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07:1 - 落下地点の暗がりにて

 俺が目を覚ますと、薄っすら青い光が差し込む岩の上だった。



 夕方だろうか。見回すと地面は嫌ってほど見た赤褐色の砂地、見上げると両脇から数十メートル上までそびえている岩の双璧、そしてそのすぐ向こうには現在の光源になっている小さな穴。どうも地下渓谷か何かの底らしい。

 ってことは、頭上のあの小さな穴こそが地上に空けられた狙撃の痕だろうか。要するにあそこから俺はかなりの高さを落ちたことになる。


 “火星に渓谷があるなんて聞いたことはない”と前にも言ったが、それはこの地形が出来る要因に“川”が必要だからだ。つまり川どころか水すらないエリア・ニュクスにこんな地形があること自体おかしいワケだが……まぁ、どう理屈をこねようと目の前にあるんだから仕方ない。どうせ地質学者の理論が勘違いとかそんなんだろ。

 穴の真下から崖が続いているとこから見るに、たぶん俺は目の前の断崖に引っかかるか何かして、そこから意識がないまま斜面を滑り降りることで生き延びたんだろう。たぶん。



「お、アンタ起きてたか。……えーと……アキ、何だっけ」


 聞いたことのある背後から声がかかる。


「あー、ケンゴ……つったか? お前生きてた、つーか巻き込まれてたのか」


「へっ、どっちも名前うろ覚えかよ。他にも三人巻き込まれてる。全員そこら見に行ってっけどな。起きたのはアンタが最後だ。あとアニキ……イスルギのアニキは重傷で運ばれてたおかげで巻き込まれてねェハズだ」


 ……さっきそれなりに活躍してたケンゴだ。ケンゴ(コイツ)にしろのイスルギ(アイツ)にしろ安否なんて俺からすりゃどうでもいいが、こいつにとっては直属の上司だし心配してたんだろう。別に聞いてもいないのにアイツの(恐らくの)無事を伝えられる。



「おい待て、この暗い中でそいつらに探索行かせたのか?」


「懐中電灯、はさすがに無ェけどペンライトは持ってたからな。何もないよりはマシだろ」


「そうじゃねーよ、そいつらだけで行かせた……つーかお前もウロついてたのか」


「あいつら自身が行くっつったんだよ、別に止めるこたねェだろ」


「おいおい……」



 俺は思わずため息をつきながら額に手を当てる。この状況で、しかも手元の明かりがペンライト程度しかないのに、真っ暗闇の未知の谷底(というかほぼ洞窟)を無闇に歩き回るとは!

 予想以上に素人丸出しだ、向こう見ずにも程がある。取り敢えず今は全員が無事に戻るのを祈るしかない。


 とにかく気を取り直して。コイツらが生きてる、となるとやはりラッシュとか他の知り合いだとかも気になるが……。



「あぁ、ラッシュちゃん? は巻き込まれてねェ、少なくともあのとき落ちたメンツの中にはいねェな。脚力自慢の鶏人種(チキン)だし、脚で逃げ切ったんだろ」


 さすがに察したらしいケンゴがすかさず付け加えた。というかお前もラッシュのこと“ちゃん呼び”するのな……。



「フチザキ……の死体は多分落ちてきてるよな? 見当たんねーけど」


 とはいえ事情が事情である。小さい疑問は無視して、俺は矢継ぎ早に質問を重ねた。地面に空いた穴の中心いた……というより、アイツを中心にして地面に穴が空けられたんだから、ここにアイツの死体が見当たらないのはおかしい。

 と、ここでふと思い当たった。妙だ、自分でも意外なほどに今の頭の中は冷静過ぎる。正直かなりいい加減な生き方をしてきたものの、こういうときには割と頭が働くものらしい。有難いのか腹立たしいのか判定は微妙だが。


「ロクだったら……あ、“死体”のことな? 下見てみろ、死体(ロク)だったらお前が寝てる岩の根元に転がしてる。オジ……いや、フチザキの死体(ロク)義体化(サイバネ)積んでるからかクソ重くてよ、お前に運ぶの手伝って貰おうってな。なんせ最後に起きたんだ、この状況でイヤとは言わせねェぞ」


「あ? メンドくせーな」



 不平を漏らしつつ布団がわりの岩を見下ろすと、なるほど岩陰に変わり果てたフチザキの亡骸が追いやられている。ベージュのスーツの胸の中心あたりに砲弾が貫通した大穴が一つ。血も抜け切ったのか、傷から弾け飛んだ血が派手な赤い痕になっている以外に血痕の類はみえない。どう考えても即死一直線だ。



「……あと、タチバナってやつ。アイツはどうした?」


「タチバナのほうのオジキはいねェ、クソッ」


 ケンゴは歯痒そうに悪態をつく。対する俺は、言っちゃなんだが特に感慨はない。


「オジ……? まぁいいや、俺らにとっちゃ幸運だろ」


「幸運だァあ? てめェ状況わかってんのか‼︎ あぁ⁉︎」


「お前とタチバナがいま揃ったら絶対揉める、ってのはわかる」


 イスルギの安否に興味はないものの、“タチバナがアイツの近くにいる”というのが相当マズい事態なのは言われるまでもない。

 あんなに揉めていた二人だ、最悪刺しちがえを覚悟してでもタチバナは現状動けないイスルギを殺そうとしかねないし、仮にそうなればアイツに保障されていただけに過ぎないアリアドネ号クルー(オレら)の安全は露と消えるだろう。だからってこんな瀬戸際で仲間割れを起こされる方がもっとマズい……主に俺の身の安全が、という意味で。



「……ケッ、まぁ今は確かにそれどころじゃねェけどよ……」


「他に巻き込まれてる奴ら、怪我人いるか?」


「地上からどういう落ち方したのか知んねェけど打ち身以上の怪我人はナシだ。キューシにイッショー? ってヤツ。あと当たり前だが、俺以外にお前と面識ある奴ぁいねェ」



 チャラついてそうな見た目に反して、ケンゴはテキパキと状況を説明していく。まぁ、直接の上司がアイツってことは普段からある程度は躾けられてるってことだろうか。


「そういや、やっぱ俺らアリアドネ号の人間って他の組員から煙たがられてんのか?」


「そりゃ俺らからすりゃ相当なヤクネタ、わかりやすく言やぁハイパー疫病神ってとこだからよ、どうやっても目の敵だろ……。まぁでも安心しろ、さすがに自力で何とかできるとかは思ってねェ。今はアドバイザーってやつが必要だからな、俺らだって“時と場合”くらい弁えてる」



 ……こんな内容の話の時点で本当に弁えてるかは怪しい。やっぱ今まで軽率に行動しすぎたかもしれない、と自分を(かえり)みて初めて思った。人生の指針が刹那的になってからだいぶ経って、その結果……つーか総決算の全てがこのレースにのしかかって来ているような気がする。今さらどうしようもないが。


 と、ここまで話したケンゴはさっきと打って変わっておずおずと切り出す。



「あー……悪り、そんでお前の名前って何だっけ。“アキ”までは出てんだけど」


「……どうせ五人揃ったらまた自己紹介すっから待っとけ」


 思わず脱力しつつ俺はそう返した。

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