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天使のヒロインは初恋覚醒中

「この鼓動の高鳴り……これは病気でしょうか?」


そう言って、彼女は本気で困った顔をしていた。


金色の髪が月明かりに照らされて、ふわりと揺れる。真っ白な翼が背にたたまれ、まるで神話のワンシーンのような光景だった。


場所は神殿の裏庭、夜の散歩の途中でばったり会った天使族の少女。その名は――


「ヒメリア・セラフィムと申します。……あなたが、成瀬ユウ様ですね?」


そのときの彼女の声は、天使というよりどこか研究者っぽかった。語彙が硬いし、目も真面目すぎるくらい真剣。


けれど、それ以上に俺の心を掴んだのは、その無垢さだった。


 


====


 


「えーっと……じゃあつまり、今、胸がドキドキしてる?」


「はい。鼓動が速く、視界が少しぼやけて、体温が上昇して、羽がふわっと広がります」


「それはたぶん、恋の初期症状だな」


「こい、ですか……? 恋とは……天使族にとっては、堕天の兆しとされています」


「えっ、恋しちゃダメなの!?」


「教本には、他者に対する執着は神聖性を損なうと記載されています」


「天使、恋に不寛容すぎない!?」


俺がつっこむと、ヒメリアはまじめな顔のまま首を傾げる。


「……けれど、堕ちるなら、ユウ様の手で堕ちたいと思うのは、罪ですか?」


「重っ!! なんか、命ごと預けられた気分なんだけど!」


それでも、ヒメリアはにこりと笑う。


「あの、成瀬ユウ様。今日から、恋の観察をしてもよろしいでしょうか?」


「な、なんで俺を見る前提なの!?」


「あなたを見ていると、心がぽかぽかして……この現象をもっと解明したくなります」


「研究対象扱いかよ……!」


……いや、でも、なんだろう。


ミミィのときは体温ゼロのぬるぬるだったけど、ヒメリアは逆に、触れてもいないのに心がじわっと温かくなる。


本当に好きになるって、もしかしてこんな感覚かもしれない。


そう思った瞬間、スキルが、びりっと震えた気がした。


 


====


 


翌朝、リビングにて。


「ねぇユウくん、あの子、完全に初恋テンパリ天使じゃない?」


ルルが俺の横で、トーストをかじりながら囁く。


「そう見えるか?」


「だって顔赤いし、手を合わせるたびに、これは神罰か…とか言ってるし」


「……それは確かに心配だな」


一方のシアは、コーヒーを飲みながら冷静に言った。


「天使族は感情表現が未熟。彼女のドキドキは、想像以上に強烈な体験でしょうね」


「でもさ……ああいう子が、本気で恋したら、めっちゃ一途そうじゃない?」


「そうね。……逆に言えば、恋がどういうものかを、一番最初に教えた人の影響を、そのまま受けてしまうわ」


「えっ、それってつまり……」


「あなたの責任は、想像以上に重いわよ?」


「……はぁ」


ため息をついたとき、ちょうどヒメリアがリビングに入ってきた。


「おはようございます、ユウ様。昨夜の夢に、あなたが出てきました」


「え、マジで? どんな夢?」


「はい。私が神殿の塔から堕ちようとしていたら、あなたが羽を持って飛んできて……私の手を取って、一緒に堕ちようって……」


「なにその夢!? プロポーズ並みのインパクトなんだけど!」


「私……あれが夢なら、起きるべきではなかったと思いました」


「真顔で言うな! 心臓がもたない!」


ルルとシアが、俺を見てまたか…みたいな顔をしてる。


でも、俺だけは気づいていた。


ヒメリアのまっすぐな視線。優しい手のしぐさ。


そして、何より……自分の心が、ほんの少しだけ彼女を追っていることに。


 


====


 


夜。神殿の塔の上。


俺とヒメリアは、星を見上げていた。


「ユウ様。私は、この気持ちに名前をつけても……いいでしょうか?」


「……ああ。つけていいと思うよ」


「なら、これは……恋なんですね?」


俺は答えられなかった。


スキルがまた、びりびりと反応している。でもそれは、これまでよりやさしい震え方だった。


まるで、俺の気持ちに呼応しているみたいに。


「……ヒメリア、君のことをもっと知りたい。今は、それだけでもいいかな?」


彼女は目を見開き、すぐにふわりと笑った。


「それは……恋の入口、ということでしょうか?」


「……かもしれないな」


彼女の羽が、夜風にふわりと揺れた。


俺たちは、そっと並んで星を見つめた。


世界は少しずつ、優しい色に染まり始めていた。


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