29:3 - 警報の鳴る中にて
「で、どうすんだよ? ここで協力を申し出るか、大人しく俺らに殺されるか。どっちが良い? まぁ俺としちゃ、ここで殺せなくなるのは残念だから協力はしないで欲しいんだが。こんなレース出てんだ、そんくらい覚悟してんだよな?」
目の前の男は物騒なことを笑いながら言った。コイツ……自分が今いる状況を忘れているのか?
「なぁ、タヴァナー少尉。何でアンタは今ここで俺に撃たれると思わない?」
「ハッ! おいおい勘弁してくれ……言うに事欠いて——
少尉はそこまで喋って言葉を切ると頭を下げ、そして銃を握る俺の左手首に右の手刀を叩き込んで、
「——現役の軍人に向かって言うことがそれかよ」
あっという間にレーザーガンをひったくられる。さっきまでとは真逆に、今度は自分の眼前に銃を突き付けられた。少尉はホルスターにある自分の銃も取り出してイスルギの鼻先にも銃口を翳す。
俺は手も挙げずに少尉の顔をじっと見た。
「これでも軍事刑務所内じゃ訓練も真面目にやってたんだぜ? 一応模範囚で通ってたっつーか、むしろウチの隊はそういうヤツの方が多いな。んで当然、逆に腕が鈍ってるようなのはいない……ナメられちゃ困るな」
「へぇ」
顔をじっと見つめながら何を考えてたかというと、今度は俺自身のほうが突きつけられた銃口に向けて薄ら笑いを浮かべていた。
……笑えてきたのだ、あまりに“好都合な”目の前の状況に。
「なら、やってみろよ」
パンッ
俺はそう言って腰のホルスターに右手を素早く手を伸ばし、そこに得物を挿したまま引鉄を握り込んで“暴発”させる。
銃はいつも使ってるヤツじゃない、ひし形クラフトの中に残されてた余り物の拳銃……を更にバラしただけの紛い物だ。なお愛銃自体は懐の奥、ジャケットの内側に隠し持っていた。あるのは引鉄とグリップという見た目だけのクズ鉄、弾を撃ち出す機能なんて無い。けど内部には一発だけ弾が装填されている。薬莢部分に規定量以上のしこたま火薬だの何だのが詰め込まれている特別製の弾。
こんな小細工を仕掛けた理由は……。
ジリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリ
けたたましいベルの警告音が鳴り響く。突如としてホルスターから噴き出した大量の煙にクラフトが反応したのだ。そしてそんな古風な警報装置が作動して動くのもまた古風なシステムだった。
天井のスプリンクラーから降り注ぐ大量の水。さっきのベルの音も火災報知器によるものだ。普通、宇宙を航行するクラフトにはこんなものついていない。それもそのハズで、だいたいは消火剤の噴射とかそういうヤツ。まず宇宙空間では無重力なんだから煙なんて上手く探知出来やしないし、液体を散布しても思うように飛んでいってもくれない。となると消火効果だって当然落ちる。普通だったら窒素を充満させるタイプの消火機構が殆どだろう。
ただし、それを使うのは“本当に無重力空間であれば”の話であって。このクラフトにはお馴染み人工で重力を発生させる機構がある上に、火星には自前の重力だってある。銭湯なんてものを急造りでも船内に持ってこれたのはこれによるところも大きい。おまけにここのセンサーは精度の高さとか以前に全て、機械端末は防水加工済みだった。
「うわ、クソッ‼︎ なんでクラフトにこんなモンが……!」
少尉の予想にもこんな奇天烈な機構を仕組んでるクラフトなんて無かったんだろう。たかだか水の噴射でしかないのに相当混乱してるみたいだった。そこにも水は容赦なく降り注ぎ続ける。
誤発射とかじゃない火薬の暴発で、火がついたのは銃の先端にある発煙筒だった。ひし形クラフトから降りる直前に急いで組んだ代物だ。発煙筒は居住スペースにいくらでもある。そんで撃ったのが普通の銃なら勢いよく弾丸が飛び出すが、これはバラして発砲能力を無くしたものでしかない。今は銃身の代わりにくっついている発煙筒の金属ケースがそれを受け止めていた。これで弾がホルスターを貫通することもない。
あとさっき『好都合』っつったのは少尉が“俺から銃を奪った状況そのもの”に対してだ。あとついでに、(銃を突き付けてるってこと自体に油断してたのか)少尉が他に何もしようとしていなかったことも大きい。つまり、こっちだってレーザーガンをいつでも奪い返せるってことにすら気付いてないらしい上に、そもそも俺に銃はもう一挺ある。
俺はドサクサに紛れて少尉の腹を蹴り上げてレーザーガンを奪い返す。同時に右手はジャケットの下のリボルバーのグリップだ。あと後ろに並んでいたコッチの手勢にはスプリンクラーのことも前もって伝えていたので冷静だった。要するに突き付けてた銃を遠慮なく撃ってたってワケだ。対して、当然このクラフトのこともロクに知らず、スプリンクラーなんて予想だにしていなかったΠ小隊の連中は一瞬出遅れる。その一瞬が致命的な誤差になるには充分だった。
で、こうなってからどう動くかってのは既に決めてある。つまり、ひとまず退散というヤツ。俺たちは撃たれて倒れた小隊の連中を置いて、船橋の出入り口に向かって一斉に走る。
「ミセス、ひとまずこっちへ!」
俺は一番動作に難がありそうなミセスと介助役のヴァネッサの手を引っ掴んでから無理やり引き摺った。ミセスはやっぱり転んだが問題ない、だって床は濡れてツルツルに滑ったからだ。ヴァネッサと二人でミセスの両手を引っ張ると思ったより苦もなく部屋の出口にまでつく。
「おらぁ!」
ホルスターの銃もどきを扉の手前の床に投げつけた。床に跳ねた銃もどきにセンサーが反応して上手いタイミングでゲートは開く。そんで俺も後続のメンバーたちも止まることなく廊下へと駆け抜けていった。
それから廊下で好き勝手にメンバーが散っていって、ミセスを引き摺る俺たちが辿り着いたのはあの急拵え銭湯のある貨物庫だ。さすがにミセスを引き摺り続けるワケにもいかず、途中からちゃんと足をついて走り出した彼女の足に合わせて俺とヴァネッサ、それと見かねた他の人々が介護するみたいな構図で走っていた。
「で、ここまで来たのって結局誰だ? 名乗り出てくれ」
ある程度は走り切ったと判断して、俺は取り敢えず誰がいるのか点呼を取って確認してみる。
「まず私とミセスは宜しいですわね?」
「ゼェ……えぇ、ここに…………ヒュー……この通り……」
まずは手を引いてきた二人が反応した。比較的若いヴァネッサなんかはまだしも、特に老齢のミセスは尋常じゃない息の上がり方をしている。しかし鋭い目つきは未だ輝きを失っていなかった。それから?
「あーしもいるけど」
「わわ、私もつ、ついて来てるよ」
「……アタシもいる、さっきの今だけどよろしくね」
アデリア、ルチ、それからマリアの三人。特にマリアからは何かぎこちない空気感を感じる。何だ? まぁ聞いても仕方ないか。後は……。
「後は俺らだな。そこのティートと……」
「おう、俺とケンゴの男手二人。ンだぁ? さっきと似たメンツじゃねェかよ」
ケンゴとティートの二人組で全八名。本当に何の偶然か、さっきひし形クラフトのエンジンルームに乗り込んだ時とほぼ同じ顔ぶれだ。顔見知りなのは好都合っちゃ好都合だが、何か別の誰かの意図みたいなものも感じなくはない。特にマリアとか何でここまでついてくる必要があったんだか……。
「……へぇ、アタシにも運が回って来たかしらね? 女の子多めじゃない、これは好都合」
背後から声が上がる。間違いない、フローラだった。
「ほんと、ウチって男ばっかりだから荒んでたのよね。知り合った女の子たちとも“仲良く”するチャンス無かったし。溜まってるぶん存分に暴れなきゃ!」
「フローラ二等曹長、あまり羽目を外さないで下さいね……俺の焼く分が無くなる」
貨物庫につながる廊下の奥から別の男の声も上がった。足音は二つ、つまり追っ手は二人。フローラに遅れて歩いて来たのは小柄な男だ。明らかにゴツいカーキ色の防護服に赤のイカツいガスマスク、そのレンズの奥からは異様に無感情な目が覗いている。それから肩紐のついた大仰な機械を背負っていて、そこから管が伸びて手に握られている穴の空いた鉄パイプみたいなものに繋がっていた。見るからに火炎放射器だ。
「あらショーン、こういうのは早い者勝ちでしょ? 先に全員解体しちゃっても文句言わないでよね」
フローラは見るからに凶暴な笑みを浮かべながら、腰の鉈みたいなナイフを二丁抜き放った。




