26:3 - 反響音の微かな気配にて
結局のところ、別働隊のところに行きたがるメンバーは俺たち六人全員だった。アデリアはルチ目当てに、マリア(アデリアに”マリ姐”と呼ばれていた女の本名がこれらしい)はミセスの補佐を務めるために、ケンゴとヤソジマは当然イスルギが心配なのと別働隊の戦闘要員の少なさを補うために、ティートもケンゴに頼み込まれて追加の戦闘要員として、でもって俺だ。
「で、お前は何しにくんだよ。さっき文句か何か言いかけてたろ?」
「あ?」
ケンゴのヤツが出し抜けに質問してくる。何となくコイツはこういうとこ抜け目なく突いてくる印象があった。あんま気にされたくないときに限ってわざわざこうやって聞いてきたりとか。
「あー……あんなタイミングで行くって言われて、それで俺がここに留まって置いてかれたとして。それでもし何かあったら寝覚め悪りーもん、だろ?」
俺はそう答えてお茶を濁しておく。まぁ、実際のところこれは嘘ではない……嘘ではないというかそれだけとも言えないのが事実だが。実際ここにきて“味方から死人を出したくない”なんて急に青クセー本音を抜かしてバカにされたくはない。
何で急にそんな発想に至ったのか自分でも謎だったが。
「と、とにかく。さっきと違ってスピード優先で駆け抜けてくれ、でもなるべく音立てたりとか気配は気取られないようにな」
「無茶言いやがる……」
「ん」
「あいよ」
五人は小声で口々に応じたり何も言わなかったりして、イマイチ締まる感じがしないまま鉄製っぽい棒が穴から抜かれドアが開く。
廊下は静まりかえっている。で、床には黒っぽいゴムで描かれたラインが二本。たぶんさっきのルシオとかいったあの下っ端が引き摺られていった跡だろう。今のところフロウ=ライツの連中は他に散っているらしい。
「おし、降りる場所探すぞ」
「先頭はあーしが行く」
小声で俺が指示を飛ばしたところでアデリアが名乗りを挙げた。やる気は充分、ということだろうか。
「あー、変な顔すんなってぇ、やる気とかそういうアツ苦しーヤツじゃねーの。あーしコウモリ系じゃん? だから……」
そこまで呟くとアデリアは小首を傾げる。何かの音に耳を聞いている、らしい……何だ?
「足音聞こえてこないのはこっち。行こ」
そう言ってスッと目を上げて、コウモリ女は早歩きで先を進み始めた。俺はようやく言葉の真意を悟る……なるほど、たしかに“ならでは”か。
コウモリは耳が良い。それこそ、『エコロケーション』とかいって目が使えない暗闇の中で飛んでいても音の反響を聞き分けることで障害物の位置を探知してぶつからず飛べるくらいに。でもってそれは亜人になっても健在なハズだ。というか亜人なら、むしろ知能は獣のときより格段に跳ね上がってるワケで、順当に考えりゃもっと高度な情報処理も出来るんだから、やろうと思えばこういう応用だって可能なのだろう。
「いやーさすがにイヌの鼻と耳じゃこんな芸当出来ねェわな、やるじゃねェか」
「ケンゴ、感心すんのは後にしろ」
「……みんな一旦ストップ、誰か通る」
ヤソジマがケンゴに苛立ちながら注意したところでアデリアの小声が告げた。リアルタイムでの位置把握とかも出来るワケか、ずいぶん便利じゃねーの。
廊下の角の先をタトゥーが目立つゴツい男が通りがかるのが見えた。クラフトの停止に伴う停電で部屋のドアが開けられもしない今は廊下を見回るしかやることが無いみたいだが、男は注意を怠らず視線の先を警戒している。噴き出す火花で影がちらつく中、アデリアは姿勢を低くして足早に近づいて、
「…………ふッ……!」
「⁉︎ ……! ……」
そして右側から絡みつくように腕を伸ばし、そのまま男の首筋の左から喉笛を手持ちのナイフで搔き切った。男は声にならない悲鳴を上げつつ宙に指先を躍らせた後、そのまま事切れて腕が垂れ下がる。
「一つ目上がりぃ」
アデリア当人は感慨も無さげに呟いたのが聞こえる。いま確かに“一つ目”と言ったのを俺は聞き逃さなかった。つまり“まだ他も”続けて殺るつもりか。
「あ! あとアレ! 下に降りる階段あっ……あ」
と、アデリアが前を指さした。俺たちがT字路の真ん中から進んでいるとして、目の前の壁の真ん中、下に続く口がぽっかりと空いている。嬉しそうになってアデリアはこっちを向いた……ところで、コウモリ女は自分が割とデカい声を出したことに気が付く。幾らさっきからショートした配電盤が呻き声をあげるような火花を吹いているとはいえ、それ以外に何も聞こえない程度には静寂に包まれているのだ。ということはつまり。
「オイ! 今の女の声なんだ⁉︎」
「いた‼︎‼︎ 滅してやる、母なる蛍石の名の下に!」
「おい女の足下見ろ! あの女エミリオまで殺りやがった‼︎」
……こうなるワケだ。ゴロツキなのか宗教っぽいのかよく分からない怒号が辺りに響き渡って、階段から周囲に伸びる狭い廊下に相手方がすぐに集合した。もちろんタチバナもしっかりいる。
「全員階段に駆け込め! この階段を防衛ラインにして下フロアに立て籠もんぞ!」
俺は階下に連中のメンバーがいないことを思い出してそう判断した。この狭い入り口の向こうに籠ってしまえば、ここの広さがそもそも制限されている以上は相手方が押し寄せることはできない。このクラフトの構造には詳しくないので下の階層へは他の入り口もあるかも知れないが、その場合でも階段の中で出口入り口両方を警戒すればいいだけだ。
「オラ、三人前上がりィ!」
真後ろからティートのやたら元気な声が聞こえた。背後から駆け付けた相手方の連中をまた天井から急襲してノしたらしい、ってか何だ今のラーメン屋みたいな……。
タチバナ含めたフロウ=ライツの連中の頭数はあと七人、もう背後にはいないようだ。左右の廊下の先で銃が構えられているって状況で、俺は階段の入り口に向かって柔道の回転受け身みたいな体勢で右手から飛び込む。前転の要領で宙を回転して、そんで階段の一段の角で腰を打ち付けた。クソっ、弾は当たってないのにダメージがデカい。
「うわ、痛そー。てかオッサン大丈夫そ?」
「……つーか二四だからな、オッサン言うな」
俺から一瞬遅れたタイミングでこっちに飛び込んでいたアデリアに手を差し出される。あっちは自分が飛べることを最大限利用して、俺なんかよりもよっぽど宙に舞って難なく撃たれず飛び込んでいたようだ。何かズルい気がしたがその場しのぎのツッコミ以上のことを言う余裕はなかった。




