10:1 - 彼らの言う『スケダチ』にて
クリッピングポイント(clipping point)
:カーブ(コーナリング)する際に走行ライン上におけるコース内側に最も近いポイントのこと。つまり走り方や曲がり方によってポイントは変化する。コーナーの内側頂点を意味する「エイペックス」と意味が似ているが、クリッピングポイントは実際に走行したラインから割り出されるため意味が微妙に異なる。単に「クリップ」とも呼ばれる。
連中(『小隊』というからには複数人だろう)の『スケダチ』とやらは思いのほか即座に始まった。
司令室じゅうのモニターが瞬時に高解像度の映像に切り替わり、まるで司令室の壁がガラス張りにでもなった錯覚すら覚えるような遠景を映し出す。助太刀の“刃”は背後から来た。
荒野の、さっきから攻撃してきている一列に並んだクラフトとは逆方向。その地平の向こうから五機ほどのクラフトの群れが湧き出るように現れたのが見えて、それらは一直線にこちらへ向かってくる。思ったよりも手勢が少ない。むしろこうやって見ると、いま無言のまま襲ってきてるヤツらの方が今大会でもそれなりにデカい規模の参加チームと言えるのかも知れない。
五機のうちの先頭の一機から何かが射出される。ミサイルだ。
その影はマダム・バタフライのビルのわきを通り過ぎて襲撃者のクラフトの横隊の左端の一機に命中した。力なく墜落していく機体からは火柱と[[rb:夥 > おびただ]]しい量の煙が踊ってはそのまま消えていく。あっという間に味方を攻撃されて、ヤツらは面白いように隊列を乱した。が、それだけでは二発目、三発目に撃ち出されたミサイルの軌道から逃れることも叶わない。なかなかの追尾性能。
と、最初に撃墜されたクラフトが地面に不時着したところで、さっきのクラフトの後ろに控えていた別機体が機関銃を地面に向かって掃射していった。降り注ぐ弾丸の豪雨は容赦無くクラフトを金属片の残骸へと変えていく。弾丸の威力が高いのか地面までもがみるみる抉れ、やがて崩落して地面に陥没する。いくら機関銃がクラフト備え付けの大型のものとはいえ、たかだか掃射された程度で穴が開くほど地盤が脆いというのはここが危険という何よりの証拠ではないか。
「おいおい……あんな簡単に穴開くのかよ……」
唖然とする俺をヨソに、さっきから黙ったままだったベイファンが面倒そうに口を開く。
「ここの地下の大空間はあなたも見たでしょ? 昼の抗争の後の事故であなたが叩き込まれてからソナーで簡単に地下を調べたのよ。いくら何でも、アリアドネ号とかこの店舗ビル兼クラフトを停める場所は少なくともあんな穴が開くような場所じゃないところにする必要があったから」
と、ここまで話してから言葉を切ったベイファンは俺の表情をうかがうようにこちらを見てきた。どうも昼間のラッシュと同じく、会話相手が長めの話にちゃんとついて来れているか確認する意図があったらしい。余計なお世話だっつーの。
「あらごめんなさい、続きね……そしたらここ、想像以上に地下はスッカスカで驚いたわ。スポンジみたいな構造みたいになっててそこらじゅう崩落し放題。どうもここいら一帯の地下、バカみたいな巨大空間がいくつか出来てるみたい。あなたはそのなかの一つの奥に落ちていってたのね……だからさっきまでのあなたみたいに、いま落ちてった奴らも運良く死んでないかも」
「ちなみに言っておくけど、“何でそんな高さから落ちたアキくんがいまこうして無事なのか”については調査中だよ。ただ、これに関してはいい報告ができるかも知れない」
それに続いてイヴが手短に告げる。いい報告?
「いや、勿体ぶってるつもりはないよ? 単にまだ結果が出てないってだけだよ」
露骨に顔に出ていたようで、イヴがこちらの顔を見てニヤリと笑った。……なんか腹立つな。
そんな俺の小さな不満をヨソに、先頭の機体以外も射出した複数のミサイルが残りの襲撃者たちを撃ち落としていく。
けっきょく“スケダチ”のカタがついたのはもう深夜になるころだ。
今いるマダム・バタフライの館内は冷暖房完備・スペース充分・飲食物豊富……という具合なので、今や俺たちの陣営における集会所みたいなモノと化していた。そりゃ、俺だって断熱不充分で底冷えのするアリアドネ号で、しかも地球でいうところの春になったばかりの気温を過ごすというのは堪える。昨日は死ぬかと思った。
……あぁ、地球人の読者に解説だ。火星にも四季というものはある。もともと火星には地球と同じく地軸ってヤツに傾きがあって……って、こんなん興味のないヤツからしたら滅茶苦茶どうでもいい話題だろうから詳しくは置いといて良いか。要はただでさえ地球とよく似た惑星だったのに、今では惑星地球化のおかげでありとあらゆることが地球と同じに調整されているってことだけ分かっといてくれると有り難いって話だ。その割に、季節が巡るのだけは地球よりもやたら時間がかかるが、そのへんはまぁ気にしなけりゃ良いってだけの話でもある。
悪い、そろそろ話を戻そう。深夜の真っ暗闇の中では撃墜された相手方のクラフトの残骸から上がる炎もよく見えた。とはいえ、現状では最初の撃墜のときみたいに全機を地の底へと叩き込んだ後だったのでそこらじゅう穴だらけ。
もはや下手に着陸しようもんならまた地面が抜けかねない上に歩くのも危険なので、部隊のヤツらも無駄にデカいマダム・バタフライビルの周囲に例の五機を並べて停めている。そして俺たちはマダム・バタフライ館内でヤツらの代表を総出で待ち構え、寄ってたかって不審な行動が無いかどうか見つけようと睨みを効かせている真っ最中だった。




