魔族のお嬢様は恋の狩人?
「愚かな人間どもよ、ひれ伏すがいいわ――!」
朝の神殿に、雷のような声が響いた。
「な、なんだ……!? 敵襲か!?」
俺とルルとシアは、慌てて外に出る。すると、神殿前の広場に、ひときわ目立つ赤がいた。
赤いドレス。赤い髪。赤いヒール。肌は雪のように白く、目つきは強く、唇は冷たい紅。
まるで乙女ゲーのラスボスヒロインが飛び出してきたような、完璧すぎる美貌。
「我が名は、アナスタシア・ヴァーミリオン! 魔族の王家にして、最強の血を継ぐ者!」
「……うわ、なんか出た……」
「美人だけど、うるさそー」
「こらルル、口に出てる!」
アナスタシアは顎を上げてこちらを見下ろすと、ビシッと俺を指さした。
「お前が人間代表・成瀬ユウね?」
「そうですけど……なんで名前知ってるの?」
「調べたに決まってるでしょ。和平の鍵は恋愛だなんて、くだらないにもほどがあるわ。けれど……」
そう言ってアナスタシアは、俺の目前にツカツカと歩み寄ると、顔をすぐ近くに寄せてくる。
「この私が、人間の男に恋をさせることができたなら、それは魔族の誇りそのもの。恋愛すら征服する……それが、このアナスタシアの目的よ!」
「いや、目的が魔族視点で重いっ!」
「で、でも、それってつまり……ユウと、恋愛するってことじゃ……?」
シアが戸惑いを隠せずに言うと、アナスタシアはさらなる一言を放った。
「そう。成瀬ユウ――私が、あなたを落としてみせるわ!」
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「で……なんで俺、紅茶飲まされてんの……?」
神殿の庭に即席で設けられたティーセット。アナスタシアが用意した紅茶は、香り高く、甘さも控えめで、正直うまい。
「それが、作戦その1:優雅な午後の紅茶タイム。女の手作り紅茶を飲んだ男は、3割増しで恋に落ちるらしいわ」
「それ、どこの雑誌情報?」
「……恋愛指南書。麗しき騎士団の恋路という乙女ゲームの攻略本よ!」
「バッチリ乙女ゲーマーだった!」
「あ、あのね! それユウの好みじゃないって、昨日一緒に読んだ本に書いて――」
「ふふ、恋において情報戦は当然。先に動いた者が勝つのよ」
アナスタシアが勝ち誇るように微笑む横で、シアの耳がピクピク震える。顔も真っ赤だ。
ルルもじっと俺の隣に陣取って、手をぎゅっと握ってきた。
「ユウくん、変な女にさらわれちゃダメだよ?」
「誘拐されてるわけじゃないってば……」
「まったくもう! あなたたち、恋愛をなめてるわね!」
アナスタシアが急に立ち上がると、ドレスの裾を翻してぐっと俺に顔を近づける。
「次の作戦は、不意打ち密着戦術よ!」
「ふ、不意打ちっ――」
バッ。
彼女は俺のネクタイ『異世界仕様の襟巻』を軽く引っ張り、顔を近づけてきた。
「心臓の音が聞こえる……ふふ、どう? ドキドキしてきたでしょう?」
「いやいやいや……これは、反則っていうか……!」
目の前に迫る彼女の赤い瞳。吐息がかかるほどの距離。確かに、どきっとした。
でもその瞬間、頭の中でアラームが鳴った。
――告白遮断スキル、作動!
「んっ!?」
ブワッと風が吹き、庭の噴水が暴走。水柱がドーンと吹き上がり、間に立ちふさがるように俺とアナスタシアを遮った。
「な、なにこれっ!? 水、顔にかかったじゃないのっ!」
「まただよ……俺のスキル、告白とかラブ的な流れになると、物理的に妨害してくるんだ……」
「そ、そんな馬鹿な……っ!」
「……ざまあみろ。自業自得よ」
シアが勝ち誇ったように呟く。ルルはタオルを持って走ってきた。
「ユウくん大丈夫〜? タオル、使って!」
「ありがと……」
「あら、まだ終わってないわよ?」
アナスタシアは、水に濡れた髪をかき上げながら、妖艶に笑う。
「むしろ、濡れ髪+敗北からの再起……これこそ、乙女ゲームの真骨頂!」
「だからその知識どこから持ってくるの!?」
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夕暮れ。今日もまた、恋の勝負はドローだった。
神殿のバルコニーで、俺はぼーっと空を見上げる。
正直、疲れた。
でも、それと同じくらい、どこか楽しかった。
「――あなた、けっこう面白いわね」
後ろからアナスタシアが来て、横に並んで空を見上げる。
「は?」
「人間って、もっとつまらないかと思ったけど……案外、悪くない」
「褒めてんのかけなしてんのかわかんないな……」
「ふふん。じゃあ、こう言えばわかるかしら」
アナスタシアは、俺のほうをちらりと見て、髪を耳にかけた。
「あなたに興味が出てきたわ。ちょっとだけね」
その言葉は、どこか照れくさそうで、でも――真剣だった。
俺のスキルは、まだ告白を遮るけど。
その裏で、たしかに、恋が始まりつつあるのを感じていた。