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05:5 - 砂上の異常気象にて

 空中でフチザキは口元だけニヤニヤしながらこちらをニラみつけていた。


 そりゃ、アイテリウム製反重力機関のクラフトが飛び交う世の中では大したことないように聞こえるかも知れないが、かといって人間が何の道具も無しに飛べるようには当然ならない。ましてアリアドネ号・ヤクザたちの黒塗りクラフトですら五〇メートルずつは離れていて、吊り上げる物なんてあるハズがないこの火星の荒野でなら尚更だ。



「おい、イスルギ! あのフチザキとかいうオッサン、一体何隠してる?」


「俺にも何がなんだかだ! けどマジでアニキ……いやフチザキが今のを撃ったのか? どうやって……」


「……どうやってもクソもねェ、間違いなく……」



 さっきと全く同じ音と共に、また大きな衝撃が操縦席を襲う。ヤツは地面から吸い寄せるようにして拾った石ころを、空中でピッチャーよろしく振りかぶって投げた。間違いない、撃ってたのは弾ではなく石ころだ。着弾したのはフロントガラスの右上で、威力は若干弱わめたらしく、窓のヒビは前のより小さい。問題はそれでも視覚で捉えられないほど球速が速いせいで強靭なハズの防弾ガラスがもう()ちそうにないことと、走行中のこの車の窓に二度も投石を命中させる異常なまでの命中精度だ。あと気がかりといえば、それだけの命中精度があってラッシュの視界を遮る位置には絶対に着弾しないというということだろうか。『足掻けるだけ足掻いてみろ』ってことか? 絶対性格悪いわアイツ。



 ここで若干語勢を荒げながらラッシュが吠えた。明らかにイラついてる。


「アイツどうする⁉︎ このまま突っ込む⁉︎」


 そりゃ、自分が手塩にかけた作品にさんざん石を投げられたら怒りもするだろう。俺は何かを作ることとは無縁だがそれはわかる。わかりはするが……。


「やめろ、フチザキ(アイツ)の周りにいる生き残り連中まで巻き込んじまう‼︎ まずは残りのあの一機をどうにかすることのが先だろ、一旦落ち着け!」


 そう叫んで俺はラッシュを慌てて宥める。宥めるというよりは殆ど命令だが、どの道この状況なら従わざるを得まい。よっぽど悔しいのか、ラッシュは奥歯を食いしばって「くぃぃぃ!」と鳴き声じみた声を出すとハンドルを左へ切った。……よく堪えてくれた。俺は彼女の決断に心の中で拍手を送っておく。飽くまで心の中で、だが。流石に今コレを行動に移してどうなるか検証する度胸はない。



 フチザキは次弾を投げてこないままだ。というより、何のためにあんな嫌がらせをしてきたのかが分からないが……どの道、これで終わるとは思えない。


 と。


 削岩車にゆっくりと、しかし体感できるほど着実にブレーキがかかった。いやブレーキじゃない、足の下のタイヤが空回りしだしたのが振動で伝わってくる。重さの感覚としては坂の傾斜が急にキツくなったような感触に近いが、実態がたぶんもっと異質な何かだってのは理解できた。

 アクセル・ブレーキの担当は背後の二人だが、その両方が明らかに動揺している時点で原因とは言えない……まぁ、しらばっくれんのも無理があるわな。どっからどう見ても原因は十中八九フチザキだ。

 ヤツの“嫌がらせ”が“攻撃”に変わった瞬間だった。



「オイ、何だコレ! アクセル押してんのにスピード出ねェ……‼︎」


「なもん知るか‼︎ あのオッサンに聞いてくれ!」



 イスルギが吠え、俺は吐き捨てる。一方のフチザキは宙に浮いたまま我関(われかん)せずって態度だ。ヤツは如何にもニヤけるのを我慢できないという風情を漂わせつつ、自分ごと宙に浮かべている石ころを手で弄んでいた。そうやって振る舞うことが俺たちの神経をどれだけ逆撫でするかも分かってるんだろう。

 落ち着け、ここでキレてトチ狂ったらアイツの思う壺だ。


 そんなことはよそに、削岩車の速度は時と反比例するように遅くなっていく。タイヤの凹凸が地面を掴んでは虚しく上滑りして砂埃を巻き上げ、車内では俺の白髪やらラッシュの羽やら雑多な物が無重力空間に放り込まれたように無軌道に飛び交っていた。そして、それらは示し合わせたように一斉に一方向へと向かい始める。



「っねえ、“見えない何か”で後ろに体引っ張られてない⁉︎」


 ラッシュの切羽詰まった声を聞いてハッとした。そうだ、物理法則としてまずおかしい。普通こんな急ブレーキを食らえば、慣性の法則で体は前に飛び出す。そうなれば、勢いに負けた肉体は高強度フロントガラスに激突して、今頃三人とも見るも無残な肉塊と化していただろう。

 ところが現実はどうだ、体はマッシュポテトになるよりも先にシートベルトに優しく抱き留められるに留まっている。それこそ、前へと押し出す力そのものが“消え去った”かのような。そしてこの体を後ろへと引っ張る妙な力、さっき異質と言ったが全く身に覚えがないワケではなかった。もっと正確に言うならこんなところで、しかも“この向き”で体に掛かることはまず無い力。常に晒されて生きてきた、地球でもお馴染みの……。



「……おいイスルギ、フチザキがさっき投げてきた石ころって今どこにある?」


「はぁ⁉︎ んなモン、どっか下に落ち……原因それか⁉︎」


 イスルギもピンときたようだった。あれこそがフチザキが操っている力の正体なんじゃないか?



 何故かいま後ろから働いているこの力が先ほど前に飛び出す力を相殺してくれたと考えれば、この身に起きている奇妙な現象とも辻褄が合う。そして、この異常な力の発生点というのが。



「何の目的もなしにあんな石ころ投げるワケねェ、多分あれから重力みたいな力が発生してる! アレをどうにかできれば何とか——


「重力だぁ⁉︎ とにかく、あの石を砕けりゃコレ何とか出来るのか?」


「多分なんとかできる! アイツが二つ投げてきた石のうち、最初のはガラスの強度に負けて石が割れてた! 二回も投げてきたのは、単純に“石を割らずに投げられるまで”続けたってだけなんじゃ——


 イスルギはそこまで聞くが早いか、左のドアを開け放って外へ飛び出した。

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