09:4 - 吹っ飛ばされた後にて
「っだよ、チ、クショ……」
全身が上げる悲鳴を痛覚でもって聞きながら俺は唸った。
背中が打ち身で引きちぎれそうだ。しかし幸運なことに、あの爆風を生身で受けても地面にたたきつけられても耳はまだ聞こえるらしい。とはいえ立ち上がるにはしばらくかかりそうだった……マズい。
ただただボンヤリと考えることも出来ないまま、俺はただ目の前の光景を理解することに全神経を傾ける。次に何が起きても対応できるように、そのときに体がちゃんと動くのかは別として。やっぱりこんな時でもイマイチ締まらないのはもはやお決まりになりつつある。
俺の使っていた命綱は視界の端で無残にちぎられ、火が付いた状態で屋上から力なく垂れ下がっていた。そして背景の壁はというと最初に見たときより遥かに酷くなったスス汚れで覆われていて、そのススの下は塗装どころか下地の化粧板が無残にも剝がれて更にどうしようもない状態だ。
どうやら着弾地点はちょうど俺の頭上ということで間違いないようだった。
「あんな……一発だ、けな……ワケが……」
息も絶え絶えにそう俺が呟いた瞬間、二発目が容赦なくマダム・バタフライのビルの脇に停めてあったアサゴ組のクラフトの一機の装甲の一部を吹っ飛ばすのを目の当たりにする。まぁ、ビル一つとだいたい同程度のサイズの武装船を焼くには少々火力不足だったようだが。
「ないよなぁ…………」
俺は力なくつぶやいた。このままではその隣に留めてあるアリアドネ号も危ない。
と、ここで気が付く。壁の下地が吹っ飛ばされてもビル全体は立っている状態だ。未だまっすぐに、ましてグラついているような様子もない。ビル兼クラフトというあまり見ない運用形態にしても、キャバクラ店舗にしてはいくらなんでも頑丈過ぎやしないか?
だが、答えは存外アッサリ見つかった。コンクリートのさらに下にまだ何かある、というよりは“壁の『真の姿』が明らかになった”とでも言うべきか。
「うわ、壁丸ごと装甲板……要塞かよ」
コンクリート製かと思っていた壁はというと、張り付けられた化粧板の下からコンクリート代わりの装甲板の壁が顔を覗かせていた。さすがに材質を判別できるほど詳しいわけではないが、こんな重々しい色をした金属のカタマリをたかだかクラブの外壁に使うというのが明らかにオーバースペックなことは俺にだってわかる。
そりゃそもそもフツーのキャバクラがこんなところに来れるワケがないのは確かにそうだが、だからっていくら建物そのままで宇宙空間に飛び出せるクラフトだとしても、ビル一棟を丸ごと軍用の装甲ってのは変だろ。そういやミセスが明かしてくれた素性の話の中での今までの商売相手の中に“国”とか混ざっていたような気がする。もしかすると俺は予想以上にデカい人物とつながってしまったのかもしれなかった。
……イヤ、たかだか俺の安全のことなんてどーでもいい、今はそれどころじゃない。回らない頭を無理くり回して俺は何があったかを思い出し、状況を整理する。
さっき看板の裏で見つけた物体と小さな機械。あの粘着質のガムみたいなもので引っ付いていたのは間違いなく発信機だった。それはつまりここの存在を何者か何者たちかに知らせる目的があったということで、そしてそんなものが引っ付いていたということは他レース参加者からの敵意というものが向けられているということ。あの爆発音で弾頭ごと撃ち込まれたとみてたぶん間違いないが……。
そんなことを考えていた一瞬の後、数秒遅れで三発目が撃ち込まれる。次の弾頭は屋上の向こう側のほうに着弾して爆炎を吹き上げたのが微かに見えた。ただ、心持ちちょっと音が軽くなったような気がする。それこそ俺の気の持ちようくらいしか変化していないのかもしれないが。
と。
背後からデカい、しかも複数のエンジン音が聞こえた。
遠くの砂丘のほうから爆音を上げて飛んでくるのは十数機ほどのクラフトの横隊だ。どの角度から見ても菱形に見える正八面体型に発光しているクラフトの群れが横一列に均一な車間をあけて飛んでくる。いかにも映画のポスターとかにありそうな並び方で、どうやら相手方は何が何でも威圧感を演出したいらしい。
まぁ、これも俺の感想だから実際どういうつもりなのかは定かではないが。
何にしても、ほぼ丸腰の俺には急いでビル内に駆け込むくらいしかできることはなかった。
最上階まで急いで上がった俺が司令室への扉を開けるのと、外の屋上あたりで炸裂した爆発で部屋が揺れたのはほぼ同時だった。ついでに俺はビルの振動に負けて前につんのめり盛大にコケるという醜態をさらす。
「……切羽詰まってるようだわね、厳戒態勢!」
部屋の真ん中のデカいテーブルでヤクザ達と交渉を続けていたらしいミセス・ラトナは、俺が駆け込むのを見るなり周囲のキャバ嬢たちに鋭い声を飛ばした。キャバ嬢たちは弾かれたように散ってゆき、ビル中の迎撃態勢が整えられていく。俺がくぐってすぐ爆風にさらされていた一階入口のドアも、ミセスの声に応じて二重三重とシャッターが降ろされたのが監視カメラ越しに見えた。どうせあのシャッターも相当頑丈なんだろう。こういうのを見れば見るほどこのビルは要塞としか思えない。
「あとそれと、営倉からアデリア出してやりな」
そしてミセスはふと思いついたように言った。アデリア、聞き覚えのない名前だ。
「えーママ、アデちゃんもう出しちゃうの? それじゃチョーバツになんないじゃん」
「こんな荒事、適任はあの子しかいないでしょ。それともアンタ主導でこの修羅場、切り抜けてみるかい?」
「うっ…………」
不満そうにぶーたれたホステスの一人に向かってミセスはにらみを効かせて黙らせる。指示を受けたホステスは釈然としない顔で駆けていった。




