26:1 - 打撃音が響く船の中にて
「下階層の入り口は……まぁ、探す以前の話か、それよりも……」
壁には、血がべったり。
さっきくぐった正八面体ひし形クラフトのゲートの先、船橋で俺らはあっさりと最初の目的だったスロープを見つけた。というかそもそも、俺らが出て来る前とは違ってスロープは平らな床からせり上がって隠れもせずポッカリと口を開けている。そこの右脇に右手のひらの形の血痕はあった。とにかく、まず間違いなくこの先に俺ら六人以外のウチのヤツらとタチバナたちがいるのは間違いない。予想よりも声は聞こえてこないが、その代わりにガタンガタンと内部を荒らしまわるような物々しい音だけが聞こえる。
……物音だけで声が無いということは即ち、多分いまはまだ家捜しの途中で誰も見つかったり捕まったりはしていないということだ。
「五人とも、分かってるとは思うが足音とか気配とかなるべく抑えてくれ。それとアデリアはともかく、守宮人種のティートとかは歩くより壁に張り付いて動いたほうが足音とかで気配は気取られないと思う。その辺は自己判断で頼む」
「あいよ」
ヒソヒソ声で俺は他の五人に指示を飛ばした。同じくヒソヒソ声でティートは短く承諾する。その他も無言で頷いてから全員アイコンタクトで先を見遣る動作をとった。“とっとと行こうぜ”とのことらしい。さすがヤクザと諜報機関、こういうときは肝が据わってやがる。
頼りになるんだかならないんだかは最早よく分からないが、そこは気にせず俺もスロープの先を睨んでゆっくり前進した。
スロープの先は薄暗い。明かりはコードや配電盤から飛び散る火花のみという頼りないものだが、逆に言えばそれだけで中を見渡せるくらいには火花が飛んでいる。火花の量から見ても、どうにも照明とかは電源ごと落ちているようだ。となれば。
ギシッ、ギシッ、ギシッ、ガンガンガン
廊下の奥から誰かがスライド式のドアを無理やりこじ開けようとする音が響いてくる。蹴り破ろうとしているんだろうか、さしものこのクラフトの正当な持ち主であるハズのフロウ=ライツの連中も電力無しで部屋のドアが動かない状態の船内に立ち入ったことは無いらしかった。六人全員で廊下の右の壁に張り付いて(ティートはさらに床から足を完全に離して壁に張り付いて)息を殺す。
廊下の左側の壁、物音の発生源ににじり寄ることだいたい三歩半。
「っクソッ、クソっ、畜生! いくら蹴っても、コレ以上動かッ……だァッ‼︎」
気の毒にも半分ヤケクソのまま夢中でドアを蹴り続ける男の背後目指して、俺たちはナメクジのようなスピードで進み続けた。何かの拍子でいつ男が振り返るかもわからない、なるべく身をかがめていつでも飛び掛かれるように……カツン。
ティートの重量級の義体搭載腕が壁に当たって軽めの音が鳴る。
「クッソっ……こりゃ開か、んァッ……⁉︎」
「けっ」
廊下の壁の面積は当然広い。そして音とはつまり“振動”だ。ということは、壁全体に振動が反響して壁全体がスピーカーの役目をする。壁の向こうの空間が部屋になっていて、壁自体も安普請の比較的薄い板材とかなら尚さら。で、
「結局こうなんのかよ」
物音を立てたティート自身が責任は自分で取るとでも言いたげに、張り付いていた壁から飛び上がって男の頭を殴った。容赦ない打撃で昏倒した男は真横にやや吹っ飛んでドサッとなかなか重量感のある音を立てる。つまり早い話が、派手な物音で隠密行動もクソも無くなってしまった。
『オイ、急にどーしたルシオ! トラブルか⁉︎』
「今の音なんだよ、明らかにドア蹴る音じゃねーだろ!」
「音はフロア入口の方だ! あのへんにいたのは……」
さらにお粗末な誤算としては、たったいま気絶させた男が無線を持っていたということだ。なので今の攻撃も何もかもが筒抜けというヤツで、そうでなくともデカい物音で相手方を警戒させるには充分だったのに、これで言い逃れのしようもないくらいには“襲撃者が来たぞ”とお知らせしてしまったワケで。
……うーむ、間違いなくドツボ踏んだ。
「早く! 入って!」
すると、無線でルシオとか呼ばれてた男が蹴り続けていた目の前のドアの隙間が急に少し開いた。幅は人一人が余裕で駆け込めるくらい、そして中から聞き慣れた小声が響く。ベイファンだ。
俺たち六人は弾かれたように急いで部屋に駆け込む。内部は当然ながら暗闇だ。やや開きかけだったドアがチンピラの一人の手で元の隙間の幅まで閉められ、さらにドアの内側を無理やり削って開けられた小さな穴に鉄製と思しき頑丈そうな棒が差し込まれた。どうも棒の先端は床まで深く刺さっているようで、これなら確かにドアがスライドすることは無いだろう。
「いい? 静かに……!」
ベイファンはいっそう声を小さく絞って指示を飛ばす。
直後、ドアのすぐ外にガヤガヤと人が集まり出した。昏倒させたまま放置していたルシオだかを駆けつけたヤツらが見つけたのだろう。当然だが向こう側は焦っているようだった。
「おいコラてめぇ! 野郎なに寝てんだルシオ‼︎」
「やめとけ馬鹿ッ‼︎ 今はそんな場合じゃねぇだろ、どう考えても襲撃だ」
「……これどーすんスか、タチバナさん」
扉越しにはタチバナのヤツもいるらしい。ドアのあっち側とこっち側、どちらも空気が張り詰めている。こっちは音を極力殺して息を潜め、そしてあっちも必要最低限以上の言葉も許されていない。
いかにも居心地の悪い、絵に描いたような緊迫感ってヤツだった。




