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第4話 工作

6.


「――やあ。君は胡桃と一緒にいた人だね?」


 ザルアネリが僕の姿をみてやわらかく微笑む。


「うん、ちょっといいかな?」

 僕は彼女が座っているベンチを指差して聞いた。


「もちろん。いいですよ」

 僕は彼女の隣に腰掛けた。そして、お互いに黙ったまま空を見上げる。


 僕は沈黙を恐れて会話が途切れないように話し続けるタイプなのだが、不思議なことにこの子との沈黙は居心地が良かった。


「・・・君も、僕を笑いますか?」

 しばらくの沈黙の時間のあと、ふいにザルアネリが僕に尋ねる。ボクっ子かこの子。

「いや、そんなつもりはないよ」

 僕は即座に否定した。そうすることで本当にそう思っているのだとザルアネリに伝えたかった。


「へえ。なら君も変わっているのかなあ。うん、きっとそうだ。それなら君のところにもジョヌス達がからかいにくるよ。彼らはいつも僕をいじめるんだ。石を投げたり、僕の畑をめちゃくちゃにしたりするんだ」

 ザルアネリはおっとりとそんなことを言ってのけた。その口調と話の内容のギャップに僕は驚く。


「ひどいな、それは。やめろって言わないの?」

「別にいいんだ。もうすぐ僕は銀河鉄道に乗ってお月様のところへ行くのだから」

 ザルアネリはあきらめたような口調で言う。

「本当に来ると思うの?」

「きっと来てくれるよ。だって昔から月にはうさぎがいるって言われているんだからねえ。だったら僕もそこへ帰らなければいけないよねえ」

 ザルアネリは淋しそうに言った。


「いけないなんてこともないだろ。この町でみんなと仲良く暮らしていけばいいじゃないか」

「それは駄目なんだよ。だって、ここは僕の居場所じゃないのだから。なにせ、この町の人々はみんな僕をいじめるのだから」

 ザルアネリは僕の提案を静かに否定した。


 僕はその疲れたような話し方に、彼女のこの十年の苦労をほんのわずかだけど窺い知ることができた。


「でもね、お月様には僕の仲間がたくさんいるんだよ。それはそれはたくさんね。そこにいる人々は僕にとても優しくしてくれるのさ。うん、きっとそうだよ」

「そうかなあ」

 僕は曖昧に応える。

「きっと、そうだよ」

 ザルアネリは優しく呟いた。


「うん。君がいうなら、そうかもしれないね」

 僕は本当にそんな気がしてきて純粋に肯定した。

「君は優しいんだなあ。僕の話をちっとも馬鹿にしないんだから」

 ザルアネリは少し意外そうな口ぶりで言った。


「いや、もう色々とあってね。この世界の常識がわからないんだよ。こんな世界なら銀河鉄道くらい当たり前にありそうな気がするんだけどなあ」

僕は空を見ながらぼやいた。

「やっぱり、君も変わっているんだねえ」

 ザルアネリはそんな僕の言葉を聞いて、控えめにくすくすと笑った。


「この世界じゃ僕もそうかもね。ただ、絵本にはこの世界のような話がたくさんあるから」

 正直、僕は絵本の類は全然読んだことがないけどね。


「へえ。そのお話の中には銀河鉄道もあるのかい?」

 ザルアネリは僕に熱っぽく尋ねた。熱っぽくとはいってもぬるま湯くらいの温度だったけど。なんとまぁ本当におっとりしてる子だこと。


「もちろん。当たり前のようにあるよ。そしてここは、絵本のようにファンタジックな世界なんだもの。銀河鉄道くらいあるだろうよ」

 僕は勢い良く答えた。残念ながら、僕の知っている銀河鉄道は死者を乗せていたけれども。それでも、まぁ。そこは内緒にしておこう。

ザルアネリはそんな僕の話をどこか哀しげに聞くと、ぽつりと言った。


「・・・実は、僕は町を出ようかと考えているのです」

「なぜ?来るって信じてるんだろ?」

 僕は驚いて聞く。

「たまに信じることに疲れちゃうことだってあります」

 ザルアネリはふうっと息を吐いた。


「いいじゃないか。信じ続ければ。こんな不思議な世界だもの。それくらいのファンタジーがあったっていいじゃないか」

 僕は熱っぽく言い返す。それはお湯くらいの温度だ。

「ふふ、やっぱり君は変わっているなあ」

 ザルアネリは弱々しく微笑んだ。


「君もただ待っているだけじゃあダメなんだよ。こちらからも激しくアクションを起こさないと」

 僕は思いつきでそんなことを提案した。


「でも、この町で一番の見晴らしのいい丘に引っ越したし、焚き火は毎日おこしているよ。銀河鉄道に気づいてもらえるようにね。他に何をやればいいんだい?」

 そこで僕は思わず沈黙する。どうしよう。この子、ちゃんとアクション起こしてたよ。


 僕は困って考え込む。それと同時に思った。


 ――でも、これっていいことなんじゃないのか? 


 彼女は十年も縛られていた銀河鉄道の妄想から抜け出して、やっと前を向いて生きようとしているんだから。

 なんで、それを僕は素直に良しとできないんだろう。

そもそも前を向くって、なんだ?

どこが前かなんて、人によって違うだろうに。


もしかしたら、僕はこの世界の不条理さに腹が立っているのかもしれない。


 うん、そうだよ。不思議なタバコや飲み物があって、牛や羊が喋って、ひよこの大群が行進して、森が光って、月が気持ちの悪い顔をする世界なんだ。それなのになんで銀河鉄道がないんだよ。ファンタジーの王道だろう。それくらいあってもおかしくないぞ。むしろあって然るべきだ。


 それに僕は、このザルアネリという子がとても好きになった。この子の小さな願いが叶わなくて、何がファンタジーだよ。ファック・オフ。


「えーっと・・・。そうだ、君はチケットは持っているのかい?」

 僕は最初にぱっと思いついたことを口にする。

「チケット?」

ザルアネリは不思議そうな顔をしてオウム返しに聞く。


「乗車券だよ。それがないと列車が来たとしても乗ることができないじゃないか」

 僕はいかにも自信ありげに説明をした。

「そうなのかい?」

「そうだよ。あと、そうだ。駅の看板も作らないと。もしかしたら、銀河鉄道もここが駅だとわからないのかもしれないよ」

 すると、ザルアネリの顔がぱっと明るくなった。


「わあ、それは思いつかなかったなあ。材料ならたくさんあるよ。なんたってこの家は僕が作ったんだから」

 ザルアネリは自慢げに言った。その表情はきらきらと輝き出している。

「マジか。すごいな。じゃあ早速、作ろう。町を出るのはそれからでもいいじゃないか」


 僕はベンチから立ち上がると意味もなくストレッチを始めた。


7.


「――なーにやってんすか?」

 胡桃が開いたドアにもたれかかりながら、冷ややかに問いかけてくる。

「なにって、僕達が優雅に紅茶を召し上がっているようにでも見えるのか?」

 僕は慣れないノコギリ作業に苦戦しながら、何とか皮肉で応える。


「みえないっすねえ」

「じゃあ、ほっといてくれ。これは、ただの趣味だ。こいつらの木目をズタズタにするのが好きなんだ」

 そもそもノックもせずに勝手に人の家に入った挙句、そんな態度で唐突に話しかけられたら僕だっていい気分はしない。わけではなく、本当は胡桃の訪問が嬉しかった。

 しかし、間違ってもそのことは胡桃に言わない。


「ふーん」

 胡桃はそう呟きながらも、部屋中に散らばっている木片や釘を手で弄び始めた。

「ねえ、チケットってどんなのだい?こんなのかい?」

 ザルアネリがやけに大きな画用紙にぐちゃぐちゃの呪文のようなものを描いて見せる。とてもチケット、切符、乗車券とはよべない代物だ。


「おお、なんとまあ斬新なデザインですこと。ちょっと待ってて。この木を切ってから・・・」

 胡桃が来る前までは、黙々と作業していたおかげか、看板の形はほぼ出来上がっていた。

 あとはこの衝立になる木を切って、看板に打ちつけるだけだ。その後にペンキで文字を書けばいい。いや、書いてからの方がいいか。


「うーん。僕には想像ができないなあ」

 ザルアネリは困ったように呟く。しかし、その言葉にはどこか楽しそうなニュアンスが含まれていた。


「ちょっと、失礼」

 胡桃がザルアネリの隣に割り込んだ。

「なんだよ」

 僕はこれが礼儀だとばかりに胡桃に絡む。


「だって、見てらんないっすもん。そもそもこの世界の人たちはチケットなんて知らないんすよ。そんな概念がないんだから」

 胡桃は恥ずかしそうに言い訳をした。どうやら自分も参加できる理由を探していたようだ。


 とは言っても、もちろん僕も胡桃もそんなことはお互いに理解している。このやりとりはただの通過儀礼なのだ。

「無駄な時間になるかもしれないよ」


 僕は一応、確認をしておく。これは遠まわしにザルアネリに伝えたつもりなのだが、彼女は鼻歌を唄いながらまた何か紙にぐちゃぐちゃと何か描きなぐっていて、こちらのやり取りなどまるで聞いていなかった。


 胡桃は僕の言葉を聞くと、手をひらひらとさせる。

「別にいいっすよ、結果なんて。こういうのは過程を楽しむことが大事なんす。あっしは淡白なつまらない人間にはなりたくないんでね」


 そう言って胡桃は、ペンを器用にくるくると回しながら、ザルアネリに正しいチケットとはどういうものなのか説明を始めた。


「楽しいねえ。実に楽しいねえ」

 胡桃の説明を聞きながら、ザルアネリはふわふわと笑う。

「そうでしょ?楽しまなきゃ損ってなもんですよ」


 胡桃もいつの間にか腕まくりなんてしている。かわいい女の子が二人できゃっきゃ言いながら作業している横で、僕は自分の指にトンカチを激しく打ちつけて声にならない悲鳴を上げた。

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