初恋の記憶、揺れる心
夜の神殿庭園──。
空には満天の星が広がり、風はやさしく木々を撫でていた。
成瀬ユウは、一人、腰を下ろして空を見上げていた。
「……この空、なんだか地球にいた時と似てるな」
手元には、一冊の手帳。ヒメリアが落としていったらしい。
表紙には、丁寧な筆記体でこう書かれていた。
『ひめりあの、こいにっき』
ページをめくると、整った字で今日のことが記されていた。
『ユウ様が、お風呂で頭を撫でてくれました。きゅんとしました。もしかしてこれは、恋……?』
『それとも病気……? どちらでもいい気がしてきました……』
「病気と恋、どっちでもいいはさすがにヤバいな……」
くすりと笑いながら、ユウは手帳を閉じる。けれどその胸の奥には、ずっと引っかかっている感情があった。
──夢。
ここ数日、何度も見る奇妙な夢。
金髪の少女。星空。手を引いて笑っていた。何かを約束した気がする。けれど──
「……思い出せない」
「それって、もしかして、初恋じゃない?」
声をかけてきたのは、いつの間にか隣に来ていたシアだった。夜風に銀髪が揺れる。
「夢って、案外記憶の奥に埋まってる本音だったりするのよ。特に……誰かを想ってる時は」
「想ってるって……俺、まだ誰のことも……」
「そう? 最近、ヒメリアのことばっかり見てる気がするけど?」
「なっ……! そ、そんなこと……!」
「ふふ、図星ね」
シアは珍しく柔らかく微笑んで、手をそっと伸ばしてきた。
「でも……少しくらい私のことも見てよね?」
指先が触れそうな距離。
けれどその瞬間、ユウのスキルがピクリと反応し──
「──危なっ!」
突然、頭上の木からルルが飛び降りてきて、二人の間に着地した。
「むっふ〜、なんかいい雰囲気〜!」
「うおっ! びっくりした!」
「だって、ユウくんが、また誰かとくっつきそうモードになってたから〜。スキル発動しちゃう前にね!」
「お前、監視係かよ……」
ルルは悪戯っぽく笑い、ユウの腕にぴとっとくっついた。
「でもさ、ユウくん……本当に誰も選ばないの? 今は全員好き状態っぽいけどさ」
「俺は……そんな軽い気持ちで、好きって言いたくないんだ」
ユウは真剣なまなざしで夜空を見上げた。
「誰か一人を、本気で好きになりたい。初恋を、大事にしたいって……そう思ってる」
「…………っ」
シアも、ルルも、ふと視線を逸らした。
そのとき──背後からそっと歩いてきた誰かの気配。
「ユウ様……」
振り向くと、そこにはヒメリアが立っていた。胸元にそっと抱きしめるように手帳を持っていた。
「それ……!」
「はい。あの、すみません……日記、読まれましたか?」
「……うん、少しだけ」
「恥ずかしいです……でも、嬉しい」
ヒメリアは小さく微笑む。そして、ぽつりと呟いた。
「わたし……思い出したことがあります。小さい頃、空から落ちそうになったとき、誰かに助けてもらったんです」
「──!」
「その人は……手を引いてくれて、『泣かないで』って言ってくれました」
「それって……」
ユウの脳裏に、幼い頃の夢がフラッシュバックのように蘇る。
金髪の少女。泣いていた彼女の手を、幼い自分が握った。
──また会おう、絶対に。
その言葉が、記憶の奥から響く。
「まさか……あの時の……!」
「ユウ様……やっぱり、あなたでしたか」
ヒメリアの目に、ぽろりと涙が溢れる。
「初めて心臓が痛くなった人が、あなたで……嬉しいです」
「それ、恋だからね!? 病気じゃないからね!?」
必死のツッコミを入れながらも、ユウの胸は高鳴っていた。
初恋。夢の記憶。そしてヒメリアとの再会。
それは、まだ始まったばかりの、けれど確かな想いの証だった。