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27:3 - 気の重い痴話喧嘩にて

「えっとだな、ここの下フロアの、エンジン含む駆動機構の修理すっからってん出されたんだよ。手伝えない素人はここの部屋でも漁ってろってな。まぁクラフト全体テキトーに様子見てこいってことなんだろうが」


「……そ、分かった。一通り見て回るのは良いけどその前に、私とこの男だけでちょっと話があるのよね。アナタたちだけで先に行っててくれない?」


 どうも、俺はまだまだ地獄に取り残されることになってるらしい。




 事情説明とか諸々含めて手早く済ませた、五分かそこいら後。


「で結局、改まって話ってなんだ?」


 まずは俺からの先制ジャブのつもりで口を開く。

 場所は相変わらず部屋の入り口で、ドアにもたれて廊下に目を光らせながらベイファンと俺だけで話をしている。別に部屋の奥で話してても良いのでは、とかさっき聞いたら『そんなことしたら絶対この廊下から聞き耳立てられるわよ、只でさえ痴話喧嘩か何かだと思われてるみたいだし』と返された。

 まぁ、確かにそれもそうか。取り敢えず、イヴが部屋から出て行くときにニヤつきながら俺の肩に手を置いていったのが無関係で無いってのは分かる。あのフランス人め、後でシメとかないと。


「確認、かしら」


 そんな俺の思考を余所にベイファンはよく分からない前置きをした。何だって?


「見るからに“よく分からない”ってトボけた顔してるわよ、というか私が何に怒ってるか忘れてないでしょうね?」


「さすがにねーよ。俺が死ぬつもりで出た怪しいサバイバルレースに、ついでみたいにお前とラッシュを道連れにしたからだろ? そう何日も前の話でもねーし」


 言いながら改めて思う。ほんと、我ながらクズな動機と言わざるを得ない。以前の銭湯の壁越しに指摘された通りそのまま、俺はこの偶然出会った二人を無理やり巻き込んだ。あのときはヤクザたちからせしめた手持ちの莫大なカネで、アメリカの片田舎でび住まいしてるとかいう伝説級ベテランメカニックの爺さんを勧誘するつもりだった。それで何でその孫娘がついて来てるのかというとこれまたクズな理由というヤツで。

 その理由ってのが、まず単に爺さんを引っ張るよりも簡単そうだったこと。でもそれはタダの切っ掛けであって、決定打は実際のメカニックとしての実力も申し分なかったからだ。それに加え、方針転換直後に出くわしたコイツも医者として優秀だったことが大きい。クラフトの乗組員として、船長オレ医者コイツ技術者ラッシュで協力すればペイロードスペシャリスト、つまり宇宙空間の飛行自体に必要不可欠な『科学者枠』のポジションまで埋められると思ったのだ。実際、実力的には充分埋まってたしな。



「あら、そこまでクズじゃなかった? といっても、飽くまで“話が一切通じない人格破綻者ではなかった”ってだけでクズに変わりないけど。要するにアナタは私たちを死なせる気満々だったと。今さら否定しないわよね?」


「イヤ、それは違う。そりゃもちろん危険ではあったさ、前提条件からして無法者だらけになるのは決まりきってたしな。でも俺らなら切り抜けられる確信はあった」


「何故? どこに? どういう根拠で?」


 すかさず鋭いベイファンの指摘が飛んでくる。全体的な声色から見て、どうもこの女は感情的にならないよう自身の怒りを抑えつけてでも頭をフル回転させているようだった。頭が良いヤツだとは思っていたし、というかそう見込んで声を掛けたのだから当然なんだが、今に限って言えば“だからこそ”の強敵といえる。

 人間の思考を曇らせるものはいつだって感情だからだ、怒りにせよ焦りにせよ。



「……まず二人の技能レベルの高さ。サバイバルレースっていう競技形式で食料その他インフラの消費量を抑えられて、尚かつ人手不足をカバーできるくらいにはお前が有能だと思った。もちろんラッシュもな。で、二つ目としては俺自身の自負だ。自意識過剰とかそういうの抜きにしても、そういう技能は自衛隊ふるすで死ぬほど鍛えたからな。荒事の対処も含めて」


 頭で必死に、相手の神経を逆撫でしないような言葉を頭でかき集めながら説明した。剃刀カミソリみたいに冷ややかな視線で睨まれるだけで肌を切り付けられるような錯覚を覚える。額を伝うネバついたしずくが冷や汗なのか血なのかも分からなくなりそうだ。


「確かに、うちのチームから死者は出てないわ。“今のところ”、“まだ”ね。ハッキリ言って今まででも出そうになるタイミングはあったし、現にアナタは死にかけて一度は私が命を救ってる。というかそもそも、アナタに死なれたら責任の追求すら出来ずに逃げられるところだったんだから。まぁ、そのぶん手術で気合い入ったのも事実だけど」


 コイツの背が低めなのは何度も言及してきたつもりだが、それにしてもそんなこと感じさせない威圧感を感じた。冷静な声で淡々と喋るからこそ分かる。言葉の中に怒気というか、もっと冷たくて殺伐とした何かがかすかに、しかし確かに漂っている。



「死ぬことを“逃げる”とか変な言い方すんなよ」


「事実でしょ? そもそも、自分の人生に絶望して自棄ヤケになった挙げ句、人類未踏領域エリア・ニュクスで開催される馬鹿なレースに出場したってことをアナタはもう認めてる。これで死なれたらアナタはめでたく目標達成で責任も取らず永遠にオサラバ! ね? “逃げる”って言葉がこれ以上なく似合う状況じゃない」


「……………………」


 まさに返す言葉もなかった。理論ではもう、もはや屁理屈ヘリクツとか詭弁きべんとか、そういうものすら頭に浮かんでこない。もっと俺の頭が良ければ何か浮かんだのかも知れないが、何にせよコレが限界ってヤツ。で、


「……まぁ文句はわかったって。いい加減、責任問題かこより事態解決みらいのほうを見ようや、な?」


 俺は苦し紛れに話をそらすしかなかったってワケだ。

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