02:3 - 土壇場での機転にて
ふと俺の思考の内にノイズのようなものを感じた。カチリと脳内の何かが噛み合う音が聞こえた気がする。
俺はまた先ほどと同じようにワイヤー接合を解除して巻き取ると、今度はブースターの向きを反転させ“上向きに”使う。グンッと落下スピードが上がり、アリアドネ号はヤクザたちの黒塗りクラフト集団の下へと潜り込んだ。
さて、問題はここからだ。
腹を括った俺はブースターの向きを再度反転させ船体を浮かすと、今度はワイヤーの八本全部を放射状に射出する。ガシュッ、と先端のアンカーが分厚い装甲に取り付く音が聞こえ、一瞬遅れてアリアドネ号に黒塗りクラフト全機の重量が掛かって金属が軋む感触が伝わってきた。通信機の向こうでは一際大きな衝突音と複数の人だか物だかの落下音が聞こえる。八本のワイヤーが強烈な張力で張り詰められ、周囲で起きている砲火にも負けない勢いの火花で目が眩みそうになりながら俺は待った。
さぁ、どうなる? これで目論見が正しければ……。
『テメッ、何ウチの船に勝手にワイヤー張ってんだ‼︎ こちとら心中する義理はねーぞ‼︎‼︎』
『オイこらっ、フザケんな‼︎‼︎‼︎ 撃ち落とすぞ!』
『ちょっ、おいバカ止めろ‼︎‼︎ 撃つんならワイヤー撃てや‼︎』
『くそッ! 命中しても切れねぇッ‼︎‼︎』
……よし、うまく行った。
ワイヤーの先端を取り付けた先は下で浮遊を始めていた他チームのクラフト八機。即席の「落下防止ネット」の完成だ。こうすれば八隻分の出力が七隻を引っ張り上げるのを手伝ってくれる上に、しかも下手に俺を撃てばアリアドネ号が負担になるので、ヤツらはこっちを撃てないどころか“撃墜されないよう助けざるを得ない”というおまけまでついてくる。まぁ、「手伝ってくれる」というよりは「道連れにできる」というべきだが、とにかくこれで先程よりは何とかなりそうだ。
あとそれと。
そりゃさっきまでの落下でヤクザ連中にも犠牲者は出てるだろう。……が、他クラフトからの重力波の影響だってある。なんせ数百トンの金属のカタマリを浮かせるような力場だ。下から大量のクラフトが高速で横切っていけばある程度影響もあるだろう。つまり、若干都合のいい胸算用ってヤツなのは否定しないがヤクザで死者はほぼいないと考えて良いだろう。多分。
しかし墜落の心配が格段に減ったとはいえ、数百トンが減ったワケではない。金属の軋る轟音と共に、ただでさえ低い天井が更に低くなった。操縦席のフロントガラスには稲妻みたいなヒビが走る。
「おい、応答できるか! いまお前らを俺の船のワイヤーで無理やり受け止めてる。動かせるやつは早くブースター起動させて自力で浮いてくれ‼︎」
下方に落ちていく黒塗りのクラフトはないあたり、「網」の中に無事収まってくれたらしい。いま言った内容が向こうにどれだけ伝わったかは分からないが、ここからヤクザたちがどれだけ機敏に動けるかがカギだ。
幸いなことに、支えているクラフトは一機また一機とやっと浮力を取り戻しては真上に浮かび上がっていった。早速機銃を掃射しだす辺りやはりヤクザ、血の気は多いようだ。見ると小型ミサイルまで持ち出され、撃ち込まれた不幸なチームのクラフト二、三機が憐れにも撃墜されていく。
『よっしゃあ! 起き上がったやつから迎撃態勢とってけ‼︎ 火星の連中かなんか知らんが、アサゴ組に銃抜いたこと後悔させてやれ‼︎‼︎‼︎』
『テメェこの野郎、何遊んでやがる⁉︎ テメェがブッ殺されたくなかったらさっさとブッ殺してこい‼︎』
『なぁ……通信してるアンタ』
飛び交う怒号の中で急に話しかけられ、まさか怒りの矛先がこっちに向いたのかと俺は思わず身構える。無礼男(仮)の声だ。
「……俺か? 何の用だ」
『んな身構えなくていい。けど、何で俺らに恩を売った?』
「銃座が吹っ飛んで自力じゃ撃てなかったから、“俺らの代わりにヤクザに撃ってもらった”ってだけだ。あんがとな」
『……カタギにまんまと利用されたなんて上に知れたらどうなるか分かったもんじゃねェが、あのまんまだったら全滅してたのは事実だ。悪かったな』
「へぇ、ヤクザってそんな簡単に礼言うのか。イメージと違うな」
『あ? ンだテメ……って、助けて貰った相手にハシャいでたら世話ねェわな。スマン』
「あー、いや……こっちも調子乗ってた。悪い」
一瞬相手から殺気のようなものを感じた気がして思わず軽口を撤回する。本物のヤクザ相手にこの軽口はいくら何でも角しか立たないだろう。とはいえ、何とかして恩を売れたのは幸運だった。借金取り達の態度がこれで軟化することを期待することにする。
しかし。
先ほど俺の船を狙撃してきたのと全く同じ狙撃音が空を切り裂いた。やや頭上のクラフトが一機攻撃されたらしい。だが、ヤクザたちの攻撃や先ほどの銃撃戦と比べると明らかに威力が低い。最初に受けたウチへの被害が“銃座のみで済んだ”ことを踏まえても、恐らく最初の狙撃を行った者による攻撃と見て間違いないだろう。その弾道は真下から来ている。
型で押したような相変わらず全く同じ音を響かせ、また一条の赤い閃光が空間を縫う。今度は出所から弾道までしっかり確認できた……が。
「あ?」
『どしたの?』
今度はエンジンルームから船内無線が届いた。女の声は相変わらずどことなく馴れ馴れしい。まぁ、こいつと知り合ってもう二年かそこらなハズだから馴れ馴れしいのももっともなんだが、今それはいい。それどころではない。
「地上から……狙われてる?」
『へ……? ちょっと待ってよ。地上って「人類未踏の地」なんでしょ? 誰がアタシら撃つっての?』
「知らねーよ、けど確かに」
たぶん、イヤ間違いなく、地上から狙撃された。




