07:3 - 子供じみた喧嘩にて
「お前ら、このカタギ押さえろ」
両脇のチンピラ二名は立ち上がるとまっすぐ俺に殴りかかってくる。たかが一介のチンピラたちの間にも立場の上下があるらしいのが見ていてメンド臭そうだと他人事のように、というかまさに他人事で思った。よくある手下にボコらせてリーダー格が最後にシメるパターンか? それにしてもチンピラだけあって手並みがプロっぽくないというか、それこそ不良に毛が生えたみたいというか。
そんなことを考えながら俺は先陣を切った片方のチンピラの右手首を左手で掴み、余った自分の右手でそいつのアゴに掌底を叩き込む。手首から引っ張られる力とは逆方向の力でアゴを打たれたチンピラの首は俺の右手に押しのけられる形でグルリとあらぬ方向を向いた。予想外だったらしい一撃にチンピラは半歩後ずさり、そして俺は体の動くまま、左足で踏み込んで相手の懐に飛び込む。最後に残った右足で相手の左足を引っ掛けて体勢を崩して押し倒した。なんだ、“久々”でも割と動けるじゃねーか。
二人目は危なっかしく後ろに飛び退いて倒れ込んだ俺たちを避けると、ちょうど上からのしかかる形になった俺のアゴめがけて左足を蹴り上げる。俺は焦らずに、一人目のアゴに添えていた右手をそのまま喉まで滑らせつつ、さっき踏み込んだ左足の力で今度は俺自身が後ろに倒れ込むことで、
「ごはっ⁉︎」
二人目の左足は引っ張られて持ち上がった一人目の後頭部に勢いよくクリーンヒットした。哀れ一人目、今のはなかなかに痛い。
「おいイガラシ‼︎ 何やってんだ⁉︎」
「すっ、すんません!」
後ろのリーダー格にイガラシと呼ばれた二人目のチンピラは慌てて足を引っ込めると、今度は完全に伸びている一人目を巻き込まないようにしながらも猛然と俺に殴りかかる。……やっぱ動きが素人丸出しだ。
俺はそんなことを考えつつ一人目の首から放した右手の手首を掴むと、向かってくるイガラシの鼻先に右肘をグイッと突き出した。肘鉄は突き出したそのままの勢いでヤツの鼻っ面に突き刺さる。今度はこっちがクリーンヒット、イガラシはぼたぼたと鼻血を噴き出して一瞬その場で立ち止まった。で、そんな隙を見逃されるはずもなく、イガラシの胸に俺の右足がめりこんで後ろに吹っ飛ばされ、そして後頭部を地面に叩きつけられて気絶する。
「うわ、痛そ」
静観を決め込んでいたケンゴがニヤニヤしながら他人事のように……というか完全に他人事で呟いた。
「ンだよ、お前割と動けんじゃねーか。フチザキの死体動かせねェっつーから体力モヤシなんかと思ったわ」
「だからアレはそもそも人間二人で運ぶのには重過ぎるっつったろ。そんだけだよ。あと今のは……まぁ、ただの護身術みたいなもんだ。特に後半の肘のヤツとかな」
懐かしい感覚に俺は何度目かのため息。一方ケンゴはかまわず言葉を続ける。
「ま、取り敢えずこういうこった。今みたいな状況で仲間割れしてしてもお互い疲れるだけだろ? どう駄々こねても変わんねェ。それともヤソジマ、お前が直接出張ってコイツにヤキ入れるか? どっちが負けても五人中三人も動かなくなるけどな。コイツが気に入らねェのは俺もだけど、今は置いといて協力しようぜ」
「んだよ……チョーシこきやがって」
ヤソジマと呼ばれたリーダー格は見るからに渋々といった様子で承諾した。
リーダーが応じた以上、目の前で伸びている手下の二人も従わざるを得ないだろう。寝ている間に取り決められた口約束に素直に納得してくれれば、の話だが。それこそフチザキみたいに暴れられては困る。
「そこの二人とも伸びちまってるし、とにかく助けが来んの待とうや。ふぁああ」
苦々しい顔のヤソジマに対し、ケンゴは欠伸をしつつ呑気に続けた。
「しっかし、なんで今の今まで誰も助けに来てねェんかね」
「まー地面に穴あいたと思ったらそこから先に深さ何十メートルの地下空間が出てきたワケだしな……。そこに落ちた人間がフツー無事なワケねーし、危険だわ得体が知れんわ救助に必要な装備も足んねーわで近寄ろうって気にもならんとかだろ? 実際は何でか全員無事だけどよ」
考えようによってはそうなったからこそ面倒なことになっているワケだが、と独りごちそうになるのを堪えつつ俺も負けじと欠伸を噛み殺す。伝染したらしい。
「ヘッ、じゃー今ごろ地上じゃ俺らの葬式でもやってんのかね?」
「…………」
なおチンピラ・ヤソジマは口を挟むでもなく黙ったままだ。俺も構わず会話を続ける。
「んなもん俺にわかるワケあるか。でもま、やっててもおかしくねーな……イヴのおっさんとか、その辺けっこう冷淡というか……うん」
「……イヴ、って女の名前じゃねェのか? でも“おっさん”って一緒にいたあの兎人種のデカいオッサンのことだよな?」
「おっさんが最初に言ってたろ、フランス語じゃイヴって男の名前らしくて……ってそうか、お前俺らの自己紹介のときにいなかったのか」
続けようとさえ思えば案外会話は続くもので、やたら音が反響する谷底だか洞穴だかよく分からない空間に二人の声だけが響いた。
「…………」
相変わらず薄暗い中で、だんまりを続けるヤソジマは石像か何かみたいに見える。
「そーだよ、会話に出てきたお前のあだ名とラッシュちゃんくらいしか名前わかんねェぞ」
「いや、ラッシュってのもあだ名だからな? 本名はレイチェルだ、レイチェル・ナッシュ。俺は……つってもなぁ、いま自己紹介してもそこの2人が目ぇ覚ましたら二度手間になるし、俺のはやっぱもうちょい待っててくれ」
「たかが自己紹介だぞ、ンな面倒がるなよ」
「……お前らさぁ」
と、ずっとダンマリだったヤソジマがいい加減我慢の限界みたいな声をあげる。
「あ? どうしたヤソジマ」
「どうしたもこうしたもあるか‼︎ お前ら緊張感とかねェのかよ⁉︎ そこのオッサンももう敬語喋ってねェし!」
どうも、『この状況への焦り』と『全く焦ろうとしない俺らの世間話』の見事なまでの噛み合わなさにとうとう爆発してしまったらしかった。




