09:2 - キャバレーにある艦橋にて
「ここまでくれば何が言いたかったかお分かりかしらね。そう、私はスパイでもあったの。頭空っぽなふりしてれば男は何でも喋ってくれたわ、“馬鹿に何を言っても、どうせ覚えているはずがない”ってね。でも私は覚えていた。もちろん全部聞き出すことなんてできませんわよ? でもどんな些細なことでもつなぎ合わせたら全体が見えてくる。そういう小さな欠片を全部頭に入れてデータ化して情報を管理して、そして売りさばいたの。もちろん誰かも悟られないように、国に政府高官に報道機関に反逆者に無法者に、それはもう色々とね。それが私の始まりだった」
イタズラの計画でも練るかのように、ミセス・ラトナは顔を輝かせながらそう語る。実際、彼女からすれば武勇伝とか自慢話とか、そういう類の話なのだろう。だが男である俺からすれば中々に恐ろしい話なのは間違いないだろう。仮にもしも、俺がこういうところから情報を漏らしたなんてことになったら恥だわ情けないわで一生立ち直れないかもしれない。
「うっへぇ、ケンゴお前気ぃ付けろよ?」
タチバナが素っ頓狂な声をあげてケンゴに釘を刺す。
「えぇーアニキなんでオレに言うんだよ、オレぁそういうとこじゃヘタに口割らねェってんで有名な男だぜ?」
「どんなとこで有名なんだよ」
対するケンゴは不服そうに口を尖らせて、そのままツッコミを喰らった。随分仲がいいことで。
そういえば俺たちが扉のワキにどいてからというもの奥の部屋からは誰も出入りしていない。さっきまでと何か状況が変わったんだろうか? と、ここで分厚くて重い扉がギッと音を立てて開く。
「あ、いた。ママ、とりあえず終わったよー」
色の白いホステスが笑顔でひょこっと扉の奥から首を出して笑顔で言った。……ん? 終わったとは?
「あれま、お相手さんは随分早く帰ってったのね? おおかた威力偵察ってとこみたいだわね……」
どうも砲撃してきた相手は早々に退散したらしかった。たしかに砲弾まで撃ち込んでおいてこんなアッサリいなくなるというのはさすがにキナ臭いにも程がある。
ともあれ威力偵察でもこちらの損害は甚大というヤツだと思うのだが。
「まったく、こっちの身にもなって欲しいもんだよ……。ごめんなさいね、後で壁の塗装もお願いできるかしら。お駄賃の代わりと言ってはなんだけど手持ちのアイテリウム、少し分けてあげるから」
「イヤ、明らかにそーゆー問題じゃねェだろ……」
「そーゆー問題よ? チンピラさん。この建物の壁はそんなヤワじゃないもの。仮にいま爆撃されても崩れはいたしません、それこそ壁の表面がちょっと焦げるくらい。でも客商売をやるには見栄えが良くないわ」
ケンゴの辛辣なツッコミも、ミセスには毛ほども通用しなかったようだ。先の異様に呑気な提案と同じような調子で彼女はさらりと言ってのけた。……どうやら準備万端というヤツだったらしい。
「さて、終わったならもう入っても良さそうね。ついてらっしゃいな」
そう言うとミセス・ラトナは二重扉を開けて部屋の奥へと進んでいく。
部屋の内部はというと、外から見たときの派手なキャバクラからは想像もできないような軍事的な司令室だった。どうも作戦司令室だとか戦艦の艦橋のような構造らしい。複数の大型パネルには周囲の地形が大まかに映し出されていて、先ほど撃ち込まれた砲弾のデータから砲撃位置まですでに割り出されて表示されている。機材の精度も演算能力も一国の軍艦に積んであるものと比べても全く遜色ないのは明らかだ。
部屋の中にはまだホステスたちがかなりの人数で待機していて、服装はキャバ嬢のドレスのまま相変わらず慌ただしく駆け回っている。どのホステスも軍人顔負けな態度だが飛び交う言葉がいかにもキャバ嬢っぽい軽薄な言葉なままなため、聴覚的にも視覚的にもそれなりに異様な光景だった。
「そういえば話の続きというか、昔話の締めがまだだったわ。それで、そんな私でも勝てないものがあった。つまり“老い”ね。だから私は早いとこ引退して裏で女の子たちを助けることにしたのよ。男たちに食い物にされる女たちに、男たちの裏をかいて操るための方法を教えることにした。……これがクラブ『マダム・バタフライ』の成り立ち、というわけ」
そんな目の前の状況を気にも留めずに、ミセスは昔話をようやく締めくくる。なんとなく手持ち無沙汰なので拍手でも送ろうかと思ったが、ここでタチバナが感想を口に出した。
「なるほど? 話に聞くオペラの『蝶々夫人』のあらすじとは正反対ですね」
……もしかして、コイツもイスルギと同じく“インテリの”手合いなのか? なんでコイツがオペラなんて知ってんだよ……。そんなヤクザから飛び出たとは到底思えない指摘を受けてミセスはなおいっそう微笑む。
「あら、いい屋号じゃありませんこと? うちで相手するような男たちは誰も彼も“都合のいい女”を求めてうちに来ますわ。そして目にするのは外国人の不誠実な夫を信じ続けた不幸な少女の名前。そりゃ飛びつきもするでしょうね。けれど、喜び勇んでやってきた男たちは自覚もないままその生涯を毒蝶の鱗粉に蝕まれる……。良い意趣返しだとは思わなくて?」
真意なんてものは当然わからないものの、老婦人はこれまでに表にも出さなかったような笑みでもって薄く笑った。
「それで、今回の“業務提携”というのはつまり……」
ここでタチバナが俺も忘れかけていた最初のほうの話題へと戻す。ミセスもそうだった、と言わんばかりの反応を見せた。
「そうでした、本題を忘れるところでしたわね。改めて言いますが貴方がたにお頼みしたいのは用心棒。やはり女手ばかりですと困ることも当然ありますし、いくら何でもできるといっても気の荒いお客さまからナメられてしまいますから。念には念を、というヤツですわ」
「ヘッ、女って怖ェよなぁ?」
これだから女は、とでも言いたげにケンゴは俺に耳打ちする。全くだ、と思わず同意しそうになって、そして俺たちをしっかりと見据えているベイファンに気づき慌ててやめて誤魔化しておいた。




