異世界召喚!でも任務は恋愛?(前編)
目を覚ましたとき、俺は、空を飛んでいた。
いや、厳密には「空を飛ばされていた」だ。
巨大な魔法陣の中心にある柱状の光に吸い上げられ、体はぐるんぐるん回転しながら、見たこともない大地へ一直線。
「ちょ、ちょっと待てって!俺、そんな暇じゃ——」
言いかけた瞬間、ふわっと体が軽くなり——
ズガァァァン!
地面との初対面は、顔面からだった。
「いったぁ……なにこれ、夢か……?」
土のにおいが鼻を突き、芝生の感触が頬に冷たい。俺はゆっくりと身を起こし、周囲を見渡す。見上げれば、見知らぬ空。紫がかった空に、銀色の三日月がふたつ。
うん。これは完全に異世界だ。
「やっと目覚めましたか、恋愛の勇者様」
——声がした。澄んだ、どこか鈴のような音色。
視線を向けると、そこには金色の髪をもつ女性が立っていた。白いローブ、透き通るような肌。背中には——天使のような羽が生えている。
「あなたを、この世界へ召喚した者です。名を、アモルと言います」
「えーっと……異世界召喚って、あの、魔王退治とか……?」
「いえ、違います。あなたには、この世界に恋愛を根付かせていただきます」
……は?
俺の頭はしばらくフリーズした。
「れ、恋愛……?」
「そうです。異種族間の恋をこの世界に広めるのが、あなたの使命です」
目をぱちぱちさせていると、アモルが手を掲げた。空中にパッと映像が浮かび上がる。そこには、獣人、魔族、エルフ、スライム……さまざまな種族の女性たちが映っていた。
全員、めちゃくちゃ美人だ。
「この世界では、種族ごとに価値観も文化も異なり、恋という概念が存在しません。争いも絶えません。しかし——恋を知ったとき世界は変わるのです」
「ちょ、ちょっと待って! なんで俺なんだよ!」
「あなた、恋愛経験ゼロで、少女漫画と乙女ゲームに詳しいそうですね?」
「なんでバレてんだよ!」
俺の中学時代の黒歴史を掘り返すのはやめてほしい。
「人間界で、理想のラブコメを追い求めていた者。あなたが適任なのです」
アモルはにこやかに微笑んだが、俺に拒否権はないらしい。気がつけば、左手に金のリングがはまっていた。じんわりと光るそれは、俺の契約の証らしい。
「では、がんばってくださいね。恋愛の勇者様」
「いやちょっと!詳細を……!」
言い終わる前に、俺の体はまた光に包まれ——
ドサッ!
今度は草原に落ちた。ついさっき顔面から落ちたばかりなのに、背中で地面にぶつかるのは新鮮だった。
そのとき——
「そこにいるのは……人間?」
少し離れた茂みから、誰かが歩いてきた。
すらりとした長身。流れるような銀髪。エメラルドのように澄んだ瞳。細長い大きな耳……明らかに、普通の人間ではない。
その少女は俺を見ると、やや警戒した様子で問いかけてきた。
「……あなた、どうしてここに?」
「あ、えーっと……その、召喚されて——」
俺が言いかけたとき、彼女の目がきらりと光った。
「まさか……あなたが恋愛の勇者?」
「……うん、たぶんそうです」
その瞬間、彼女はぎこちなく咳払いをした。
「私は、シア・フェルリナ。エルフ族の長の娘……であり、恋愛研究会の会長よ」
「れ、恋愛研究会?」
「異種族間交流のために設立された文化的機関よ。……でも、正直に言うと——」
シアは言いにくそうに視線をそらす。
「……誰一人、恋愛を体験したことはないの」
「……それで、俺の出番ってことか」
なるほどな……。
状況はよくわからないが、つまり俺は、恋愛経験ゼロ同士で恋愛の真似事をする羽目になったらしい。
「でも勘違いしないでよね!」
唐突に、シアが耳をぴくっとさせて言った。
「私は別に……あなたに興味があるとか、そういうわけじゃないから。ただ、研究対象として——」
わかりやすい。
顔は真っ赤、耳がぷるぷる震えている。完全にツンが暴走している。
「じゃあ、研究対象として……よろしくな?」
俺が手を差し出すと、彼女は戸惑いながらも握り返した。
こうして、俺の「異世界ラブコメハーレム生活(恋愛任務付き)」が、始まったのだった。