06:4 - 最後の一押しにて
「なぁ、アンタ……カジロだっけ? 俺らがコイツ撃っても1発も当たんなかったよな? 何で最後にアンタが号令かけた時だけ普通に当たったんだよ?」
「……み、“みんなで一斉に撃つ”ってのが効いたんだと思う」
不意に高い声が割り込んでくる。どうにか復調したらしいラッシュだ。あれだけパニックを起こしてたんだから休んでてもいいのに、彼女は震える声を吹き払うように力強く息を吐くと、意を決したみたいに説明を続けた。
虐殺の張本人が虫の息になっていることで勇気が湧いたか、あるいは自分の考えを一から十まで説明したがるコイツの癖みたいなヤツにすがった結果なのか……真相はどうアレ、正直このあたりのことは上手く喋れる自信が全くないので助け舟は有難い。というか、割り込んできたタイミング的に『解説できるほど頭で理解していない』のはバレていると見て間違いない。
「まず……前提なんだけど、重力ってメチャクチャ弱い力ってのは知ってる? そもそもここでいう重力って何なのかって話なんだけど、大まかにいうと惑星とかクラフトの床が物をくっつける力のこと。ほら、地球では常に重力が働いてるから全ての物は地面に吸い寄せられる。この力の大きさことを私たちは“重さ”って言ってるの。でも、ちっちゃい磁石一個あれば鉄の釘一本くらいくっつけて地面から浮かせられるよね? 逆に重力のほうは鉄釘を地球丸々一つ分の力で引っ張ってて、それでも数十グラム分の重さしか生み出せないのに。そんなもんなんだよ重力って。……ここまでいい?」
「……あー……多分。重力は弱い、と」
「そうそう。空に向かって銃を撃てば、当然弾は空に向かって出るよね? 火薬の爆発力が重力より遥かに強いから。長かったけど、ここまでが前提部分。つまり、フチザキがやってたみたいに重力だけで弾を防ぐのなんか、相当の力を使わないとあんなことできない。ましてあの状況じゃ、全方向にトンデモない出力の『重力の壁』を張る必要があった。それこそ、あの重機を動かす規模以上のエネルギーが要るハズなんだよね。で、ここからはアタシの仮説なんだけど。あの車を動かした時みたいにデカい重力の集中点を一つ作れば済む話だったのにしなかったっていうのは、単純に他に力を使う余裕がなかったんじゃないかな。重力の使い道を“必要最低限にしないと”弾を防げなかったから、って考えたら一応は話のスジが通る。……まぁ、それでも全弾防げなかったって考えると仮説の域を出ないけどね。実は単純に息切れしたってだけなのかも」
どうみても釈然としていない(というか理解しようとしていない)タチバナを無視して、ラッシュは書類か何かを丸暗記でもしているのかのように淀みなく、自らの頭にある“仮説”を解説していく。
考えてみると、クラフトの整備士といえば航空力学なんかはもちろん、天文学に物理学といった分野にも精通していなければならない言わずと知れたエンジニア達の最高位……平たくいえばエリート中のエリートに位置する存在なワケで、(これまで全く意識していなかったとはいえ)コイツの優秀さは肩書きからして折り紙付きだったと今更ながらに気がついた。我ながら理解が遅いとは思う。
「いい、加減…………とっ、とと……終わら……せ、て……くれ、や…………。オッサン…………もう、疲れ……ちまっ……た…………」
先ほどよりも明らかに激しくなった息遣いで肩を上下させながら、フチザキは自嘲気味に呟いた。対するタチバナも聞きたいことは粗方尋ね終わったのだろう、そろそろ締めと言わんばかりに握りしめた拳銃の照準をフチザキの頭頂に合わせる。
「じゃ、お望みどおりに」
タチバナが突きつけた得物のトリガーにかかる指先に力を込めた、ところで。
唐突な轟音が響いて、フチザキの“背中”に風穴が空いた。
俺やタチバナが反射的に目線を上げると、十数メートル上に先ほど空高くへと逃げ出したハズの始末屋女のクラフトが中空から現れるのが見える。どうも、“大気圏外に逃げられなかったから戻ってきた”というわけではなさそうだ。クラフトから伸びる薄い蒸気を立ち上らせた機銃の砲身はフチザキの死体へと向けられている。先ほどのデモンストレーションではなく、今度こそ始末屋がクライアント殺しの実行犯で間違いなさそうだ。
どんな心境の変化があったかは定かじゃないが……クソッ、こいつ今さら何のつもりで戻って来やがった? 俺はボソリと悪態をつ——こうとしたところで思い直した。
……いや落ち着け、考えろ。
こんな状況じゃ気づかなくて当然、さっきまで生きるか死ぬかの瀬戸際だったんだから。
むしろこんな場所まで来てヤクザの抗争まがいの仲間割れに巻き込まれてる方が論外だっての。
そんな風に、俺は“仕方ない”という言葉で混乱している思考回路を無理やり丸め込むと、このイレギュラーな状況を打破すべく状況の分析を開始する。なるべく冷静に、慌てるのは自殺行為——
ピシッ
足元から何か堅くて巨大なものに亀裂が入った音がする……冷静になるどころじゃなさそうだ。
死体を貫通した砲弾が地面に突き刺さった衝撃で、赤褐色の砂粒は派手に舞い上がり、そして張られた蜘蛛の巣のような亀裂が地に走ったのが見えた。積み上げたドミノが崩れるように、足元の荒野を形作るピースが雪崩打って下へと吸い込まれてゆく。
俺は(“土壇場になると全てがスローに見える”って本当だったのか)なんて他人事のように内心で考えながら、真っ逆さまに地下空間へと落ちた。




