それでも僕は恋がしたい
「ユウ、あんたさ……」
シアが突きつけるように言った。彼女の目は少しだけ潤んでいて、その瞳がユウを直視するのをためらっているようにも見えた。
「まさか、本気でヒメリアだけを選ぶつもり?」
「……それは、まだわからない」
ユウは、苦しそうに口を開いた。
彼の心は揺れていた。ヒメリアの告白を受け入れたとき、スキルの制限が解除され、最初はあの告白回避の呪縛から解放されたと感じた。しかし、同時に他のヒロインたちの心が痛んでいることを、ユウは確かに感じていた。
シアの胸にこみ上げてきた切なさ、ルルの無邪気に笑おうとしているけれど痛みが隠しきれない表情。彼らを無視してヒメリアを選ぶことができるのか──ユウの心は、深く葛藤していた。
「どうして、そんなに迷うのよ? 私は最初から、あなたに伝えたかったんだから」
シアの声が、少し震えていた。彼女の頬を伝った涙が、揺れる街灯の下でキラキラと輝いている。
「俺は……」
ユウの言葉は途切れる。あの笑顔の裏側に潜む、シアの本当の気持ちが見えた。彼女の心の中で、どうしてもユウに伝えたくて、どうしても一緒にいたくて、それでもあえて押し殺してきたものが。
「俺、恋愛経験ゼロだから……」
ユウは深く息を吸い込んだ。心の奥で、ひとつの決意が芽生えるのを感じた。
「でも、それでも──」
シアはすっと息を呑んだ。
「俺は一人の人を本気で好きになりたい。ちゃんと告白して、ちゃんと付き合いたいって思ってる。それが今、俺の一番の願いだ」
その言葉に、シアは少しだけ目を見開いた。
「だから……まだ、決められない。シアも、ルルも……まだ、ちゃんと向き合えてない」
ユウは、少しずつ心を整理しながら言った。無理に答えを出すことが、誰のためにもならないと感じていた。
「だって──」
そのとき、横から声が入った。
「なんだか、めっちゃカッコよくない?」
ルルが明るく笑った。その表情には、少しの涙と共に、迷いが消えていた。
「ユウくんが悩んでるの、わかるけど。そんなに真剣に考えてくれるなんて……やっぱり、かっこいいよ!」
「ルル……」
ユウは、彼女の無邪気な笑顔に少しだけ救われた。
「だからさ、別に焦らなくていいんだよ。私たちだって、時間が必要なんだから」
シアも、そっと手を握りしめた。
「私も、少しずつでもユウと向き合いたい。だから、無理に答えを出させないでほしい」
「……ありがとう」
ユウは小さく微笑んだ。気づけば、三人は少しだけ距離を縮めていた。シアもルルも、ユウに対して複雑な気持ちを抱えていたはずだった。でも、その気持ちを吐き出し、共感し合うことができた。
「でも、ヒメリアだけは譲れない」
突然、ヒメリアが声をかけた。
「私は……ユウ様を、ずっと待っていました。どんなことがあっても、ユウ様が私の元に来てくれると信じていました」
ヒメリアは涙をぬぐいながら、ユウを見つめた。その瞳は、今まで以上に深い決意が宿っているように見えた。
「だから、ユウ様が私を選んでくれると信じています」
その言葉が、ユウの胸を打った。
「でも、ヒメリア……俺は、まだ決めてないよ」
「わかっています。だからこそ、私は待ちます。ユウ様の気持ちが決まるそのときまで、ずっと待ち続けます」
ヒメリアの言葉に、ユウの胸が熱くなるのを感じた。彼女の強さと純粋さに、心の中で少しずつ引き寄せられている自分がいた。
「ありがとう、ヒメリア……」
ユウは、思わず彼女に向かって歩み寄った。彼女の手を取って、優しく握る。
「でも、これからは、君以外の誰かに心を決めたとしても──」
「わかっています。私も、ユウ様にしか心を向けません」
ヒメリアは微笑んだ。その微笑みに、ユウは本当に選ぶ時が近づいていることを強く感じていた。
──誰を選ぶべきか?
ユウは、もう迷い続けることはない。彼女たち一人一人が、自分にとってどれだけ大切な存在なのか、心の中でしっかりと考えていた。
でも、答えはまだ出さない。
「みんな、待ってくれている。でも、まだ時間が必要だ」
ユウは心の中で決意した。今、目の前にいる全員を、きちんと向き合って、答えを出すその時まで──。
「俺の初恋は、まだ始まったばかりだ」
その言葉が、胸に響いた。