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第6話 ファンタジア

11.


「――こないっすねえ」

 しばらくして、長い沈黙を破るように胡桃が口を開いた。すでに何本ものタバコが灰になって消えている。


「・・・そうだねえ」

 それにザルアネリが力なく応える。


「・・・・・・」

 僕は何も言うことができなかった。あれから4時間が経とうとしている。すでに町の灯りのほとんどが消え、静かな深い夜の空気がこの世界を包んでいた。


「・・・ここまでっすかねえ。ま、現実なんて、そんなもんっすよ」

 胡桃が不機嫌そうに言い捨てた。その言葉とは裏腹に、胡桃も本音では期待していたのだろう。


 それを僕とザルアネリもわかっているので、何か言い返すことはしなかった。

「うん、そうかもねえ」

 ザルアネリは少しの沈黙の後、明るい口調でそう言った。それが僕にはとてもさみしく聞こえ、いたたまれない気持ちにさせた。


「やっぱり、僕は町を出ることにするよ」

「そんな、まだわからないじゃないか」

 僕はそう言ってザルアネリの顔を見た。すると、彼女はとても優しく微笑んで僕を見る。


「うん、でもいいんだ。君と胡桃さんとこうして楽しい時間を過ごせたんだもの。それだけで充分だよ」

 その無垢な微笑みが、僕にはとても痛々しく、切なく映った。胡桃は、ただ黙って空を見上げ続けている。


「銀河鉄道は、きっとあるよ。でも僕には気づいてくれないだけさ」

「いや、でも・・・」

 僕は言いよどむ。


「でも、こんな不思議な世界なんだ!これくらいのファンタジーがあったっていいじゃないか!王道だろうよ!」


 僕が叫んだ、その時だった。


 あっ、と胡桃が声を上げた。そして星空を指差す。


「あれって・・・」


「え?」

 僕とザルアネリは胡桃の指差した方向に目を向ける。


 それは最初、小さな星のように見えた。しかし、それは段々と大きな光となって、こちらに近づいてくる。それに伴い、蒸気の吹き上げる音と車輪の軋む音がかすかに聞こえてきた。


「ああ・・・」

 ザルアネリが声を漏らす。

「まさか・・・」


「銀河鉄道だ」

 僕は思わず、そう言っていた。


「わあ。わあ・・・」


 ザルアネリは小さな歓声をあげた。それは小さくても、心から溢れ出る、とても綺麗で、胸に強く響く歓声だった。きっと、こんなに美しい歓声は二度と聴けないだろう。


列車が僕たちに自分の到着を知らせるように、遠くから汽笛を鳴らした。


「ありがとうねえ。本当に来たよ。わあ、夢のようだねえ。いや、きっとこれは夢なのかもしれないねえ。だって、こんなに幸せな気持ちなんだもの」


 ザルアネリは目からぽろぽろと大粒の涙をこぼしながら、ぴょんぴょんと飛び跳ねる。


「だから言ったじゃないか」

 僕は何てこともないかのように言ってのける。自分の足が緊張と興奮で震えるのを感じながら。

「ほんとだねえ。幸せだねえ」

ザルアネリは何度もうなずく。


 胡桃はそんな僕に抱きつきながら何度も僕の体を揺らしている。

「信じられない・・・。この世界にはありえないことが起こった。貴方とザルアネリの行動がきっかけとなって、この世界の組み合わせが変わったんだ」


 胡桃は放心したように口をぽかんと開けていたが、興奮するようにそんなことを言い始めた。


「でも、これはこの世界の創造主の貴方だからできたことだ」

 胡桃はこちらを見て、珍しく賞賛を含んだ声でそう言った。しかし、今の僕にはそんな胡桃の褒め言葉をまともに受け取る余裕はなかった。


「そんなことはどうでもいいさ。今はこの本物の銀河鉄道を見ようじゃないか」

 すると胡桃は、はっと我に返ったように目の焦点を合わせた。

「それも、そうっすね」


 胡桃はそれだけ言って、恥ずかしがるようにぷいっとそっぽを向いた。

 銀河鉄道は、次第にその姿をはっきりと現し始めた。

 黒光りした上等な造りの車体、辺り一面を照らすフロントライトは、まるで朝日のようにこの町の夜を眩しく染めた。


 銀河鉄道は、僕たちの作った看板の前にゆっくりと停車した。


 そして、銀河鉄道は汽笛の音を大きく響かせる。


 それは自分の存在を町の人々に知らせるかのようで、自分の存在を信じて待ち続けたザルアネリを歓迎する祝砲のようだった。


 その汽笛を合図に、町の家々の灯りが一斉に点きだした。どうやら町の住人たちがこのただならぬ事態に気づいて起きたようだ。


 僕はざまあみろ、と心の中で叫んだ。つもりが実際に口に出してしまっていた。

「何がざまあみろなんすか!?」

 胡桃が耳を塞ぎながら大声で叫ぶ。エンジンと蒸気の音が大きくて、周りの音がよく聴こえないのだ。


「ザルアネリを馬鹿にして笑っていた連中にさ!ザルアネリは間違っていなかったんだ!ざまあみろってね!」

 そして僕は思い切り笑ってやった。笑いすぎて涙が出た。優しいザルアネリはそんなことなんて思わないだろうから、代わりに僕がそいつらを馬鹿にしてやるんだ。


 突然、ベルが鳴り響いた。出発の合図のようだ。煙突から蒸気が激しく吹き出した。


「それじゃあ、僕は行くねえ。ありがとうねえ」

 ザルアネリは乗車口に向かって歩き出した。僕と胡桃もザルアネリの後についていく。

「チケット、持った?」

「もちろん」

「ザルアネリ、本当によかったっすね」


 胡桃が声を少し震わせながら、そんなことを言った。目が潤んでいるのは煙のせいだろうか。


「うん、ありがとう胡桃さん。君も僕のことを、ずうっと気に掛けていてくれたよね。他の人達が僕のことを笑っていても、君だけは笑わなかったよね。そして、悔しそうにしてくれたよね。僕はそのことに、ずうっと前から気づいていたよ」

 ザルアネリは本当に嬉しそうに笑った。


「・・・そうっすか」

 胡桃はそれだけ言うと、顔を隠すように黙って帽子を目深に被った。


「仲間によろしくね」

 僕はザルアネリと握手を交わした。ザルアネリの手は小さくて、柔らかくて、とても温かかった。

「うん。君たちのことは絶対に忘れないよ。仲間にも君たちのことを話して聞かせるんだ」


 ザルアネリはそう言うと、ふいにこちらへ近づき、僕の唇にキスをした。


 思わぬことに、僕はそのまま固まってしまう。


「本当にありがとう。そして、さようなら。寂しくなったら空を見てごらん。お月様には僕がいるからね。そうすれば、きっと寂しくなくなるよ」

「そりゃ、いいっすね。いつでも会えるっすね」

「うん。きっと会えるよ」

 ザルアネリは、ぴょんと汽車に飛び乗った。


「さようなら、ザルアネリ。元気で」

 胡桃が小さく手を振った。


「君たちも、どうか元気で」


 それを合図に、ドアが閉まった。汽車はまた大きく汽笛を鳴らすと、蒸気を吐き出しながらゆっくりと動き始めた。


 そして銀河鉄道は次第にその速度を上げていった。最後の汽笛を鳴らす頃には、すっかりとその姿は小さくなり、終いには遠くの空へゆっくりと消えていった。


12.


「――行っちゃいましたね」

 胡桃がさみしそうに呟いた。

「そうだね」

 僕はそれだけ言った。


「何、興奮してんすか」

 胡桃がからかうように言う。

「してねえよ」

「キスぐらいでウブっすねえ」

「うるさいな。ファーストキスだったんだよ、こんちくしょう」

 僕はふん、と吐き捨てるように言った。


「え、そうなんすか」

 胡桃は意外そうな声を上げた。

「ま、でも相手がザルアネリでよかったっすね」

「ま、ね」


 それは確かにその通りだ。後悔なし。むしろラッキーと言えるだろう。

 ただ残念なのが彼女に連絡先を聞いてないことと、もし付き合うとしても究極の遠距離恋愛になってしまったということだ。


 それに彼女とは、もう二度と会えないだろう。そんな気がした。


「しっかし、本当に来ましたね」

 胡桃が淡々と言う。

「だから言っただろう」


 僕は自慢げにそう返したが、今も自分の心臓が激しく鼓動しているのがわかる。

 まさか、本当に来るとは。決してそのことを信じていなかったわけではなかった。むしろ、なぜか来るという根拠のない自信はあったのだ。


 しかし、実際にあんなことが起こるとやっぱり信じられないものなのだ。


「何だか、ずるいっすよ。あっさりとこの世界の仕組みを変えちゃって。あっしにはどうすることもできなかったのに」

 胡桃はふてくされる様に口を尖らせていった。


「僕も何がなんだかわからないよ。でも、胡桃が涙もろいのはわかったよ」

 僕は胡桃の頭を小さい子にするように撫でた。

「うるさいっすよ」


 胡桃はそう言って顔を背けるが、なすがままで撫でられている。この子もこれくらいしおらしい方がかわいいのになあ、と僕は思う。

「あっしは観察者なんす。だから仕方がないんす」

「はいはい」

 僕はからかうこともせず、ただ頷く。


 そこで僕は、さっきお店でモネラムさんが言っていたことを思い出した。

「そういえば、僕が特別な人ってどういうこと?」


「・・・ああ」


 胡桃は特に嫌がる様子もなく応えた。お店ではあんなに嫌がっていたのに。


 今の胡桃からはどこか吹っ切れたような感じを受ける。さっきの、ザルアネリと僕たちに起こった夢のような出来事がその理由なのだろうか。


「あっしが、母親に殺される世界があるってちらっと話しましたよね?」

「うん」

「その世界では、貴方があっしの父親だったんすよ」

「え?」


 唐突な話の展開に、僕は戸惑いを隠せない。色々な世界があるとは聞いていたけど、そこで生きている人間達の関係性も変わるのか。


「それだけじゃない。不思議なことですけど、あなたと私はどの世界でも深い繋がりがあるんす。それと、さっき店で話した平行世界へ行ける他の条件ってのは、私に関わる人に限ってしか案内ができないってことなんす」


 つまりそれって、究極の腐れ縁ってことか?


「ちなみにその世界の貴方は、あっしの存在が全てだったんす」

 胡桃はそう言って僕の目を見た。

「じゃあ、君が、その・・・殺されて、その世界の僕は、どうなったの?」

「知りません。知りたくもない」

 胡桃は憮然とした様子で目を伏せた。その目は怒りと喪失が入り混じった色を含んでいた。


「あっしは自分が何なのか、知りたいんす。なぜあっしだけがこんな異世界旅行ができるのか、あっしという存在の意味とはなんなのか。色々な世界にいるあっしを見れば、その答えがわかる気がするんす」


 そうして胡桃はゆっくりと息を吐いた。この子は僕が想像もできないような複雑な事情や、途方もない苦労を抱えていたのだ。


「でも、『この世界の私』は、幸せな結末で良かった」


「え、どういうこと?」

 僕はわけがわからず尋ねる。『この世界の私は』?


 すると、胡桃は優しく微笑んでこう言った。

「ザルアネリっていう言葉はね、あなたの世界の言葉で翻訳すると、『胡桃』って意味になるんすよ」


 それじゃあ、あの子は・・・。そうなると、僕の初接吻の相手って・・・。

「ではでは、帰りましょうか。貴方の世界へ」


 胡桃はいつの間にかライターを取り出していた。そして自分の手を僕に差し出す。

 僕は少し躊躇しながらも、その白くて、小さくて、柔らかい手をそっと握った。


 僕はライターから溢れ出すダークブルーの煙に包まれながら、最後に月を見上げる。


 すると、月が幸せそうに笑っているのが見えた。

次で最終回です。よろしくお願いします。

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