23:1 - 一瞬の猶予にて
ボルテックス・ジェネレーター(voltex generator)
:車体に取り付けられたウィングやターニングベインなどの突起物のこと。この装置を起点に気流を操作し、軸が縦方向の渦を発生させる効果を持つ。この渦の中心部は圧力が下がるためにこの部分に集中する気流が発生し、その気流が車体を沿って車体後端まで流れることでダウンフォースを発生させる。
「ウぇ、汚ぇもん撒き散らしてんじゃねぇよ、スーツ汚れてもこんなとこにクリーニング屋なんざ無ぇんだぞ……」
自分から撃っておいて、タチバナは他人事のように愚痴をこぼす。
そんでイガラシがむせるように吐いた血の数滴が頬やらダークスーツの袖についたのを拭おうとして諦めたようだった。次にタチバナが目線を上げると当然ながら、会議室じゅうに動揺が走る。そして息でもするようにトリガーは三度引かれ、銃口からまた火が噴き出して、辺りにはまた薄い硝煙の香りが漂った。
しかし先にイガラシの死に様を見ていたせいだろうか、狙われたトツカはそのまま死ななかった。二発の弾丸に当たりはしたもののどちらも致命傷にはならず、むしろ間一髪でアイツは自分の席から身をかがめて一歩踏み出している。ややよろけながらもトツカは首を上げて駆け出した。進み方も左右にステップを踏んで大きく体を揺らして銃弾を回避しながらタチバナに肉薄していく。たった数歩の距離、しかしそれだけ余裕がない短い距離だからこそ小さな焦りを生むのには充分だった。
「てめぇナメん、なよ‼︎」
タチバナが一声吠えて拳銃の銃身をトツカの顔に向けて真っすぐに突き出す。銃口が向けられていたのはまさにトツカの顔の真正面、つまり、
「もガッ」
駆け寄ってくるトツカの口の中に銃口が勢いのまま挿し入れられた。そのまま、銃声が“二つ重なって”あたりに谺する。
当然トツカは喉から脊椎、首の後ろの皮までが銃弾が貫通して即死。体勢はトツカが必死に覆いかぶさる形になっていたため、その首の後ろを貫いた弾丸もそのまま天井に直撃しライトが派手に割れて破片がテーブルに降り注いだ。一方のタチバナは先ほどまで健常だった足をかばうようにグラリとよろめく。死体と化したトツカの右手にもまた、かすかに煙を吹く拳銃が握られていた。
今際の瞬間のトツカが撃ったのはタチバナの左腿の位置、当然大腿部には動脈といった血管が集中している。純人なら言うまでもなく大怪我に数えられるだろうし、強靭な皮膚を持つ鰐人種であってもそれは変わらない、むしろ肉質が強靭すぎて弾丸が“貫通しきっていない”という点では尚のこと厄介な状況にあった。
とはいえ、あっという間に目の前で二人が死に、状況をやっと飲み込めた聴衆から口々に悲鳴が響き渡る。会議室は阿鼻叫喚という表現がぴったりだ。一方アサゴ組の連中も、タチバナのほうはともかくトツカの反抗は予想外だったらしく一同はマゴついている。……つってもこの間、だいたい二秒そこら。タイミングを外すワケにはいかないと俺は思った。
「お前ら机の下に! 体はなるべく縮めろ‼︎」
言葉を縮めようとして若干失敗した気がしつつも、俺は実弾の方の拳銃をぶっ放しつつ声を張り上げる。レーザーじゃなくて実弾なら馬鹿デカい発砲音があたりの音ごと突き破れるハズだ。それこそ悲鳴も何もかもをまとめて揺るがすくらいに。
大音量の銃声は人質たちの意識の中に“空白”を作り、そのちょうど空いた隙間に上手く情報を取り込んでくれたようで、カンのいいヤツから順で俺の指示の内容に従ってくれた。
そしてもちろん、この指示はアサゴ組の生き残り連中にもしっかり聞こえている。つまりどうなるかというと、机の下に急いで潜った人の群れを追い射線に収めようとしてヤクザたちも姿勢を低くするワケだ。動揺して急いで屈む者、慌てて俺を狙って外す者。付け加えるなら、当然俺に銃口を突き付けていた組員だって人間だ。そりゃ一瞬だけではあるがビビって銃を余所に向けたのを俺は見逃さなかった。
元とはいえ自衛官ナメんなよ、そいつは慌ててつつ俺の右腕を撃ったがダメージなんざ知るか。
それ以外はどいつもこいつも照準が乱れてから再び狙いを定めるまで『ズレ』があった。その間せいぜい一秒強……充分な猶予だ。撃たれた右腕もそのままに、俺は身を躍らせて、弾き出されたように視線の先のテーブルへと急ぐ。
そして約一秒後、タチバナの額に拳銃を突き付ける俺と撃たれていたハズのイスルギ、隠れていたテーブルの下から飛び出してヤツのアゴに銃口をクリーンヒットさせたケンゴ、それから仲間を撃ち殺されて何か思うところがあったらしく胸の前で銃を構えるヤソジマの四人の姿が部屋の中心にあった。
「アサゴ組構成員……の生き残りとでも言やいいか? よく聞け。お前らの現在の頭、タチバナ・タスケは見ての通り拘束させてもらった。フチザキの死後、お前らが衝突も起こさずチームとして瓦解もせずに済んでんのはコイツのお陰だよな? 死なれて困るってんならそこから動かずに拳銃だけ捨てろ」
さっきまでとは打って変わっていかにも健常そうなイスルギが低い声で呼びかける。辺りは諦めたように重い金属の物を捨てる音で溢れかえった。




