09:5 - シャバの新鮮な空気にて
どうやら、アデリアなる人物(たぶんホステスか何かの一人)は何か問題を起こして懲罰を受けている曰く付きの人物らしい。『営倉』ってのもどこぞの軍みたいだ。マジでこのクラブは存在そのものがキャバクラなのか諜報機関か何かなのかよくわからない。ともあれ、そんな人物に注意が向き続けるはずもなく。
「そーいやイヴ、今のアリアドネ号の警備ってどうなってる? いまクルー四人ともがここにいるってことはクラフトの方には誰もいねーんじゃないのか。前の“方針”とは食い違ってないか?」
確かイヴがヤクザを“非合法集団”呼ばわりしていた事実は若干ボカして、俺は自分たちの母船のほうの心配をすることにした。
「あぁ、それなら心配には及ばないよ。アサゴ組・イスルギ組とは不可侵の取り決めを結ばせてもらったよ。いまアリアドネ号に誰か組員が無断侵入したら、契約放棄として僕らがその組員を探し出して銃殺しても不問になるようになってる」
「……破格じゃねーか、その条件。よく呑ませたなそんなの」
イヴからの報告を受けて俺は正直な感想を漏らした。なんというか、イヴにはこういう場面での交渉事が異様に上手いイメージがある。それだけ頭が切れるということなんだろうが、そういうイメージにはどうしても“狸オヤジ”という単語が脳裏にチラついてしまうのは日本人の性というヤツなんだろうか。
海外勢にとってはむしろ狐とかだな。
「組員のヤツらも単純なのが多いからな、分かりやすく厳しめにさせてもらった。こういう時にヤクザ根性出しても不和が出るだけだ。今はそんな場合じゃねえし、アンタらの協力だって絶対必要だからな」
タチバナもため息を吐き出しながらそんなことを言う。少なくともコイツからは俺らも頼りになるように思われているらしい。良いことのように見えるかもしれないが、ヤクザ相手だと怖いのが失敗したときの逆恨み・報復だ。
まぁ、ミスすれば即死になるようなレースに参加している時点で文句も言えないのが何ともしがたいところではある。
「……そんで? 俺らはどーすりゃいいんだ、荒事とかなら俺らも頭数に入れてくんねェと」
黙って話を聞いていたケンゴがいい加減焦れたように声を上げた。外では相も変わらず断続的に爆発音が聞こえる。
一方。
「にしても今の声……」
どいつもこいつもが急いで臨戦態勢で館内を駆けずり回る最中、少し手持無沙汰な俺はというと会話の途中から不意に聞こえてきた声のほうに耳を傾けていた。この若い女の声……?
「アデちゃんわかってる⁉︎ 営倉入れられてこんな早さで出てこれるとか異常事態だかんね、チョーシ乗って暴れ回んないでよ?」
「わぁってますよぉ、“暴れるのはブチのめす相手にだけ選んでやれ”ってヤツでしょー? いっつも言われることじゃないスかぁ」
「アデちゃん毎回暴れすぎるからこっちも毎回言うんじゃん‼︎」
……どうもさっきミセスの指示で懲罰から解放されたヤツと呼びに行ったホステスとの会話らしい。やっぱり懲罰を受けてたアデリアとかいうヤツもここのホステスってことであってたみたいだ、というかそこじゃない。この声って確か……。
「スンマセンってー、でもそのぶん結果出してんだからよくないスか?」
「よーくーなーいー! アデちゃんがモノ壊しすぎるとアタシも怒られんの‼︎ ママに直接怒られんの怖いって分かってるクセに‼︎」
「あ、そっかママ直々にかぁ……それキッツいスね」
「もー、他人事みたいに!」
アデリアとその上の立場らしいホステスは出来の悪い漫才みたいなやり取りを続けている。ダメだ、聞き覚えはあるがどこで聞いたのかハッキリとは思い出せない。多分声を聞いたのは二言三言くらいだったハズ。
その少なさのせいか思い出すためのとっかかりを見つけることができないでいた。でもそうだ、確か前に聞いたときは無線のノイズが混じっていて……、あ。
「オイ待て、アデリアとかいうヤツ!」
「あぇ?」
「お前だろ、フチザキのヤツと組んで俺らブッ殺してた始末屋の女!! なんでお前がここにいんだ、つーか何がどーなってんだ! しかもオレとかアキのヤツとか、テメェが起こした事故に組員ごと巻き込んどいて……」
間違いない、この声だ。
同じタイミングで同じことに気付いたらしいケンゴが怒声を張り上げる。そりゃそうだ、だってコイツこそがフチザキの指示であの地獄を作り出した張本人なんだから。俺もヤクザどももかなりの損害を与えられた。その実行犯を前にして平静ではいられるハズもない。しかし、騒ぎを見たミセスはいかにも面倒そうな顔をしただけだった。
「何でこの部屋にまで呼んできちまうかねぇ……」
そんなことをつぶやくのが微かに聞こえる。ウンザリとでも言いたげだ。
「あー、おにーさんヤクザの人? あんときはゴメンねー」
「テメェ自分が何したかわかってんのか⁉︎ ッザけたこと抜かしてんじゃねェ‼︎‼︎‼︎」
当のアデリアはいかにも形だけの様子で謝ってケンゴをさらに憤慨させる。悪びれもせず、という言葉がピッタリだ。多分自分が何に対して謝ったのかもわかっていないんだろう。
女の見た目はいかにも何も考えていないキャバ嬢という風情だった。ラッシュほどではないが背格好はまぁまぁ高め、そして体のラインを強調するようなドレスを身にまとっている。肩の出たタイプのドレスで腕は……羽毛のない翼状で、異様に長い指と指の隙間には翼膜が見えている。間違いない、コウモリ型の亜人だ。夜会巻きの髪型に沿った、ひし形に出っ張る大振りの耳の裏をかいているその姿は親に叱られてどことなく不満げな子供みたいなに見えなくもなかった。




