06:2 - 垣間見た“隙”にて
すると不意に耳鳴りが止むみたいに、重力のうねりは衝撃波と共に霧散した。軛から解き放たれた削岩車が後方へ急発進しかけたところでラッシュがすかさずブレーキペダルを押し込んで車体は急停止する。
車には詳しくないからよく分からないが、こうも急発進だの急停止だのスリップだのを繰り返しては絶対にエンジンに良くないということだけは何となく分かる。ただ今の動きで車体が動いたことで、イスルギの“残りの部分”がタイヤから1メートル程度離れた。
イスルギは右手で解いた赤いネクタイを止血帯に、口と右手を駆使して左腕を縛りつけている。慌てて駆け寄ってきた部下の一人が、イスルギを3メートルほど運んだ所で体を寝かせてアイツの左腕を上げさせると、その二の腕を摘みつつ布で患部を圧迫しだした。どうやらイスルギが言っていた“クラフト各機お付きのヤブ”というのの1人らしい。なんだ、ヤブばっかとか言ってた割りに、少なくとも止血法はちゃんとしている。
片や触られてるイスルギ自身はというと、ネクタイで縛れば十分だと連呼していた。昨日の俺と同じく脳内麻薬だろう。
「あークソッ、マジかよ……」
フチザキが頭を重そうに手で支えながらボソッと呟く。“苦虫を噛み潰したような”という顔をここまで体現した顔というのはあまり見る機会がない。アゴのシワの寄り方とか、本当に苦い何かをしがんでるみたいだ。一方の俺はまだコイツの隙を見出せずにいた。流石ヤクザの幹部、下手に尻尾を見せることはないらしい。こういう手合いは、余程慌てない限りボロを見せないと相場は決まっている。
……イヤ、何かを見落としている気がする。もっとこう、根本的な何か……。
「お前ら‼︎‼︎‼︎ いま動けるヤツ全員フチザキを銃で狙え! まだ撃つなよ‼︎」
分からないまま、俺はとりあえず削岩車操縦席のマイクに叫んだ。堅気? だかの指示に従うヤクザがどれだけいるかは分からないが、かといって時間稼ぎのハッタリにはこれ以外に手段がない。銃弾が効かないのは分かってる、だが少なくともヤクザたちに今以上取り入るつもりも無い。今さら取り入ろうとどう振る舞おうと、この先は“勝って生き残る”か“負けて死ぬ”かの二者択一でしかないからだ。
こっちが敵対した手前、どう足掻こうと報復で殺される。最低限でもアリアドネ号クルーに安全やら意志を優先すると、どんな形でだって譲歩するワケにはいかない。
なら次にする行動は明白、俺は『お前に従う気はない』という意思をアイツに突きつける必要がある。
幸い、意外に多くのヤクザが指示通り動いてくれた。多分ヤクザたちの大半は混乱していて、今や誰からの指示なのかもよく分かってないんだろう。未だ空中のフチザキは数十の銃口に囲まれている。これ見よがしに浮いていてくれていて助かった、これなら誤射の心配はない。
とはいえ先ほどのように、アイツがまだ周りに漂わせている石ころをまた投げて『重力の集中点』を作り出せば、俺たちにはもうどうにもできない。先ほどの破壊はイスルギの重傷とフチザキの油断という二つが合わさってやっとなせた快挙だ。次なんて多分ない。
と、ここで一つ疑問にブチ当たった。
何でわざわざ石ころを拾って『重力の集中点』を作る必要がある? そもそも重力操れるんなら、もっと手っ取り早く俺らを皆殺しにする方法なんていくらでもあるんじゃないのか? ……この力には、何か制限があるのか?
ここまで思案を巡らせかけたところでフチザキは声を張り上げた。
『今さら俺を撃とうとしたところで、俺が弾一発寄せつけなかったのお前ら散々見ただろ、束ンなったお前らより何百倍も重いそこのガラクタだって動かした‼︎ たかが数十人集まったところで、銃程度でどうにも出来——
「は、そっちこそハッタリだ」
俺はなるべく短く、そしてハッキリと言う。フチザキの額から汗が落ちるのが見えた。
「本当に何でも無いんなら、問答無用でさっきみたいな『重力の集中点』作れば良いだろ? こんな膠着状態、お前にとっちゃデメリットしかない。……でも出来ねェよなぁ。今この状況で何一つして来ねーのが、これ以上お前が弾を防げないってことの証拠だ。下手に動いたらそれこそ一瞬で蜂の巣になる。違うか?」
ここまで言ってのけて、やっとヤクザたちの顔つきから不安の色が薄まったように見えた。まだ混乱してはいるようだったが、とにかく“どうやら自分たちが有利らしい”と思ってもらえれば御の字だ。モチベーションは命に関わる。
「お前ら‼︎‼︎‼︎ ……全員、一斉に撃て! 三、二、一‼︎」
俺は叫ぶ。先ほどと同じく、なるべく短く、簡潔に。ついでに“一”の後のタイミングでパン、と手を叩くというおまけも付けてみた。こうすれば合わせやすいと思ってのことだ。
混乱しつつも、ヤクザたちは従ってくれた。




