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25:4 - 途端にくる悪寒にて

 と。


「オラよッと!」


 頭上、正八角形の出っ張ってる横のカドの上から。さっきタチバナに攻撃してたときと同じように、飛び出したティートが急降下してきて戦闘員たちの脳天を殴りつけた。もはや頭部から聞こえた音とは思えないような鈍い音があたりに響く。

 さっきは気にならなかったが、ゴツめのジャンパーにデカめの短パン、それとこれまたゴツめのスニーカーという荒野にはやや不釣り合いな格好に見えた。


 そうだ、アイツの指先に積まれている義体サイバネは相当重い身体を支えて天井に張り付けるほどの吸着力を持っていたハズだ。となればこういう芸当だって当然できるだろう。良く天井に張り付いているヤモリの、守宮人種ゲッコーの面目躍如というヤツだった。

 更に、加勢はティートだけではない。



「ちょっ、マリ姉! 何でこんなトコいんの⁉︎」



 頭上のカドの向こうから後ろの一団のほうにはアデリアが飛び降りてきている。そして集まりの中心に割り込むように飛び込むと、男たちを無理やり蹴って場所を空けて着地した。


 ティートと同じく、アデリアも荒野にいるとやたら目立つ格好だ。服装はいつかのサルエルみたいなブカブカのズボンではないが、妙に腰のラインにぴったり沿ったショートパンツにハイカットブーツという組み合わせ。上は翼になっている腕の邪魔にならないようにかノースリーブのブラウスで、しかし肩部分でフレア状に広がっている。どう見ても火星の荒野では違和感しかなかった。イヤ、街中ならともかくこんなとこでする格好か……?



 と、アデリアが腕を一旦曲げて肩を触ってから腕を振りかざすと、その翼から飛び出た両腕の指先に緩くカーブを描いた鋭い刃を覗かせる。さっきも見たカランビットナイフ、あの肩についてる飾りの袖部分に仕舞われていたらしい。暗器かよ……。


「あー、先にこっち! フッ——っらああ‼︎‼︎」


 アデリアは一息吸い込むと気合を込めるように叫んで、腕をしならせながら横回転スピンした。曲線の刃は戦闘員たちの喉に吸い込まれるように伸びて、そのまま複数の喉笛を掻き切る。たった半周、たったそれだけの刹那の動きで男たちの首には鮮やかな赤い花が咲いて、アデリアを中心として花開くみたいにばったりと倒れた。


「だあもー! 返り血うっざ……それと、マリ姉だいじょぶそっス? ……イヤまさか、アンタらが無理やり連れてきたとか⁉︎」


 返り血まみれのコウモリ女は、目の前の様子からそんなふうに判断をして激昂する。




 んで、そこからアデリアをなだめて誤解を解いて事情説明を終えるまでにそれなりの時間を要した。俺らは周囲をおっかなびっくり警戒しながらだったが、当のアデリア自身は気にもしていない。


「だーかーら上にいたときからここの周りはティートくんと二人で散々見てたけど誰もいなかったってば! あの一〇人くらい以外はあーしらが乗ってた方のクラフトの中に乗り込んでったっつの。てかさー、マリ姉がここにいるのが事故だったとして、だったら何で現場統括指揮で戦闘要員じゃないマリ姉が銃なんか持ってんの? アンタら、やっぱ無理やり戦わそうとして……‼︎」


 上司ちゃん(仮)の名前は“マリ姉”か、守備よくニックネームをゲットしたは良いが、どちらかというと日本人みたいな渾名だ。つまり確実に本名が「マリ」みたいな名前でないことは確かだ。それに顔も日本人っぽくないが……というかさっきからアデリアの猜疑心がエゲツない。


「だから違うっつってんだろ……濡れ衣もいいとこだ」


「そ、そーだってアデちゃん! アタシが慌ててここの裏に逃げ込んじゃったってだけでむしろ……」


 荒野のど真ん中の切羽詰まったタイミングなハズなのに、こんな感じでギャーギャー騒いでいる。まぁ、こんなクソうるさい集団がこんなところで呑気にケンカ出来てる時点で実際にアデリアの言葉は嘘じゃないんだろう、ってのは何となく思った。




「あーえっと、アンタがティートだっけ? さっきは悪ィなぁ、アンタら来なかったらどーなってたか……ゾッとしねェや」


 隣ではケンゴがティートに感謝の言葉を伝えていた。まぁ確かに俺らからしたら救世主に等しい存在と言える……だとすれば若干馴れ馴れしすぎる気もしたが。案の定ヤソジマから、


「おいケンゴよォ、そもそも俺もお前ん部下だから敬語使わんとマズいのはそーなんだけどさ、命の恩人に向かってその喋り方……」


 ……とかツッコまれている。一方のティートはヘラヘラ笑いながら応じた。


「いいっていいって、気にすんな。むしろ俺よりガキいるなんて新鮮だわ。なんせ俺ファミリーでいっちゃんガキだったからな……お前幾つよ? 俺ぁ二一だ」


「へ、え、はぁ⁉︎⁉︎⁉︎ オマエ歳下ぁぁァ⁉︎⁉︎⁉︎」


「あ? お前ぇ歳上か? ……そのツラで?」


 どうにもイタリア人というのはエラい老け顔なようだ……いや、それとは真逆でむしろ“日本人の顔はやたら幼く見える”ってヤツか。二人揃ってお互い目を白黒させている。今まで意識なんてしたこともなかったが成る程、こりゃ確かにケンゴ(二四)のが圧倒的にガキだわ……そういやコイツの“犬種”は知らんままだが、茶髪に犬人種ドッグ特有の三角の耳も相まってますます柴犬っぽいってか、まぁ、うん……。



「ってか待てや、いま雑談なんざしてる場合じゃねェだろ!」


 気を取り直したようにヤソジマのほうが吠えた。確かになし崩しでこうなっただけとはいえ、さすがに呑気過ぎる。


「あー……あーしの変なツッコミで気ィゆるませちゃったねー、ゴメンやでー」


「あ? なんで急に関西弁だよ……?」


「……おいケンゴ、この手の人種にまともにツッコむんじゃねーよ……」



 いかにもテキトーにアデリアが返して、ケンゴがストレートに尋ねた。すかさず俺はアデリアに聞き取られないように小声で注意する。こういう手合いの発言に意味なんて求めてもどうにもならないだろう、多分っつーか絶対。



「は? そのボソッと言うのムカつくんだけど。なんかあんなら直接言えよー」


 う、マズい。俺は内心焦りながら話を誤魔化す。


「あー気にすんな、それよりルチは?」


「ママの命令で別行動。あーしとティートくんで助けにきたのもママに言われたから。あの子は向こうのクラフト内部であの女記者と二人でママの補助……ってか手伝いやってる。何やってっかは知んないけどねー」


 アデリアは不機嫌になりつつも端的に状況を説明した。引き離されたのが気に食わないのだろうか、話しながらコウモリ女は目を細める。俺が腑に落ちない顔をしているのを見てか、不意に話を聞いていたティートが口を開いた。


「……一応言っとくけどあのタイプのクラフト、中の構造は俺らがドンパチやってた船橋ブリッジだけじゃねーぞ。多分あの船橋ブリッジの床の真下、船員の居住エリアとか整備室とかそういうの押し込められてんだよ。各部屋クッソせめーだろうし中はギチギチに入り組んでると思うけどな。そんなとこ押し入られたらひと溜まりもねーよ」


「さすがにあんなだだっ広い船橋ブリッジだけとは思ってねーよ、ねーけど——


 船中は今頃それこそ戦場なんだろうが、それとは別に何か嫌な予感がする。……都合よく、勘が外れてくれてると良いんだが。

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