08:3 - 各人での論点の違いにて
「報酬も無しにあなた方にこんなお話を持ちかけるなんて考えにくいと思うのだけど、これのどこが『ワケわかんねェ』のかしら?」
明らかに子供をたしなめるような口ぶりだ。しかしミセスの目ははっきりとケンゴの目を見つめている。少なくとも上から目線でバカにしているような目には見えない。
「当たり前だけどよ、ここが火星の……しかもレース参加者以外には誰もいない何もないっつーのは分かるよな? 火星でもすでに開拓されてる他のトコならイザ知らずってヤツだ。……なら報酬も何も、そんなトコに金だけあってもンなもんクソの役にも立ちゃしねぇのも当たり前だろーがよ。ここじゃ金なんて紙切れ同然だ。使える場所もねェんだぞ」
確かに当然の疑問ではある。金銭というのは、その社会において全員が価値を認めているからこそ金銭たり得るのだ。こんな未開の土地で、それも脱出できるかどうかも怪しい場所にいて『外の世界でなら通用する金』なんて、渡されても単純に邪魔なだけだろう。
兄貴分共々、時々コイツは冴えてんのか薄らボケてんのかバカなのかよく分からなくなる。まぁ、兄貴分よりは下ブレが激しい感じではあるが。
「成る程、心配するのも当然かしらね。でも安心して下さいまし」
ミセス・ラトナは納得したように頷いて話を切り返した。
「我々の商売で要求するのはお金じゃないんですのよ。つまり皆が欲しがる物ならいいワケでしょう? なら——
「その話をする前に少しお待ちください。まだあなた方を信頼するには情報が足りないという前提で、私にも疑問点があります。ミセスの言う“不審な集団”についてですが、そんなことを今から繰り返していては、周りから警戒されてサバイバルどころではなくなるのでは? なぜそんな集団がこのようなサバイバルレースに参加しているのです?」
ここで今度はタチバナがミセスにストップをかける。どうやらコイツも腹の底では疑いを振り払い切れずにいるようだった。
しかし、ここで今度はイヴが申し訳なさそうに割り込む。
「……すまない、説明が間に合ってなかったみたいだ。そこについては特に気にする必要ないんだよね。もっと言うと“気にしても仕方がない”というか」
「は?」
思いもよらない方向から説明をされたタチバナはイマイチ飲み込みきれないという顔だ。
「まぁ、今は切羽詰まってるから後で説明す——
「いや待て、いま説明してくれ。いい加減このレース自体、ワケわかんなさ過ぎて何が起きても納得できそうにねェよ。つーか別に今は切羽詰まってねェだろ? ソイツらが現在シンコー系で攻めてきてるワケじゃねェんだ、たかだか五分程度の説明くらい先に挟んでもバチあたんねェと思うぜ? それこそ説明に今から一時間かかるとかなら知らねェけどよ」
説明を省略しようとしたイヴに対して思うところがあったのか、すかさずケンゴが再び口を挟む。
「……じゃあ、このレースについてちょっと時間をもらって。って言ってもねぇ、舞台が侵入不可能・脱出できるかは不明って言われてるエリア・ニュクスで、その中は文字通りの無法地帯、そこからいち早く脱出できたチームが優勝、ってだけだよ」
そして尋ねられたイヴは事も無げに言った。至極わかりやすい解説ではあるが、その内容はかなり危険だ。
即ち、極論すればレース中は“殺人ですら”罪にならない。いざこう明言されてしまうと、なんと酔狂なレースに参加したんだという俺の中の遅い後悔が脳裏で恨み節を吐き出す。
「なぁ、もっと根本的な質問いいか。このレースは一体何なんだよ? 今までの話を合算するとレースってより未開地の開拓じゃねェか。巻き込まれた俺らはともかく、それをさっきの話で出てたみたいなゴロツキに任せるって色々おかしくねェ?」
至極真っ当な質問がケンゴの口を突いて出る。コイツは本当によくわからないというか、兄貴分のイスルギと同じくどう評価すればいいんだか分からなくなりそうだ。バカなんだか建設的なんだかイマイチはっきりしないというか、頭が回らなさそうに見えてたまに異様に切れるようになる瞬間がある。
……ここまで来ると、もはや二重人格ってヤツじゃないのか?
「それに関して運営本部は何も言ってないけど……僕個人の意見としては“見せしめ”あたりが妥当だと思ってる。これはレースの体裁をとった処刑だよ」
「どういうこったよ?」
「これは……まぁ言ってもいいか。実を言うと、僕は何年か投獄されてたのさ」
イヴは少し顔をしかめながらため息をついた。
「けどね、いきなり牢から出されたと思ったらこのレースに無理やり参加させられたんだ。“更生の一環としてのボランティア活動”って説明されたけど、それでこんなレースに人を派遣するわけがない。でもこれが僕を消すための施策だとすれば辻褄は合う」
「……おい、消されるような覚えあんのかよ」
口を挟むように俺はボソリと呟く。イヴは待ってましたと言わんばかりに答えた。
「『ジャーナリスト』が『投獄されるようなこと』って言ったら分かるかな?」
「……なるほど、つまりあなたは政治犯としてお上に目をつけられた、と」
そしてミセス・ラトナが納得したように呟く。
「これまでクラフトが何隻か脱落してますわよね? 一般のジャーナリストなんて搭乗させていては確実に問題になると思ってましたが……むしろそれが目的ですのね」
「その通り。彼らからすれば、僕みたいのは終身刑にするには罪が軽いし、でも野に放てば何喋るか分からないしで邪魔で仕方ないだろうからね。それに世界から死刑制度がなくなって数百年、各国の警察機関・刑務所は今や治外法権でセキュリティレベルも跳ね上がる一方だし、こういうのが彼らにとっては丁度いいのさ。話を戻そう。火星開拓の記念事業とのことだったけど、ざっと見た感じ、このレース参加者にまともな経歴の持ち主はごく少数だ。たぶんそういう輩と騙された愚か者を集めた現代の島流し……それがこのレースの本質だと思う。といっても、さすがにこの辺りは陰謀論の領域だから信じない方が良いけどね?」
最後の一言でイマイチ信用しづらくする辺り食えないオッサンだ。
しかし、何にしても。
「待てよ、“騙された愚か者”だぁ? その物言いも腹立つけどな、そもそも何でそんなヤバい集団の中に一般人混ぜんだよ、ンな猛獣の檻に餌投げ込む必要ねーだろ」
「大方そのままガラの悪い連中を出場させると叩かれるから、一般枠のスケープゴートとしてスネに傷のありそうな人間を参加承認しただけだと思うよ。国家レベルの暗部が関与してるとするなら、多分すべてのことが起こりうる」
「あくまで巻き込まれたってだけか……ま、俺が犯罪者扱いされたとかじゃねーんなら何でもいいや、安心した」
俺は正直に感想を口にした。




