08:5 - 提携先のあまり見ない実態にて
案内されたマダム・バタフライ館内のドアをくぐった先には、いかにも高級そうな装飾のホールが待ち構えていた。わざわざ『蝶々夫人』なんていう豪勢な名前を銘打つだけあってその辺りは徹底されているらしい。
豪奢な円形のホールはかなり広く、雰囲気的にはヨーロッパの格調高い屋敷とか日本でもどこぞの高級ホテルみたいな造り、とでも言えばわかりやすいだろうか? もっとも、そのホールに大量の卓が並べられている時点で酒場であるのは全く隠せていないし、そもそもどう見繕っても高級感なんてものは見た目だけという話にしかならないが。
一応キャバレーを謳っているだけあって、ドアをくぐった途端に扇情的な格好のホステスたちが俺ら一行を出迎えた。
「あ、帰ってきた!」
「交渉ってもう終わったのー? 早いのね、ママお疲れ様ぁ」
「ふーん、ヤクザっていうけど割とフツーじゃん」
「ママおかえり! どうだった?」
「あぁただいまね。けど交渉はまだ終わってないわ、後ろの人らがその相手。だからアンタたちまだちょっかい出すんじゃないよ」
早く通しな、とミセス・ラトナはにわかに騒がしくなったホステスたちをせっつく。ただ、彼女がしっかりとホステスたちに「“まだ”手を出すな」と言ったのを俺は聞き逃さなかった。あー……まぁ確かに火星のこの過酷な環境の中で急にこんなのに出くわしたら、組のヤツらの理性がヤバそうだ。
「へー、またエラく美人揃いじゃねェの、こりゃ運が上向いてきたか?」
「ケンゴ、お前は一旦黙れ」
タチバナが諌めるように言う。なし崩し的にここまでついてきただけのケンゴは置いてくるべきだったかも知れない、という後悔が脳裏をよぎった。正直コイツだと手玉に取られる未来しか見えない。
「ッ嘘っ、アキにイヴおじさんも来てる⁉︎ やぁ、見ちゃダメぇ‼︎‼︎‼︎」
「諦めなさい、この数のホステスにおもちゃにされた時点でもうどうにもならないわ」
聞き慣れた声に反応して人混みの向こうをみると、慌ただしくなったホステスの群れの中心には慌ててかがもうとしている男みたいな髪型の赤いミニスカドレスの鳥人女、それと逆に妙に堂々としているやたら体のラインを強調した銀のドレスのメガネ純人女。一足先にマダム・バタフライに乗り込んでいたラッシュとベイファンは、哀れホステスたちの着せ替え人形と化していた。
当然こんな場所で持ち出されるような衣装である。周囲のホステスたちが手にしているそれらのどれもが必要以上に露出度が高く、明らかにこれを着て外は歩けないというような服装だ。ニワトリに先祖返りしたみたいに顔が真っ赤に染まったラッシュは涙目のまま体を丸めてしゃがみ込もうと必死だった。動くたびに自慢の髪型がボムボムと揺れている。
なお、先ほどから伏せに成功していない理由は両脇をホステスたちにがっちりとホールドされていたからである。しかしパニックで腕を振り解こうとすら思えないようだった。
対照的なのが隣のベイファンで、自身も人形みたいな扱いをされているのに少しも動じていない。というかしゃがむどころか背筋をピンと伸ばしている。アリアドネ号の医師も兼任しているような才女からすればもはや人体を見ても見られても恥じらいなんて感じもしないのだろうが、それと引き換えに色々と失っている気がするのはどうなのだろうかという疑問が湧くのは否めない。
で、対する俺はというと二人の対照的な立ち姿を眺めて動きを楽しんでいた。
発火しそうなくらい赤面しているラッシュには正直悪いが、残念ながら俺はこういうのを見てジタバタするような純情な時代はとっくに通り過ぎている。まぁ、世間一般の二四歳がどんなもんかは実を言うとよく知らないが、何にせよ他の男どもも似たようなモンだろう。ケンゴに至っちゃ同い年だしな。
イヴだけが目に手を当てて見てないことをアピールしていたが、このポーズをとっている時点で実物を一瞬でも見て確認した上での動作と思われる。早い話が要するに、男なんてこんなモンだ。
「ちょっと! 少しくらい遠慮——
さすがに見かねたらしいベイファンが叫びかけた瞬間である。
元々あったホステスたちの笑い声やらラッシュの金切り声やらに強引に割って入る異音……いや、異音というにはあまりにも大きい轟音、くぐもった爆発音だった。
天井を貫通するような衝撃波と爆発音がホールを揺さぶる。梁に吊るされたシャンデリアから振り落とされた埃が力無く落ちていき、所狭しと並べられたテーブルも動揺したようにガタガタと音を立て、グラスに注がれた液体は逃げるように跳ね回った。出し抜けな絶対的危機に、ホールの空気が一瞬にして凍りついたような錯覚を覚えさせる。十中八九、報告にあった例の集団だろう。なんだよ、けっきょく現在進行形で攻めて来てんじゃねーか。
残響だけが静寂の中で耳鳴りのように鳴っていた。 静寂の中でズン、と大袈裟な梁が揺らぐ音が聞こえる。
恐らくというか確実に、爆発はこの建物で起きているのだろう、ということは遠距離からの砲撃ということだろうか。何にしても、こんなキャバクラが軍事的な攻撃に備えているとは到底思えない。そもそも当たり前ではあるが、修羅場真っただ中のこんな荒野のど真ん中にこんな怪しい店があるというのが奇跡というか異常だったのだ。一晩越せただけでもよく保った方だと言うべきか。というか、火星生活二日目にして俺は何回死にかけてるんだ俺?
「なぁオイ! これマズいんじゃねェのか⁉︎」
ケンゴが今度こそ切羽詰まった声を上げ、
「待ってくれよ、武器とかねーのか!!」
情けなく声を裏返しつつ俺は叫ぶ。今のが砲撃だとするなら相当の威力、そしてかなりの規模だ。つまり相手方の武装はかなり充実しているということで、少なくとも護身用程度の豆鉄砲じゃ焼け石に水、という結果にすらならないだろう。
当然ながらホステス達もさぞかし半狂乱になっている……かと思いきや。
「ねぇママー。これってさぁ、アタシらもう“動く”感じ?」
「みたいだわね」
気の抜けたような一人の問いかけにミセス・ラトナがそう一言つぶやくと、ホステスたちは続々と弾かれたように立ち上がり小走りでホールを後にし始める。さっきまでのニヤけた顔はどこへやら、純人・亜人を問わず彼女らの顔は無表情。だがその誰もが目だけは兵士のような冷たさを湛えた目をしていた。
「……ンだよこれ、何だ? どういう状況だ……?」
目の前の光景を見てケンゴは唖然としている。俺も、というかこの店の関係者以外はみんな目を白黒させている状態だ。
「そうですわねぇ、事情をもう少しだけ説明しないといけませんわね。“用心棒を頼みたい”って言ったのは嘘じゃありませんのよ? ただ“我々では何もできない”とは言っていないってだけですわ。我々はそんじょそこらのキャバレーとは少々毛色が違いますのよ」
少し勿体ぶるように、目の前の老婦人は切れ長の目をさらに細め、薄く微笑んだ。いかにも裏にとんでもないモノを飼っていそうな薄気味悪さというか妖しさというか、そういう“何か”をまとっている。
「じゃあ、まずは改めて自己紹介でもしておきましょうか。我々は『マダム・バタフライ』、キャバレーであり情報屋であり諜報機関、それと暗殺稼業もやっております。言いだすのが遅れて申し訳ありませんわ。どうでしょう、今からお話だけでも聞いて行ってくださる?」
そして夕食会への誘いでも切り出すみたいに、ミセス・ラトナはさらりと言った。




