08:2 - 納得いかない交渉の場にて
「おい何だよあの……キャバってか、何だ……?」
ケンゴが俺の思ったことを代弁するかのように怪訝そうな声で呟く。
「一応あれはクラフトだよ、といってもあの見た目じゃ『出張式の娼館』って感じだけどね」
声にうっすらと苦笑というか呆れを滲ませつつイヴが応じる。イヴのやつの性格的に考えても、多分俺の気のせいではないんだろう。
「ま、とにかく今は組のクラフトでお話し中だから急ごうか。一応はアドバイザーとして僕らも呼ばれてる」
“話し合いの場"こと前回も通された応接室に入ると、部屋の奥の革張りソファでは生き残っていた組員のタチバナが交渉人として駆り出されていた。まぁタチバナの風体から見ればイスルギよりはサラリーマンっぽいにしてもそれなりの雰囲気を醸し出している気はする。さすがにアイツは二、三時間ちょっとだと回復どころじゃなかったのだろう。フチザキがもたらした人手不足はなかなか深刻なようで、この場に呼ばれている他の組員たちも交渉の場というのは居心地が悪そうだった。
そして鰐人種の抜け目なさそうな視線の先、つまり部屋の奥に向かって座って入り口の俺らに背を向けているのが交渉を持ちかけてきた張本人。と思しき相手方の交渉人は後ろ姿でも分かる派手な格好だった。
ヤクザと無縁な世界の住人らしいが、両サイドに誰もいないってことはたった一人でここまで乗り込んできたのか。エラく肝据わってんな……などと内心ちょっと感心しながら、俺らは部屋の奥に回り込んで正面からソイツの顔を見る。
相当歳のいった感じの、そして若干カエルみたいな風貌の太った女だった。見るからにあのキャバクラの関係者というような、白っぽいスーツと花柄シャツに身を包んで厚化粧で顔を覆ったいかにもガメツそうな“オバチャン”だ。だが一方で、その奥からこちらを睨み付ける切長の視線からはカミソリのような鋭さを感じさせた。
「あら、先ほど話に出てきたアドバイザーの方々かしら? なら、また説明し直しませんとねえ。我々の屋号は『マダム・バタフライ』、わかりやすく言うと出張式キャバレーと言ったところかしら。ここは見ての通りね」
なるほど、あの意味不明なネオンによる装飾はこの為か。どうやら自分達の見た目を『客へのアピール材料』として有効活用した結果があの店舗らしい。まぁ確かに、探せば参加者にいくらでも客はいそうだがそれ以前に……。
「疑問はわかりますわ、なんでそんな集団がこんな危険なレースに参加しているのか? でもこのレースは我々にとっても大きなビジネスチャンスですのよ。申し遅れました、私は……そうね、ラトナとでも呼んでくださいまし。マダム・バタフライのオーナーをやっておりますただの婆さんですわ」
「分かりました、ではミズ・ラトナ……で宜しいですか?」
タチバナがガチガチの敬語で応じる。本人的には交渉者相手の外ヅラなのだろうか、ヤクザっぽさは微塵も感じられないどころか“コワモテなだけの一般的なサラリーマン”に近い気がする。
「あら、“ミセス”でいいわ。私、書類上は未婚ですけど子供は地球にいますの」
「オイ、悪ィけど世間話は後でやってくんな。なんでソープだか何だかの経営者が火星くんだりにまで来んだよ? それよりもとっとと“近くに来てるとかいうヤバいヤツら”について吐けや」
ケンゴが話し合いに痺れを切らして口を挟む。
こいつはこいつで交渉事にはつくづく向いてなさそうだ。さっきは少し見直すような一面を見つけたつもりだったが、それが今は見る影も無い。
「オイてめぇケンゴ! 交渉相手になんてクチ聞いてんだ‼︎」
「待って、聞くところによると貴方がたは巻き込まれてしまった非正規のレース参加者なんでしょう? 気が動転するのも当たり前です、気にすることはありませんわ」
「あ、いえ、コイツは性格的な問題ですので……!」
「悪ぃオジ……いやアニキ、けどこの状況だぞ。交渉もクソもあるかよ、こんなキナ臭ェ相手に下手に出てりゃつけ込まれ方かねねェだろーがよ」
確かにケンゴの心配はわからなくもない。とはいえ、こういう場で恫喝に走る時点でこいつは骨の髄までヤンキー精神に染め上げられているのは明らかだ。要するに知性も余裕もあったもんじゃないだろこれ。
対するミセス・ラトナは人差し指をスルリと掲げてケンゴを制する。
「その心配はわかりますわ。けれど私どもが貴方がたに持ちかけているのは“業務提携”、害意なんて持ち合わせておりませんし、寧ろこちらから頭を下げてお願いしている状況なんですのよ。まぁでもそうね……でしたら先に情報を提供しましょう。彼らの名前は不明ですが、ここから南に約三〇キロ、平地の真ん中にキャンプを張って周辺の参加者たちから略奪行為を繰り返しています」
その口から存外あっさりと、件の襲撃者とやらの情報が語られた。といってもまだ“あやふや”というレベルの情報でしかない。しかし、これが虚偽でないならかなり重大な情報であることも間違いないだろう。
問題は真偽がわからないという点。そのカミソリの切れ目みたいな目からは何の感情も読み取れない。
「まだ二日目の夜、鉱物資源のアイテリウムに関してはまだ掘り起こしている参加者はいませんが、もし今後アイテリウムの採掘が出来たとすれば……お分かりでしょう? 我々のお願いというのは、用心棒として我々と協力関係を結んでそういう輩から護衛して欲しいんですのよ」
そんな風に、先ほどの言葉通りに彼女は業務提携を提案した。
「もちろん報酬はお支払い——
「報酬だァ? 話がワケわかんねェな」
だが言葉を続けようとするミセス・ラトナに向かってケンゴが喧嘩腰に呟く。
さすがに俺やタチバナが黙らせようと睨みつけたものの、当のミセスはむしろ面白がっているような表情でじっとケンゴの顔を見つめる。今まで無表情のような作り笑いだった彼女の顔に初めて感情が滲んだのを見た。




