09:3 - 夜の外壁塗装作業にて
「あー……えーと、壁の塗装はまた今度で?」
「ねぇちょっと! いま何か誤魔化そうとしてるでしょ⁉︎」
即座にベイファンの容赦ないツッコミが突き刺さる。マズい、バレてら。
「ブフッ……出来ればすぐ、暗いうちに片付けてくれませんこと? 今は落ち着いてるみたいだしね。外壁に汚らしい黒ずみがある状態で店を開けるのは死活問題ですのよ」
ミセスはミセスで人使いが荒い。まぁ、ヤクザにそんな丁寧な仕事を任せるのは少々無理を感じてしまう以上、外が暗かろうと吹き出されようと今さら断りようもないのだが。ベイファンがこちらを見ながら露骨にニヤっと笑った。
「確かにこういう仕事は男手のが向いてるかしら。何にしてもラッシュと私は借り物のドレス着てるからすぐに動けないし、大体もう敵はいなくなってて安全なんでしょ? わかったらとっとと動いた動いた」
「はぁ⁉︎ 外壁塗装とかやったこともねーのに俺一人かよ!」
そ、そうだ。外壁塗装なんて足場組んだり事前の準備とか必要なんじゃないのか?
「何も手作業で全部やらせようだなんて思ってませんわ、壁の汚れと破損状況を調べてマシンに入力するだけですのよ。なるべく早くに開店の準備を整えたいの、できれば明日にでもね。お願いしますわ」
「そんな簡単なら俺以外がやっても同じじゃねーのか……何で俺なんだよ」
「悪りィけどオレら、それから参謀のイヴさんはこれから業務テーケーってのの話つけねェとだからな。手ェ空いてんのお前しかいねェんだわ」
まぁそんな感じで、明らかに面倒ごとを押し付けたいだけのベイファンと完全に便利屋扱いしてくるミセスとしれっと知らぬ顔で送り出してくるケンゴにケツを蹴り上げられるように、必要な最低限の道具類とともに俺はもうすっかり暗くなった砂埃舞う火星の夜へと放り出された。
で、屋上から命綱で吊られて、俺は伝って黒ずみの位置まで降りているところだ。幸い、例の黒ずみの位置は事前に教えられている。ビル外壁の上の方、北から二〜三時の方向。実際の損傷具合をチェックしたら地上に用意してある修復マシンに遠隔で入力されてそのまま仕事は終わり。思ったよりはラクな仕事だ。
まぁ、人に仕事を頼んでおいてそのへんのサポートすらされないとなったらそれこそ問題だが、とはいえ今はその問題を訴える先がどこにもないという状況でもある。今やどうにもならない。
それにしてもミセスの人使いがここまで荒いとは思わなかった、いや、見た目の時点でうっすらそんな気はしていたが、とはいえ的中したところで何も嬉しくないのも当たり前だ、ったく。
「……ま、こういうときに遠慮なく人をコキ使えるってのも才能、なんだっけか」
俺はどこかで聞いたことのある与太話をうっすらと思い出しながら手を動かす。
独りごちながら俺がやる具体的な作業ってのが、着弾のあった箇所の傷の位置・外壁塗装の剥げ具合・スス汚れの程度なんかをカメラで撮影したうえで汚れの表面なんかをスキャンすることだ。剥げの位置や大きさから跡にくっついてる焦げの形状だとかを事細かに計測する必要がある。面倒な作業だがこれでもマシになったほうだという。
いくら時代が進んでも、機械というのは自分で判断するのがなかなか上手くならない。逆にそこさえクリアすれば機械は人間なんて必要なくなるほどの進化を遂げるように思うのだが、実際はこの時代になっても相変わらずだ。もっとも、人工知能とか機械に人間が取って代わられないように科学者連中はワザと示し合わせてるとかかも知れない。
「あーあったあっ……んぁ?」
着弾地点を見つけた俺はさっそくレンズを構えようとして、そして気がついた。……まだ灯りのついていないネオン看板の裏に何かがくっついている。
小さな金属製の箱のようなものがガムみたいな粘着質の樹脂か何かで引っ付いていた。それは1〜2センチほどの小さな機械らしい。間違いない、これを見たのは今が初めてじゃない、今日の間にほぼ同じものを見ている。フチザキがイザコザを起こして撃たれる前、口論のときに口内から吐き出していたもの……発信機だ。俺はその樹脂ごとそのガラクタを引き剥がした、と。
ヒュルルルルルルゥゥゥゥ…………
打ち上げ花火みたいな甲高い音があたりに響いて、背後が唐突に明るくなった。
あるいは、空が周囲全方向からこの地点に向かって光が走る、というより殺到する。アレらはどう見ても、撃ち出された小型ミサイルみたいな弾頭の群れだった。




