異世界召喚!でも任務は恋愛?(後編)
「まずは、恋人らしい行動から試しましょう」
エルフ族の村に案内された俺は、シアに仮の恋人として引き取られる形になった。
村は森の中に溶け込むような作りで、木の枝が編まれたような家が空中に浮かぶ不思議な構造だ。なんだかジブ○っぽい。
そんな幻想的な場所に住むのに、彼女の言葉はあまりにも現実的すぎた。
「恋人らしい行動って……」
「例えば、手を繋ぐ。名前で呼び合う。あとは……お、おでこをくっつけるとか……」
しばらく間があった後、シアがぽつりと続けた。耳がまた真っ赤に染まってる。かわいい。いや、今はそういう目で見ちゃダメだ。
「……まずは、名前からだな。俺の名前はユウ。成瀬ユウって言う」
「ユウ……ね。私はシア。で、でも呼び捨てにしないで。敬意は払ってもらうわ」
「敬意を払って、シアさんか、シア様か……どっちがいい?」
「シアちゃん」
「今、敬意どこ行った?」
初対面でツッコミが止まらない俺はさておき、シアは真剣だった。どうやら彼女、本当に恋を学ぼうとしているらしい。
「……あの、手。つなぎますか?」
「い、いいでしょう。実験よ。これは文化研究」
ぎこちなく手を伸ばすシア。その手をそっと握ると、すぐにビクリと肩を震わせる。
「わっ……な、なんで……こんな、心臓が……っ」
シアの目が泳いでいる。おでこにじわりと汗。おい、大丈夫か。
「だ、大丈夫? 顔赤いぞ。熱あるんじゃ——」
「だ、大丈夫よ! これは……データよ! あなたの手が、意外とあたたかかっただけよっ!」
「それ、どう考えても照れてるだけだろ」
「ち、違うもん……!」
シアはぶんぶんと首を振り、ぷいっと顔を背ける。
そして、ふいにこちらを見つめ返した。少しだけ、真剣な顔だった。
「……ねぇ、ユウ。恋って、なんだと思う?」
「え?」
唐突な質問に、俺は答えに詰まった。
でも——不思議と、その問いは胸に残った。
恋ってなんだろう?
誰かに優しくされること? 一緒にいてドキドキすること? それとも、相手のことをもっと知りたいって思う気持ち?
「……俺もわからない。でも、わからないから、やってみるんじゃないかな」
「……そっか」
シアは、小さく微笑んだ。
その顔が、びっくりするほど綺麗で——
俺の心臓が、少しだけ跳ねた。
——が、そんな穏やかな空気は、あっさり壊される。
「よし、次は! 好きって言ってみて!」
「えっ!? いきなり!?」
「言って!」
何この圧。完全に理系の実験みたいなテンションなんだけど。
「し、仕方ないな……。好き……です……」
俺が言うと、シアは耳をふさぎながら蹲った。
「ぅあああああ……! な、なにこれ……っ、心臓が爆発しそう……! なんでこんな破壊力あるの……!?」
「いやそれ、言わせといて自分で爆発すんの……!?」
シアは地面に転がって悶えたまま、恍惚とした顔で天を仰いだ。
「こ、これが……告白……。すごい……。文化的衝撃がすごい……」
「もう十分すぎるほど文化研究してるだろ……」
と、ここで突然、指輪がピカッと光った。
「え?」
——バチィン!
次の瞬間、俺とシアの間に突如、半透明な壁のようなものが展開された。お互いの顔の間、ぴったり30センチの距離で。
「な、なにこれ!?」
『※スキル発動:恋愛防衛バリア《君の告白はまだ受け取れません》』
どこからともなく、ナレーションみたいな声が流れた。
「えぇぇぇぇぇぇぇっ!?」
シアが悲鳴を上げる。
「い、いまの、告白!? 告白って認定されたの!? そ、それなのに、なぜ阻まれるの……!?」
「いや、俺も知らん! 今の俺のスキルか!?」
『※恋愛の勇者ユウのスキルにより、「明確な告白」は自動で未成立となります』
うわー、これがあれか。アモルが言ってた、告白が成立しないスキル……!
「そんなのってある!? なにそれ、バグじゃない!?」
「ほんとそれ俺が言いたい!」
恋愛させといて、告白禁止ってどういう矛盾だよ!
——そんなこんなで、初日からハチャメチャだったけど。
でも、なんだかんだで。
少しだけ、楽しかった。
エルフ族のシアは真面目で、不器用で、それでも一生懸命で。
俺にとっては、初めての女の子との交流だった。
夜、ひとりで天井を見上げながら、俺は思った。
「……恋って、難しいな」
でも、そのぶん。
楽しいって気持ちも、きっとそこにあるのかもしれない。