06:1 - 覚悟が向かう先にて
ダウンフォース(down force)
:車体を地面に押し付ける力のこと。気流を操作することでこれを発生させ、車両が浮き上がらないようにする。主に車体にそう気流の速度差などからくる空気の圧力を利用している。コーナーでの速さを生み出す決定的な要素。
しかし果たして、削岩車がこれ以上前進することはなかった。むしろ、削岩車は石ころを中心に吸い寄せられ続ける大量の土砂とともに後退を開始している。空転するタイヤと大地の摩擦でゴムが焼けるイヤな匂いが辺りを包んだ。
あまりに巨大な重力がついに車体全体の重量までも引き寄せるようになって、車体の中程に重力の集中点が移ったものらしい。つまり大きさがサッカーボール並なんてのは通過点に過ぎない、既に塊のサイズはイスルギの腕が中に取り込まれるほどに巨大化し、地形を変容させるほどにその力が未だ加速度的に増しているのは火を見るより明らかだった。
俺はアクセルペダルを押さえつけつつ、再びドアの窓枠から半身を乗り出してフチザキを探す。アイツは手遊びを止めて、ソファにどっかりと腰掛けたような体勢を空中で取りながらこちらを眺めていた。もちろん相変わらずニヤついた顔で、たまに自分目掛けて飛んでくる銃弾を“墜落”させながら。
『おいおい、えーと……白髪頭のアンタが協力者だったよな? 呑気に俺なんか探してて大丈夫かよ? あのままだとイスルギ死んじまうぞ?』
突如通信機のスピーカーからの音声がフチザキの声に割り込まれる。もはや割り込みの方法も分からない無線越しでもフチザキは俺に対しても挑発的に姿勢を崩さない。つまり、今がそれだけアイツにとっては有利な状況ということだ。
「……さぁ? 俺は“アクセルをふかせ”って言われて従っただけで、アイツの策がどんなかも知らん。どうなろうと知ったこっちゃねーよ」
対する俺はというと、若干の焦りを押し隠して軽口っぽく返す。単に内心ビビってるのを気づかれたくないとかじゃない。俺はそうやって応じながらコイツが何か隙を見せる瞬間を今か今かと伺っていた。
こいつに始まった話じゃない、肉食獣が一番隙を見せるのはいつだって決まってる。獲物に喰らいつく瞬間だ。さぁ、見逃すな。考えろ。アイツにとっての“隙”って何だ?
「協力者っつーからチッとくらいは情あるかと思ったんだが……なんだ、もっと仲良しこよしってワケでもねーのか。せめて悲劇でも煽ってやろーとしたのにコレかよ、くぅだらね……」
フチザキが投げやりに言い放つ。何やら一方的に“玩具として落第点”という評価が下されたらしい。この一々カンに障る感じもワザとなんだろうか?
左を向くと、イスルギは巨大化を続ける砂の塊に左手を当てがい、もう一方の手でそれを覆っていた。そうか、“重力の集中点”というだけであの砂の塊自体は大した重さじゃないはずだ。
イヤしかしそれでも、この体勢ではまるで……。
「オイ操縦席! アクセル緩めんじゃねぇぞ‼︎」
「イスルギ⁉︎ 無茶しすぎだ‼︎ そのやり方だと——
「お前こそ死にてェのか⁉︎ これ以外の方法あんなら言ってみろやボケェ‼︎‼︎」
イスルギはそう吠えると、煙を撒き散らしながら回転を続ける前輪に向かって猛然と砂の塊を押し込んだ。数十トンを超える車体は重力の急激な移動に対応しきれず、イスルギと塊は前輪にすぐに追いつき、押し当てられた。塊にまとわりつく砂はみるみるうちに削られていく。
しかしその車体を動かせるだけの重力に引き摺られるように車体が後ろにズレる。そしてその分、イスルギは前に向かって突き進み続ける。
「オイ、代案なら考えるからそれは止めろ! ロクな医者いねぇんじゃねーのか⁉︎」
俺が咄嗟に呼び止めても、イスルギは止まらない。
「アキ? イスルギさんそんなヤバいことしてんの⁉︎」
運転席のラッシュが異変を察知しても、イスルギは止まらない。
「……おい、冗談だろ」
想定外の展開にフチザキが呆気に取られても、イスルギは止まらない。
回転するタイヤが砂の塊を巻き込んでいく。急速に削られた塊が割れて、一瞬核になっている石ころが放つ青い燐光が顔を覗かせた。アウトローとして生き抜いてきた鋭い眼光がこれを見逃さずハズもなく、塊に当てがっていた左手でそれを引っ掴む。石はもちろん未だ割れてはいない、いないが……今の状況でこの石を割る方法といえば一つしかない。
イスルギはためらいもせずに、勢いに任せて石が跳ね飛んでいかないように握りしめた拳ごと、回転し続ける巨大な車輪のただ中へ左腕を突っ込んだ。
「っぐッぁアアあっ…………‼︎」
イスルギが苦悶の表情を浮かべるのが窓からでもよく見えた。タイヤからは、左手の骨を砕く生々しい音がほんの数メートル程の距離を挟んでよく聞こえる。
高速で空転を続ける左前輪へ、イスルギは左手に核の石ころを握ったまま無理やり突っ込んだのだ。左手がどうなったかは車体の陰に隠れて見えない。しかし、左肘まで腕まくりされたシャツの袖口は血塗れで、おまけに飛び散る血の量から見ても左手は今や存在していないってことは疑いようもなかった。




