表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

30/156

08:1 - 救助までの余暇にて

マダム・バタフライ(Madame Butterfly)

:邦題「蝶々夫人」、原作ロング・脚本ベラスコ・作曲プッチーニの二幕からなるオペラ作品。日本・長崎を舞台に、没落藩士の娘:蝶々さんとアメリカ海軍士官:ピンカートンの悲恋を描いた作品。

 さて、そこからの進行は比較的早かった。


 まぁ進行と言っても大したことじゃない、フチザキの血と汗で湿った衣服やらクッサそーな靴やらを剥ぎ取って一纏めにしてからシャツの端っこに火をつけるだけだ。二度三度ほどは失敗して四苦八苦したものの結局は服だからな、何度かやってりゃ燃える。火がでかくなったら靴を放り込んで完成だ。ジャケットに染み込んでいた血やら汗やらの水分が火で(あぶ)られて白煙となって上へと立ち昇っていった。

 ……ちなみに当然谷底の俺らは阿鼻叫喚だったが、今に限定していえば有益なのは間違いない。とりあえずこの上昇気流に乗って上のヤツらの鼻までこの激烈な、いや“特徴的な香り”が届くと良いのだが。



 次に、俺たちは未だ動かなかったチンピラの残り二人を叩き起こした。

 なお『叩き起こす』というのは比喩でも何でもなくて、そりゃ気絶させた俺も悪いとは思いながらではあったが、この期に及んで二人して動かないのはさすがに少し腹が立つ……そう思って揺り動かしてみたら、コイツら堂々と眠りこけてやがった、というだけの話だ。そりゃ無理やり起こされたアイツらは二人とも上機嫌とはいかなかったが……。

 しかし起こしはしたものの、手持ちも知識もまるで無い現在の状態の俺らにこれからのいい方法が思い浮かぶハズもなく、結局俺たちは与太話で暇つぶしを続けることにした。我ながら、というか“我ら”ながら呑気だとは思う。これなら不平不満を漏らさないだけ二人のチンピラには寝たままいてもらった方が良かった気もしないでもない。


 ただ、与太話といえば何の実にもならないのが常ではあるが、収穫が一つだけあった。ケンゴのフルネームだ。さっきの会話から、ずっとケンゴが下の名前呼びされてヤソジマは苗字呼びされ続けるという妙な状態だったのはさっきまで書いてた通りだが、その真相は存外しょーもなかった。アイツのフルネームは『ケンゴ・ジアコーサ』。唐突に出てきたカタカナはイタリア出身の父親の姓なのだという。つまりわかりやすく言えばハーフというヤツだ。

 しかしケンゴの風貌はハッキリ言って和顔というオチで、名前と噛み合わないこと甚だしいので日本人的ファーストネームの呼びで固定されているということらしい。確かにコイツが横文字の名字を名乗るのはケタ外れに似合わないことこの上なかった。ま、謎なんてこんなモンだ。


 逆に言えば、これくらいしか収穫のないグダグダな時間を過ごすというを自堕落な状態で俺らは助けを待った。あまりのやる気のなさに神(そんなんが本当にいるなら、という話だが)も見かねたのか、二〜三時間ぐらい経つと頭上の穴からカラカラと砕けた石のカケラが転がり落ちる音が耳に届く。顔を上げると、ワイヤー吊りされた電灯と一緒に見覚えのあるウサギ耳の中年男が降ろされてくるのが見えた。


「おーい、無事かい? ……みんななるべく急いで上がってきてくれるかな、敵襲が来そうだ」


 イヴはいつものイマイチ緊張感のない喋り方で言う。




「さてと、で? 何があった?」


 頭上から降ってくる砂粒を払いながらワイヤーで地上に引き上げられた後、俺は青い夕日で照らされた夜明け前みたいな砂地を歩きつつ、五人を代表してイヴに尋ねた。


「いわゆるタレコミってのがあってね、この近くに他参加者から資源を奪って回ってる一団がいるらしい。ここも気づかれるのは時間の問題だって話だよ」


「タレコミぃ? ンなモンどっから来たんだよ、どう考えても信用できねーヤツじゃねーか……」


「まぁ詳細は後で説明するけど、向こう側の『譲歩』が大きくてね。“今のところ”は情報提供元も襲ってくる様子はないから警戒だけしてるって言った方が近いかな」


 イヴは冷静に説明してみせる。そして荒野の真ん中の丘の上に立ってこちらに手招きをした。丘の向こう側にはちょうどアサゴ組とイスルギ組の七隻の船団停めてあるハズだ。


「取り敢えず、あれを見てよ」


 俺たちは足を早めて丘を登ってイヴの隣に駆け寄り、言われるがまま船団を見下ろす。見ると船団の隣にドーンとアリアドネ号も停められたままだ。



 ……そして端的にいうと、船団の目の前、荒野のド真ん中に見慣れないキャバクラの大型店舗が建っていた。



 いや、アレが本当にキャバクラなのか見ただけでは判別がつかないが、何にしてもネオンの無遠慮な明かりは煌々と周囲の荒野を照らしている。何となくこのネオンの装飾に見覚えを感じた俺は、レース開始時に見かけたクラフトに『明らかにレースとは関係ない装飾だ』とか思ったことを記憶の端からたぐり寄せた。

 しかもどうやらここのチームもウチと同じく他に護衛とかそういうのがなく、このキャバクラ店舗風の一隻だけらしい。あの開始時点で遠目にも異様な参加者だったってのは間違いなくそうだが、よもやこんな早い段階からこいつらに関わることになろうとは。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ