29:2 - 目と鼻の先での嘲笑にて
要するに今のは反射的な動作ではなく、俺の得物をしっかり見抜いた上で鼻で笑ったのだ。やはりというか、少なくとも胆力はかなりあるらしい。
「おーおー、やっぱ非合法集団ってヤツは血の気が多いねぇ。まぁそう焦んなって、さすがに俺も瞼に穴なんざ開けられたかねぇんでな。ちゃんと教えてやる」
突きつけたままの銃にも動じない。少尉は笑みを崩さずに、そしてこっちを諌めるようにゆっくりと言った。いかにも余裕あり気な態度が勘に触るが、ここは我慢。
「っつってもなぁ、アレックス……そこのリュー軍曹から大体は聞いてんだろ? 確かに特殊部隊ってのは大嘘、本当は軍内で殺人を犯したロクデナシの集まりだ。それも快楽殺人者の集まりって部分もネタバラシしちまったって聞いてんぜ。ならもう特に言うことも無ぇ。強いて教えるなら、Π小隊っつー名前は『異常性向』のギリシャ語アルファベットの頭文字から来てるってことくらいだ」
そんな風にあっさりと、少尉はリュー軍曹が語った内容とほぼ同じ情報を口にする。
ンだよ、妙な名前も最初から伏線でしたってか、胸糞悪りィな。
正直ギリシャ語アルファベットなんて知ったこっちゃないが、何にしてもヒントは予め提示されていたらしい。こういうところで独り善がりな遊びを入れてくるあたり、映画とかでもよく描かれる快楽殺人者のイメージと重なった。……イラついてくる。
「で、お前らの要求は何だ。アリアドネを占拠した以上は何かあるだろ」
「無ぇな。さっき言ったハズだ、“敵対者を殲滅する”ってよ。実際、敵対宣言さえ出来りゃ何だって良かったのさ。で、そんなことになりゃ当然お前らはここに駆け付ける。現にこんな無茶までしてお前らはここに乗り込んできたろ?」
更なる俺の問いかけにも構えたままのレーザーガンにも、少尉は動じずにヘラヘラと答えた。イヤ、落ち着け。焦るあまり俺は人前で派手に狼狽えそうになる。
だがここでイラついて相手のペースに吞まれてはならない。俺は息を整えてから質問を変えることにした。
「……なら別の質問。それならそもそも何で、お前らは最初にあんな嘘をついてまで俺らと友好関係を築こうとした? お前らの話を合算すると最初から俺らを殺す気だったんじゃないのか」
この問いかけに、相手の頭目は心底愉快気に手を叩いて反応する。
「くっ……ハッハッハッハッハ! オイお前、俺の話聞いてたか? それもとっくに言ってんだろ、“ウチの軍門に下ってくれるなら話は別だ”ってな、ヒヒヒ……」
いかにも陽気な黒人男性というリアクションで一通り笑い転げた後、少尉はまた元の低い声に戻して続ける。
「何も、ウチの小隊の人数だけでここにいるレース参加者を皆殺しにできるとは元々思っちゃいねぇさ、お前らが俺らの手足として尽力してくれるっつーんなら騙したまま本当のこと言わないつもりだったんだぜ? 勿論今からでも従ってくれるんなら歓迎だけどな。なにせウチは女が一人しかいねぇ上に、その一人がやたら腕っぷし強ぇからよ、そっち陣営の女なら“ヒクテアマタ”ってモンだ。それに“男の需要”だってあるし」
「ッせェよテメェ‼︎ ガチで撃ち殺すぞコラァ‼︎‼︎」
あまりの言われように我慢できなくなったケンゴがまた吠えた。気持ちはわからないでもないが正直まだ我慢しといて欲しい。ここで事情が変に拗れたら余計にマズい状況に転がりかねねーんだ。
「ケンゴ、だからこんな場にまで出張ってくんじゃねェ! 指落とされてェか、あぁ⁉︎」
イスルギが怒鳴って牽制するのを半笑いで眺めながら、少尉は続きを喋る。
「ま、もっと痛めつけられてからセーギのミカタっぽく助けるのが一番だったんだが、最初の襲撃んときにお前らの誰かが仕掛け一つ台無しにしちまってなぁ。最初お前らの看板に攻撃したの、ありゃ俺らだ。もう今さら隠す意味ねぇからバラしちまうけどよ。あんとき撃ったのは普通の弾頭じゃねぇんだ、着弾地点に極小の発信器を残すのさ……とんでもない強力な信号を垂れ流す、特別製のな。弾頭のコードネームはサイレン、撃ち込まれた対象を“強力な電波垂れ流す”『放送機器』に強制変換しちまうってワケだ」
「は、はぁ⁉︎⁉︎⁉︎」
今度はケンゴではなく俺が叫ぶ。そんなものを撃ち込まれていたのなら、このレースに参加しているならず者たちがここに雪崩れ込んでもおかしくない。ならいま俺たちが無事なのは何でだ?
……いやそれよりも待て、極小の発信器……?
「要するにアレだ、肝心のその発信器がブッ壊されて予定が狂っちまったんだよ。あのサイズならブッ壊すってより『踏み潰す』っつったほうが正確かもだが。そのせいで集まるハズの“ハエども”も集まらず静かなもんだったしで待ちきれなくなって助けちまったってワケだ。そっから暴れずに仲良くやっててもよかったんだけどよ……でもなぁ、俺ら快楽殺人者だろ? そもそも地球でも監獄生活でずっと自由が無かったし、で、やっぱ“物足りなくっちまって”な」
「……つまり、自分たちの快楽のために殺しを我慢できなくなったと?」
間違いない、例の襲撃のあったあの夜にイラつきながら俺が踏み潰したあの発信器。あれこそが“例のソイツ”だったのだろう。とはいえ、そんなことが判明したところでワザワザ言ってどうなるモンでもないし挑発にもならない。ほんと今さらだ。
「おいおい、ンな怖い顔すんなよ。何も食べないと人間は死んじまうんだ、別に変な話じゃねぇだろ?」
冷や汗をかきそうになる俺の事情なんて相手は知る由もない。事もなげに笑顔で喋り続けるタヴァナー少尉に、俺自身は敵意が増していくのを感じ取っていた。
……成る程、快楽殺人者か。地球にいたとき何かで『言葉は通じるが話が通じない』とかいう一節を聞いたことがあるが、あれはこういう状況を表すのかも知れない。それくらい話が根本から通じていない気すらする。
もはや何も共感できないというか、そもそも“こういう話をされたらこういう反応をするだろう”という少尉の中にある『人間的な前提』からして致命的にズレていた。そんな気がした。




