第5話 庭
8.
「――できた」
僕は自分の血だらけの指を見て軽くひきながらも、満足げに呟いた。途中、3回ほど釘が刺さり、5回ほどトンカチで指を打ちつけたのだ。
この時ばかりは、さすがの胡桃も純粋に僕の心配をしてくれた。
「わあ、とても素敵だねえ」
ザルアネリは興奮気味に、しかし控えめに小さくぴょんぴょんと飛び跳ねる。こんなにかわいいうさぎさんが存在したのか、と僕の顔も思わずほころんでしまう。
「こいつは、なかなかの力作っすね」
胡桃も感心するように完成した看板を見つめている。
「チケットはできた?」
僕が尋ねると、胡桃とザルアネリはお互いの顔を見合わせて微笑む。
「ふふふ。じゃーん」
ザルアネリが自慢げに差し出してみせたソレは、とてもレトロチックで高級感のあるデザインだった。
それは紛れもなく列車のチケットであり、切符であり、乗車券だった。
「おお・・・」
僕はそのチケットの完成度の高さに思わず唸る。まるでほんとにあるチケットみたいじゃないか。しかも高級列車のソレだ。
「胡桃って、器用なんだな」
僕は思わず呟く。
「なーに言ってんすか。あっしがしたのはデザインだけっす。作ったのはザルアネリっすよ」
「そうなんだ。さすが、この家を作っただけはあるな。というか、デザインも洒落てるよ、かなり」
「またまたー。上手っすねえ。お礼にキスくらいならしてあげますよ」
胡桃は照れたのをごまかすように茶化した。
「さあ、ではでは、さっそく家の前に飾りましょうか」
胡桃が、ぱん、と手を叩いて言った。
9.
――庭に出ると、町の灯りが丘からの景色の下半分を優しく包んでいた。そして景色の上半分には目がくらむような星空が広がっている。
僕はその迫力に息を呑んだ。
これは、すごい。
僕たちは庭にあるベンチに腰掛けた。
「さむいねえ」
ザルアネリが体を震わせて、首に巻いたスカーフに顔を埋めた。
「チケット、持った?」
念のため、僕は聞いた。
「うん」
そういうとザルアネリはポケットからごそごそとチケットを取り出した。
「来るかなあ」
「さてねえ。どうでしょうか」
胡桃は煙草をふかしながら、さっきまでの態度とはうって変わって白けた口調で呟いた。
「来るよ、きっと」
僕はあえて力強く答える。
「うん。来て欲しいなあ」
ザルアネリはそう言って、夜空を見上げた。僕も黙って星空を見上げる。
「そうっすねえ。そうなると、いいなあ」
僕の隣で、胡桃がぽつりとそんなことを呟くのが聞こえた。