22:4 - 更なる反逆と沈黙にて
もはや張り詰めたような無音で耳が擦り切れるような感覚だ。音が聞こえない環境で逆に耳鳴りが止まなくなって痛くなってくるような、あの感じ。誰も彼も身じろき一つせずにただ無言で固まっている。
「なぁおい、落ち着いてくれ。俺は抵抗しない、だから必要以上に銃は向けんな」
「……ッ……」
脇の方からラッシュが息を吞むのが微かに聞こえた。一瞬チラッと見るとラッシュだけでなくベイファンもイヴもイスルギも、つまりテーブルの教師チーム全員が深刻な顔をしている。
で、俺はどう切り抜けようかとか考えもせずに取り敢えず白旗を上げることにした。手を前に上げて手ぶらなことをアピールしながらじりじりとタチバナに歩み寄る。ここでいつもみたいに暴れるワケにはいかない。この場にはゴーディマー技研みたいな非戦闘員のチームもいるからだ。増して今はヤクザに取り囲まれている状態であり、陣営内部の協力者たちから流れ弾で死傷者を出すのはなんとしても避けたかった。
「……アンタは人質としちゃ“使える”方か。一応、この集まりの中じゃ一番上の立場だもんな? 来い」
タチバナは黄色い三白眼の、刃物で切りつけたみたいな瞳孔でしっかり品定めしてから、俺をさっきまでイスルギやアイツ自身が立っていた位置に立たせる。つまり聴衆の面前、会議室の壁に据え付けられているホワイトボードの前だ。渋い顔で従った俺のこめかみにタチバナの拳銃の銃口が充てがわれた。
「それと……そうだな、さっきキンキン大声出してたリス女。お前、非戦闘員だったよな? お前も来い」
くっ、ノエミアも巻き込まれるか……彼女もタチバナを挟んだ向こう隣で、アサゴ組員の一人に拳銃を突きつけられ立たされる。当然ではあるが、こういうところでヤクザは抜け目がなかった。タチバナは俺に銃口を突き付ける役目も部下に任せると、ツカツカと教師チームのテーブルの、イスルギの前へと近づいてゆく。今の状態じゃ俺には何も手出しできない。厄介なのは、いくら瞬発力に優れてそうな栗鼠系亜人とはいえノエミアは運動とは無縁そうな研究職で、なおかつ本人も小柄で痩せっぱちって点だ。要するに、イザってときには俺が頼られる立場ってことになる。
「……さて、これで人質は取った。イスルギ、アンタにはこういう人質が効くってのは分かってんだ、特に恩人の類とか女子供はよ、格好つけやがって。おら、大人しく出てこい」
そうやって指名されたイスルギもまた、タチバナを鋭く睨みつけながら静かに前へ進み出た。……『恩人』扱いか、心当たりが無いとまでは言わないにしても正直不思議な感覚だ。アイツも生身の左手を無くしていて、結局のところこれまでの行動は俺が自分の病状でヤケクソになった末のモノに過ぎなかったのに。しかしつい先日“お前に死の覚悟なんて無い”と直接的に指摘されていた。あれは夢の中の俺の妄想だったのか、それともヤツと本当に夢で対話してそう見抜かれていたのか。俺自身には何一つ分からない。スピーカーの内部だかに潜んでるらしい当の本人は何も言わねーし。
一方、そんな不必要なことまで思い浮かべて迷いまくりの俺のことなんて気にもせずに、タチバナはイスルギに向かって黒光りする拳銃ごと勢いよく振り上げた。
「おら……今ッさら! 睨んで、来んじゃねぇ、よ‼︎ デカいツラ! 晒してんじゃッ、ねぇ‼︎‼︎‼︎」
硬い皮があり、可動域が狭いハズの鰐の尾でも滅茶苦茶に振り回されるくらい激しく、タチバナは拳銃のグリップでイスルギの顔を複数回殴りつけ蹴り続けた。ただでさえ亜人の中でも膂力に優れる鰐人種による剥き出しの暴力、イスルギの顔は痛々しく裂けてみるみるうちに酷く腫れ上がっていく。
それだけに留まらず、銃声が二発。イスルギは立っていることも出来なくなって膝をつき跪く姿勢になって、それでもなお首を上に捻ってタチバナを睨んだ。
「ッっクソ、テメェ……ッ」
「もう立てねぇだろ、アンタ。そのまま部下が殺されんの見てな」
タチバナが撃ったのはイスルギの両足の踵の部分だった。かなりの命中精度だ。穴が空いた革靴から血が溢れて滴っている。傷口は血みどろで、止血しないことにはもはや皮膚の損傷具合すら見た目には分からない。医者であるベイファンに改めて診せるまでもなく、義体化無しでは二度と立ち上がることも出来ないだろう。
『おーおーおっかねぇなぁ』
「てめぇフチザキ、アンタだってタダじゃおかねぇ。そりゃ今の状態のアンタを直接痛めつける方法はまだ無ぇけどよ、アンタさっき言ってたよな? 此処の資源使い尽くせばアンタごと滅んじまうんだろ? だったら早々に地下は根こそぎ攫ってアンタも殺ってやるよ」
『へっ、嫌われたもんだねぇ。ゾッとしねぇや』
「言ってろ」
フチザキの軽口に対してタチバナは忌々しげにバッサリ吐き捨てる。
いくら鬱陶しくても追い払えないのだ。仮にスピーカーを撃って使えなくしたところで、どうせフチザキは船内の電子機器の中を逃げ回って嫌がらせしてくるだろうことはいくらでも予想できる。
というか正確にどういう状況なのか分からない以上、ヘタに刺激する方がマズい場合だって勿論ある。アイツにとってこれ以上のストレスも無いだろうが、それ以上に“構うだけ無駄”というヤツなのも明白だった。
「ハァ……まぁいいや、取り敢えずイガラシ」
タチバナは一息置いて気を落ち着けてから、まるで今夜共に酒を飲む相手を指名するような軽い声色でイガラシを選んで、
「死ねや」
躊躇なく容赦なく、振り返りざまに銃を向けて撃つ。轟音と共にイガラシの胸部に弾丸が複数突き刺さった。イガラシが声を上げるヒマすら無いまま、その肺に空いた風穴や口から風船みたいに空気が抜けていく。喉からも噴き出す夥しい量の血に溺れるように、アイツはあっさり絶命した。




