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30:1 - 二頭の獣の眼前にて

サイド・バイ・サイド(side by side)

:二台の車両が横に並び、前に出ようと競り合っている状態のこと。

 スラリと革製の鞘から抜かれたフローラの左右二本のハンティングナイフは鋭かった。おそらく両方とも同じナイフ、刃渡りだけで二〇センチに届きそうだ。どちらも峰のほうには専門用語でセレーションと呼ばれるノコギリみたいにギザついた凹凸が輝き、その分厚い刀身が鈍色にびいろの威容を誇っている。いかにも軍用というのが伝わってくるイカつさだ。あんなビキニにしか見えないような薄着で使う得物エモノとしては不釣り合いに見えた。


野郎ヤローもいるのが気に食わないけど、まぁ今は仕方ないわよね。とっととやっちゃいましょ?」


 いつもの格好でそう言ったフローラに対して、さっきショーンとか呼ばれてたガスマスクの火炎放射器男は厚着だ。ありゃ防火服か? ガスマスクで覆った顔に、さらに顔どころか頭部全体を覆うプリンみたいな形のヘルメット。そして体は太っているのか装備を着込んでるってだけなのか、とにかく小太りに見える胴を不燃性と思しき生地でピッチリ覆っている。おまけに、肩紐から下げられたあの火炎放射器もかなりゴツい。付属してるタンクのデカさなら相当量の“中味”をバラ撒けるだろう。


「じゃ、俺はあそこの純人ネイキッドの女もらいますね。脂肪がよく燃えそうだ」


 マリアの方を指差しながらガスマスク男は楽しげに、そしてハッキリそんなことを口にした。もはや自分達が殺す(ありつく)獲物としてしか見ていないらしい。対するフローラは不満げな声を上げる。


「アンタは野郎のほう選びなさいよ⁉︎ あの子はダメ、肉付きが良さそうだから狙ってんのに!」


「ああいう女は体脂肪も多いでしょ? “捌い”たらナイフとかはちゃめちゃに切れ味落ちるんじゃないですか?」


「ハァ……まぁいいわ、やっぱり山分けは後にしましょ? 急ぐモンでもないし、どうせバラすんですもの、ねぇ⁉︎」


 そう言い合いしている途中、フローラの目の色がガラッと変わったのが分かった。しかしその攻撃は予備動作を極力排した鋭敏な動作で、殺気を認識しても体が反応するのには限界があった。手首のスナップを効かせ、振り上げられることもなく投げつけられた左右のナイフは真っ直ぐに宙を駆ける。

 ——狙いの先は俺の頭と喉、その精度は二つともかなり正確であるところに寒気が走った。が、震え上がるにはまだ早い。




「っぶねーなクソ‼︎」


 悪態をつきながら、俺は懐から抜いた実弾のほうのハンドガンの銃身で一息に両方のナイフを叩き落とした。こっちの銃は銃身が金属のカタマリだからこそこういう芸当ができる。精密機械であるレーザーガンのほうではこんなこと出来るワケない。

 ともあれ、相手は自分の得物ナイフをわざわざ投げ捨てたワケだ。つまり他の武器があるにしろ何にしろこのままなハズがない……と。


 不意に、投げつけられたナイフが()()()方向へと吹っ飛んだ。


 黒い直線に引っ張られて、ナイフが素早くフローラのもとへと戻って行く。仕掛けは簡単、その手首の腕輪から伸びるワイヤーで二本のナイフと両手が繋がれてたってだけだ。しかもただのワイヤーではなく、ナノマシンか何かで伸縮自在らしい。いつの間にそんなモノ繋いでいたのかはわからないが、上に羽織っているジャケットの袖に上手く隠してたんだろう。もはや歯噛みも出来ない。

 猛スピードで手元に戻っていくナイフ二本をフローラは見もせず音も立てずに左右それぞれの手で受け止め、それからこちらに向けて口を開いた。いかにもゲームを楽しんでいるみたいな、まさにニヤけが止まらないといった様子で。


「やっぱりこんなので死ぬワケないわよね、“安心した”わぁ。そのことに敬意を表して、改めて自己紹介させて頂戴な」


「あ? 今さら聞きたかねーよ、ンなもん」


「まぁそう言わずに! だってどっちみち——


 言葉を短く切ったフローラの声に被せるように、小柄の男が持つ火炎放射器から踊り狂うような炎が撒き散らされる。緩いゼリーみたいな可燃性の液体ごとバラ撒かれた個々の火はまだ小さい、でもそんなもの絶対に頭から被るワケにはいかない。俺たち八人を分断するには充分すぎる“壁”だった。


「——こうなるもの、残念ながらね」


 銭湯の設備がそのまま残されていた貨物庫はあっという間に小火ボヤの野原で、うかうかしてたら当然銭湯の設備の可燃物にも火が移ってしまうだろう。障害物という意味でも効果的と言わざるを得ない。連携なんて夢のまた夢だ。

 と、ここで俺の脳裏に疑問が一つ引っかかる。そうだ、さっき効果テキメンだったハズのスプリンクラーからの恵みの雨はどうなった?



「あら、さっき上手くいった仕掛けが気がかり? 何てことないわ、単にこのクラフトの中枢にハッキングして気体関係のセンサーを片っ端から停めたってだけ。やったのはそこにいる我らがショーン君だけど」


「あんな古典的な装置でしてやられたってのが頭に来たんで。見ての通りこんな装備使うくらいには炎の扱いに関しちゃ命賭けてんです、電子防壁ファイアウォールだって焼き落としますよ」


「ね? コッチにはハッカーだって揃えてる。あとそこから銃で狙ってもいいけど、腕を上げたらショーンがもれなくアナタたちを燃やしてあげるわ。ソッチはゆっくり話を聞く以外の行動を認められていないの、わかる?」


 ガスマスク男の説明を待ってから勝ち誇ったようにフローラは言う。飽くまでも自分の意思にそむく行為を許さないつもりのようだ。しかしたかが、しかも今さら、自己紹介をすることに意味があるとは到底思えない。しかし拘るってことはそれだけ意味があるってことだ。

 ……妙な胸騒ぎがまた止まない。

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