 ヒートアップする祖父を大声で制した少女の顔はというと若干紅潮して見える。

 それを見て、


「……は?」


 ナッシュ爺さんは次になんと言おうとしたか忘れたらしかった。





「……で、レイチェルもといラッシュが火星にまで着いてくることになったワケだ。まぁ、その後の爺さんを説得するのは大変だったけどな」


 出会いの昔話を一旦区切った俺は溜め息を吐き出した。思い出話というのは妙に疲れる。気がする。



「ホントにねー、説得するのに必死過ぎてむしろどうやって説得したか忘れちゃったもん」


 見るとラッシュもラッシュでうんざりとでも言いたげな顔を作っていた。


「爺ちゃんてば頑固だからさぁ、アタシがああやって言い出したことに本気でキレちゃって」


「ヘッ、けど同じ国から来てるだけあって嬢ちゃんとは気が合いそうな気がすんぜ」


 一方、聞き役だったタヴァナー少尉は笑顔で昔話の感想を返す。クルーたちに何を見出したのか、やけに嬉しそうだ。


「あの説得に私まで駆り出されたときは我ながらお人好しだと思ったわよ、話が出た瞬間には私いなかったのに結局手伝う羽目になったんだから」


 ラッシュの幼馴染であるベイファンにも、あの後ですぐに知り合うことになったのは想像に難くないと思う。というか実際ベイファン自身がそう語ったように、知り合ったばっかなのに一緒になってめちゃくちゃ知恵を絞ってもらったっけか。たかだか二年前なのにもう一〇年は前のことのように感じられる。



「で、僕は大会運営から派遣された伝令役のジャーナリストです。伝令役って言っても伝令どころか運営との通信手段も無いし、そもそもレースの開始時点ではエリア・ニュクス内から通信できるかもわからない状態だったワケだけどね。でも、優勝チームに配備されていたジャーナリストも晴れて自由の身って言われてる以上は従わざるを得ない。結局は協力するしか無いワケさ」


「ハハ、そりゃお互い大変だな。うちのチームに派遣されたジャーナリストは最初の銃撃戦で運悪く、な。それでウチは伝令役がいない状態でのスタートだったからそこが不安材料だったんだが、そういうことなんだったら心ぱ…………オイ待った、ヤベぇぞっ! お前らすぐクラフトに戻れ‼︎」



 突然、笑いながら無駄話に興じていた少尉の顔色が変わった。(まと)っていた空気感が一気に鋭く、冷たくなるのが肌の感触でわかるような心地がする。顔つきまで研ぎ澄まされた少尉は間髪入れずに二人の部下に指示を飛ばし、上司とは対照的に話の間中ずっと無言かつ無表情だった二人は弾かれたようにエントランスホールの入り口へと駆け出した。

 そんな客人たちの切羽詰まったリアクションに、俺たちの側はというと誰も彼もがキョトンとした顔をしている。もちろん俺もだ。ミセスですら驚いた表情を隠せていない。


 しかし、そんな瞬間が過ぎ去っていった二秒ほど後、緊急事態の到来を知らせるけたたましいサイレンの音と警報装置の赤い光があたりを包む。その音に混じって今夜何度目かの爆音が聞こえてきたのはさらに三秒ほど挟んでのことだった。

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