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第6話 迫る毒牙

夜。

空は(くも)っていて月も星も見えない漆黒(しっこく)(やみ)が広がっている。それでも街の明かりと、深夜営業の店から漏れる明かりで真っ暗闇というわけでもなく、それなりに明るい。

そしてホテルのような5階建ての建物、即ち百獣王(ひゃくじゅうおう)を決める儀式である百獣大戦(ひゃくじゅうたいせん)の大会が行われる会場の廊下を少女が1人で歩いている。

年の頃は10代後半くらいだろうか? 整った顔立ちに美しいショートヘアの紫色の髪の毛、そしてまるで宝石のように美しく輝くエメラルドグリーンの瞳が特徴的な少女だった。

ただその服装は少々奇抜に思える。

まず目を引くのは夜に溶け込むような漆黒の踊り子の衣装。妖艶に肌を露出させ、背中部分も露出させている。彼女の衣装は胸元と肩周りが大きく開いたものであり、大きな胸や美しい鎖骨が露わになっていた。さらにはスカート部分もかなり短く、太ももやへそなども露出しており、彼女が動くたびに(つや)やかな生足が姿を見せる。そして頭を飾るのは大きな宝石のついた髪飾りで、その(きら)びやかな輝きが少女をより一層輝かせていた。

その少女は何かを探すようにキョロキョロと周囲の様子を窺っていた。すると1人の男が歩いてくるのが見えた。少女は素早い動きで物陰に身を隠す。


「あーあ、夜勤(やきん)ってしんどいよなあ。時給もそんな良くないのにこんな時間まで働かされるんだぜ」


どうやらその男は会場の従業員のようで、欠伸(あくび)をしながら廊下を歩いていた。少女の隠れている物陰の前を通りかかるが、彼女に気が付く様子は無い。少女はそっと彼のズボンのポケットからフロア・マスター・キーを取り出した。その音も無く、素早い動きに従業員の男は全く気が付いていなかった。従業員の男がそれに気づくことなく通り過ぎていくのを見とどけた彼女はほくそ笑むと目的の部屋まで移動を開始した。



百獣大戦の第1回戦で激闘の末に悪徳令嬢のルナと彼女のパートナーである馬族(うまぞく)のユニスに勝利した龍族(りゅうぞく)の王女シンルーと彼女のパートナーである12歳の野生児ラギは百獣大戦の大会が行われる会場の選手控室兼(せんしゅひかえしつけん)プライベートルームである418号室でベッドに横になり、眠りについていた。だがシンルーは眠れないのか何度も寝返りを打っていた。


「どうしたんだ、眠れないのか?」


ベッドから上半身を起こしてラギが話しかけた。彼もまた眠れなかったらしく、目がぱっちりと開いていた。


「うん……なんだか心がざわざわして……なんだか落ち着かない」


「戦いが終わった後だから緊張しているんじゃないのか?確かに百獣大戦なんて初めての経験だったからな」


「それもあるんだけど……」


シンルーは言葉を詰まらせる。


「……どうした?」


「……うん。さっきから妙な気配がするんだよね……」


「妙な気配?」


シンルーの言葉にラギは首を傾げる。


「うん。何かね、殺気のようなものが近づいてきてる気がするんだ」


「何だって?」


ラギも起き上がり、周囲を見渡すが何も見えない。だがシンルーの直感は()えわたり、彼女の言葉は信用できると知っているラギはそれを信じた。彼はベッドから降りるとリビングへと歩いて行く。

その瞬間を見計(みはか)らうかのように何かが彼の首に巻き付いた。


「ぐっ!?」


その巻き付いたものはラギの首を()め上げ、彼を宙づりにした。ラギは首に巻きつくそれを外そうとしたが、凄まじい力で締め付けられて全く身動きが取れなかった。


「王族のくせに意外と勘が鋭いのですね、シンルー王女殿下(おうじょでんか)


その声にシンルーも飛び起きた。そして彼女が見た光景は信じられないものだった。鍵を閉めたはずの部屋のドアが開いており、リビングにいたのは十代後半くらいで整った顔立ちに美しいショートヘアの紫色の髪の毛、そしてまるで宝石のように美しく輝くエメラルドグリーンの瞳が特徴的な少女であった。彼女は夜の闇に溶け込むような漆黒の踊り子の衣装を着こなし、いかにも妖艶なオーラを(まと)っている。そして彼女の右手にはラギの首に巻き付いている(くさり)が握られており、それで彼の首を絞めつけていた。


「君は……シャルティナ……なのか?」


シンルーは声を絞り出す。


「これは失礼いたしました」


シャルティナはラギの首を絞めつけている鎖を手放すとため息をついた。


「あなたのような高貴な身の上の御方には下賤(げせん)な私の名前など、とうの昔に忘れ去っているものと思っていました。まあ、だからといってそれであなたの罪を許すつもりはありませんが」


「やはり、君はあの時のことを……」


そうして彼女は5年前にシャルティナをはじめとしたバペルタリア王国の若い女性たちが奴隷として自分の国で働かされていたことを思い出しながら苦しそうに(のど)を押さえて()()むラギを見つめ、悲痛な面持(おもも)ちでシャルティナに訴えた。


「君が憎んでいるのは僕だろう!?ラギを傷つけないで!彼は何も悪いことなんて……」


「何も?そんなわけないでしょう?このラギという少年は貴女(あなた)のかけがえのないパートナー……つまり彼を傷つければ貴女を苦しめることができる……そうですよね?」


「何を……言っているの?」


シャルティナのその言葉にシンルーは動揺を隠せない。そんなシンルーに対してシャルティナは微笑み、ラギに視線を向けた。


「彼が傷つき苦しむことは貴女にとって自分が傷つくことよりも遥かに辛い……そうですよね?」


「だ、ダメだ。シンルー……耳を貸しちゃ……うぐっ……げほっ……」


「ああ、やはりこの少年はシンルー王女殿下を絶望させ、苦しむ姿を見るのに何より最適な素材です」


シャルティナはくすくすと笑いながら再びラギの首に鎖を巻き付けると乱暴に締め上げる。彼は苦しそうに咳き込みながらも、シャルティナの言葉に耳を貸すなと言い続けた。


(ダメだ……このままじゃラギが殺されてしまう!)


シンルーはベッドから降りると臨戦態勢に入り、鋭い視線をシャルティナに向けた。


「いいよ……そこまで言うのなら僕が相手になる!」


「……なるほど、私に挑んでくると?」


「ラギは僕の大事なパートナーなんだ、絶対に死なせやしない!」


シンルーの言葉にシャルティナは笑うのを止めて、冷ややかな目でシンルーを見つめる。


「ならば仕方ありませんね……こちらも少々手荒になりますが」


そう言うと彼女は鎖をシンルーに向けて放つと目にも止まらぬ速さで彼女目掛けて走っていく。その動きを見て彼女は一瞬動揺した。


(速い!)


迫りくる鎖に対してシンルーは鞘から白銀(しろがね)長剣(ちょうけん)を抜き放つと、その鎖を叩き斬った。


(斬れた!でも……)


「その程度で私の攻撃が防げるとお思いですか?」


背後から聞こえてきた声にシンルーはハッとした。とっさに長剣で防御姿勢を取るが、シャルティナの蹴りはシンルーの長剣ごと彼女を吹っ飛ばした。


「あぐっ……」


壁に叩きつけられたシンルーだったがすぐに身を起こすと態勢を整えるが、そんな彼女に対して容赦なくシャルティナの鎖が再び襲い掛かってくる。それを再び白銀の長剣で弾き飛ばす。


「これは驚きました……まさか私の攻撃を受け止めるだけでなく、反撃してくるなんて」


シャルティナは意外そうに目を見開いたが、すぐに目を細めるとシンルーに話しかけた。


「しかし、長剣一本では私に勝てないことはもうお分かりでしょう?自害なさい、シンルー王女殿下」


(確かに彼女の鎖の攻撃を防ぐので精いっぱいだ……でも)


「……誰が自害なんかするもんか!僕は絶対諦めない!ラギを助けるまでは!」


シンルーは再びシャルティナの鎖をはじき飛ばすと、彼女の懐まで一気に距離を詰めた。


「シンルー………」


鎖で首を絞められ、苦しそうながらもラギは呟いた。


「確かにその気迫(きはく)、素晴らしいです」


しかし、シャルティナもまた感心していた。凄まじい勢いで間合いを詰めてくるシンルーの姿に驚きつつも彼女は彼女の攻撃を紙一重で回避して見せたのだ。そしてすかさず白銀の長剣を握るシンルーの手をめがけて鎖が繰り出される。


「くっ!」


シンルーは白銀の長剣から手を放すと素早くその場から飛び退()いた。そして白銀の長剣はシャルティナの鎖に絡めとられて奪われてしまった。


(しまった!)


「これで決着ですね」


そう言ってシャルティナが不敵な笑みを浮かべた瞬間だった。シンルーとシャルティナの間にラギが割って入ったのだ。シンルーの白銀の長剣を奪うことに集中するあまり、ラギを捕らえている鎖の力が弱まったことによって自力で脱出することができたのだった。


「ラギ!?」


「シンルー……悪い、迷惑かけちまったな」


それを見たシャルティナは眉をひそめた。


(おかしい……私のバインドコイルに巻かれた状態で脱出するなんてできるわけがない)


そう思いつつもシャルティナは鎖を再び放とうとしたが、それよりも早くラギの両手が彼女の鎖を(つか)むと鎖ごとシャルティナを振り回し始めた。


「なッ!?」


予想外のことにシャルティナは驚きを隠せない。そのままラギは彼女を部屋の壁目掛けて放り投げた。


「くッ!」


壁に叩きつけられる前にシャルティナは何とか態勢を立て直すと着地し、再び鎖でラギを攻撃しようとした。だがその瞬間、シンルーの飛び蹴りが彼女の眼前に迫っていた。間一髪でそれを躱すシャルティナだったが、シンルーは彼女の背後の壁を蹴ってシャルティナの後頭部に回し蹴りを浴びせて彼女の脳を揺さぶった。そして彼女が怯んだ隙に今度はラギが飛び込んでくると鎖に絡めとられた白銀の長剣を奪い返した。


「シンルー、剣を!」


「ありがとう、ラギ」


シンルーはラギから白銀の長剣を受け取ると鞘に納め、シャルティナを見据(みす)えた。


「私としたことが少し油断していたようですね……」


シャルティナは笑みを浮かべると、再び鎖を振り回し始めた。だが今度は先ほどよりも速いスピードで振り回される鎖に対してシンルーたちは防戦一方となった。しかも部屋の広さの関係上、逃げ場は限られている。その圧倒的な手数(てかず)の前に2人は徐々に押されていった。


(くそっ……このままだとやられる!)


ラギはこの状況に焦りながら身構える。するとシャルティナは腰に手を当てるとナイフを一本取り出して二人に投げつけようとしていた。まさにその時。


「ラギ!さっきから何騒(なにさわ)いでるのよ!うるさくて眠れないじゃない!!」


突然部屋の外から少女の怒鳴り声が響く。隣の419号室で仮眠をとっていたマリアンヌである。そして次の瞬間、418号室のドアが開いているのを確認したマリアンヌがずかずかと部屋に入って来た。


「え?」


「は?」


突然のことにラギもシンルーも思わず戦闘を止めてしまい、硬直した。それはマリアンヌも同様であった。そしてその瞬間をシャルティナは見逃さなかった。


「え?ちょ……何この状況!?」


「チッ!」


シャルティナの殺気を含んだ鋭い眼光のあまりの迫力にマリアンヌは後ずさりするが、すぐにシャルティナは手にしたナイフをマリアンヌに投げつけようとする。


(このままじゃ、マリアンヌが危ない!)


そう判断したラギはすぐにズボンのポケットに入れていたビースト・ライセンスタブレットを取り出し、『バトル・オブ・ドリーム』アプリを起動して戦闘エリアを作り出した。

ビースト・ライセンスタブレットに内蔵された『バトル・オブ・ドリーム』アプリは自分の周囲に特殊な戦闘フィールドを作り出し、戦闘で周囲の建造物や生物に損害を与えぬようにすることが可能なアプリである。このアプリを用いて戦闘エリアを作り出し、そこでの戦闘をアプリ開発者に認可されたユーザーのみが行えるよう管理されている。

ただし、百獣大戦運営委員会(ひゃくじゅうたいせんうんえいいいんかい)の許可なく戦闘が(おおやけ)になった場合はユーザーの責任となり、『バトル・オブ・ドリーム』のサービスを永久に利用できなくなるどころか百獣王争奪条約違反(ひゃくじゅうおうそうだつじょうやくいはん)として百獣大戦を失格となる危険性があるというデメリットもあるのだ。それでもラギはマリアンヌをシャルティナの投げたナイフから護ろうと418号室に戦闘フィールドを作り出し、シャルティナの投げたナイフは戦闘フィールドの壁に(はば)まれてマリアンヌに当たることなく床に落ちた。


「ちょっとラギ!勝手に『バトル・オブ・ドリーム』を起動させたらルール違反よ!ライセンスを剥奪(はくだつ)されてもいいの!?」


マリアンヌは抗議するがラギは意に介さない。


「そんなこと言ってる場合か!とにかく今の内に逃げろ!!」


「わ、分かったわよ!」


そんなラギにマリアンヌもまたあっさりと納得して彼に言われるまま418号室を出て行く。マリアンヌが無事に部屋を脱出できたことを確認するとラギはシャルティナに向き直る。


「どういうつもりだ?シャルティナ」


「決まっているでしょう?目撃者を消そうとしただけです。それに彼女は百獣大戦の参加者ですよ?今ここで消えてもらったほうが貴方(あなた)にも好都合だったのでは?」


ラギの言葉にシャルティナは悪びれる様子もなく答えた。そんな彼女の返答にラギは怒りを爆発させた。


「好都合?ふざけたことを言うな!俺は殺し合いをするために百獣大戦に参加したんじゃない、俺の目の前で人殺しなんて絶対にさせないからな!!」


「そうですか、やはり所詮は子供。そのような甘い考えでよくも1回戦を突破できたものですね。私がじっくりと、百獣王争奪の厳しさを教えてあげましょう」


そう呟くとシャルティナはスカートの中からナイフを取り出そうとするがラギは全神経を集中し頭に浮かんだ言葉を叫ぶ。


百獣転身(ひゃくじゅうてんしん)!ドラグゼルガ!!』


その言葉を口にした瞬間、ラギの周囲に炎の嵐が吹き荒れると共に彼の身体が炎に包まれた。そして次の瞬間、その炎の中から雄叫びと共に姿を現したのは炎の(よろい)(まと)った獣戦士(じゅうせんし)ドラグゼルガの姿(すがた)だった。


「うおおおおおッ!!」


ラギが叫ぶと同時にドラグゼルガは空高く飛び上がり、戦闘フィールドに着地する。


「なるほど、それが貴方の獣戦士としての姿ですか……モニター越しに見るよりも凛々しいですね」


シャルティナは目を細めると笑みを浮かべながらドラグゼルガに話しかけた。そして彼女はバインドコイルを勢いよく周囲に放ち、部屋中に張り巡らせる。


「何だ!?」


「これは!?」


するとラギとシンルーの身体がバインドコイルで拘束されてしまった。さらにバインドコイルから電撃が放たれると、ドラグゼルガが身に纏っていた炎の鎧に電撃が纏わりつき、やがて彼の全身を駆け巡った。


「う……ぐ……」


全身に走る痛みにラギは苦悶の表情を浮かべる。そんなドラグゼルガに対してシャルティナはゆっくりと歩み寄って行く。


「どうですか、私のバインドコイルは?苦しいでしょう?」


余裕の表情を見せるシャルティナに対してドラグゼルガは彼女を睨み付けることしかできなかった。


(くそ……全然動けない)


何とか脱出しようともがくシンルーだが、バインドコイルの拘束(こうそく)は強固でビクともしない。しかもドラグゼルガはバインドコイルの電撃に苦しめられ、徐々に意識が朦朧としていた。


(このままじゃ……まずい!)


ドラグゼルガが死を覚悟したその時だった。突然部屋にアナウンスが響き渡る。


『参加者ラギ選手とそのパートナーである龍族代表(りゅうぞくだいひょう)のシンルー選手及び蛇族代表(へびぞくだいひょう)のシャルティナ選手に警告します。現在、シャルティナ選手が百獣大戦運営委員会の許可なくラギ選手とシンルー選手に対して殺意のある攻撃を行おうとしています。百獣大戦運営委員会は直ちに介入し、3人の戦闘を停止させます』


そのアナウンスと同時にバインドコイルとドラグゼルガを拘束していた電撃も消え去った。


「チッ!」


それを見たシャルティナは舌打ちをすると跳躍して部屋中を飛び回るとドラグゼルガたちに襲いかかった。しかし、次の瞬間彼女の目の前に黒いドレスを身に纏った美しい女性が現れた。


今回の百獣大戦主催者であるノワールだ。ノワールは漆黒の剣でシャルティナのナイフを受け止めると、その身体に掌を押し当て凄まじい気を放つ。


「ぐっ!」


シャルティナは壁に叩きつけられるとうめき声を上げて倒れ込んだ。それを見たノワールは笑みを浮かべながらドラグゼルガに語り掛ける。


「ラギ選手、シンルー選手、貴方たちに危害を加えた彼女はこちらで処罰致します。貴方達は何も心配することはありませんよ」


「あ、ありがとう……」


ドラグゼルガはノワールの存在感に圧倒される。それはシンルーも同様であった。


「それでは、私はこれで失礼します」


最後にドラグゼルガとシンルーに微笑みかけるとノワールは踵を返して歩きだし、シャルティナを抱え上げると部屋の外へ出て行った。その背中を見送りながらドラグゼルガとシンルーは深く息を吐いた。


(とりあえず何とかなったな……)


そう思いながらラギが変身を解除して振り返ると戦闘フィールドが消え去り、ボロボロになったシンルーが倒れ込んだ。


「お、おい!」


慌ててラギが駆け寄ると彼女は辛そうな表情を浮かべていた。そんな彼女に対してラギは手を差し出した。


「立てるか?」


「……うん」


そう言うとシンルーはゆっくりと立ち上がった。それを見たラギはホッと一息をつく。


するとシンルーは申し訳なさそうに呟いた。


「ごめんね、ラギ……僕のせいでこんな目に()わせて……」


「気にするなって。お互い無事だったんだから」


笑いながらラギが答えるとシンルーは突然彼を抱きしめた。


「シ、シンルー!?何を……」


突然のことにラギは顔を真っ赤にする。シンルーの体温と息遣(いきづか)い、そして何よりも女の子特有の(やわ)らかみのある感触を彼は感じ、心臓が高鳴るのを感じた。


「ラギ……君がシャルティナに首を絞められている時、君が本当に死んじゃうかもしれないってそう思ったんだ。そんなことになるくらいなら僕が殺された方がマシだって」


「シンルー……」


ラギはシンルーの言葉を聞きながら彼女の頭を()でた。すると彼女は突然、ラギの唇に自分の唇を重ねてきた。突然の出来事にラギは呆然としてしまう。だが次の瞬間、脳が理解すると共に全身が熱くなるような感覚を覚えた。


「し、シ、シ、シ、シンルー!?」


我に返り慌てふためくラギに対してシンルーは目に大粒の涙を(たた)えながら話した。


「君は僕のパートナーとして戦ってくれているのに、僕は君に何もしてあげられない。でも、僕は君を失いたくないんだ。だから少しでも僕の気持ちを分かって欲しくて……」


そう言うとシンルーはラギの首に両腕を回して再び唇を重ねた。いきなりの出来事にラギは驚いてしまうが、すぐにシンルーを抱きしめる。


(これが……キスって奴なのか?)


初めての経験に戸惑いつつもラギはシンルーの柔らかい唇の感触と彼女の甘い香りに酔いしれる。やがて二人は互いに唇を離した。


「これが僕の気持ち……君にどう伝わったかは分からないけど、僕は君のことをこんなに好きなんだ」


シンルーはラギの目を見つめながらそう告げた。そんな真っ直ぐな彼女の思いに対してラギも自分の気持ちを伝えることにした。


「お、俺はさ、今まで女の子とキスしたことなんてないけど……俺もシンルーのことが好きだよ」


それを聞いた瞬間、シンルーは涙を浮かべながら満面の笑みを浮かべた。その笑顔を見たラギもまた笑みを浮かべると彼女の身体を優しく抱きしめるのだった。

一方その頃、シャルティナのパートナーのユベルは鼻歌交じりにシャワーを浴びていた。


(まったく……シャルティナはいったいどこへ行ってしまったんだ?まさか逃げ出したのではあるまいな)


シャルティナが戻って来ないことでユベルは不満に思いながらもシャワーを終えて服を着替えると、シャワールームを後にした。

すると誰かが自室をノックしている音が聞こえた。その音はかなり大きく、ユベルは不機嫌そうな表情を浮かべるとドアを開ける。


「うるさいぞ、いったい何の用だ?」


「ユベル!アンタのパートナーがラギとシンルーを襲っているのよ、早く彼女を止めないとアンタたちは百獣大戦を失格になるわよ!!」


ドアの前に立っていたのはマリアンヌと彼女のパートナーである猫族の少女レダだった。マリアンヌはラギたちがシャルティナに襲撃されているところを目撃し、ユベルに報告しに来たのだ。

ユベルはそれを聞くと慌てた様子で部屋を出てきた。


「な、なんだと!?トーナメント戦では場外での戦闘が禁止されていることはシャルティナも知っているはず……なのに、なぜ……?」


「そんなの知らないわよ。いいから早く彼女を止めに行かないと!」


「御心配なく。シャルティナ選手は私が連れて来ましたから、もう安心ですよ」


次の瞬間彼女の目の前に黒いドレスを身に纏った美しい女性が現れた。

今回の百獣大戦主催者であるノワールだった。その腕には気を失ったシャルティナを抱いている。


「ノ、ノワール様……」


「ユベル選手、トーナメント以外での戦闘は百獣大戦運営委員会の許可が下りなければ認められないことは承知の上の(はず)だというのにこの始末ですか。いくら貴方でも許しませんよ」


ノワールが(にら)むとユベルは思わず委縮(いしゅく)してしまった。


「も、申し訳ありません……」


「……まあいいでしょう。これからは貴方がしっかりとシャルティナ選手の面倒を見てあげてくださいね」


「は、はい……」


ユベルが頷くとノワールは微笑みを返した。そして、マリアンヌとレダに視線を移すと頭を下げた。


「お二人にもご迷惑をおかけしてしまい、大変申し訳ありませんでした」


「い、いえ!大丈夫です!!」


二人は慌てて首を横に振った。そんな彼女たちの反応にノワールは再び笑みを浮かべるとシャルティナをユベルに託して口を開いた。


「それでは百獣王争奪条約の規約に違反したユベル選手とシャルティナ選手に百獣大戦運営委員会からの処分を言い渡します。今回の事件の責任を取り、ユベル選手とシャルティナ選手の(へび)チームは2回戦における(とら)チームとの対戦は棄権(きけん)。虎チームの勝利とし、一週間の間謹慎処分と致しますのでそのつもりで」


それを聞いた瞬間、マリアンヌとレダは驚きの表情を浮かべた。


「そ、それだけですか!?」


「はい。我々百獣大戦運営委員会としましてはユベル選手とシャルティナ選手をこのまま失格退場とするのは惜しいということで今回の件は不問と致します。ですが、次からはこのようなことがないように気を付けてくださいね」


「は、はい!寛大なるご処置を賜り、感謝致します……」


ユベルはそう返事をするとノワールに何度もお辞儀をした。するとノワールはニッコリと笑顔を浮かべると話し出した。


「それでは私はこれで失礼します。皆さんの健闘をお祈りいたしますわ」


そう言うとノワールの姿は霧のように消えてしまった。マリアンヌたちは呆然としていたがすぐに我に返ると喜び合った。

その後ユベルは気絶したシャルティナを抱きかかえると、マリアンヌたちに挨拶をしてから自室へと入って行った。


「良かったですね、お嬢様。大事(おおごと)にならなくて」


「ええ、一時はどうなることかと思ったけど……シャルティナにナイフを投げつけられた時はさすがの私でも生きた心地(ここち)がしなかったわ」


マリアンヌは安堵(あんど)のため息をつきながらレダに言う。


「でも、ノワール様も(いき)なことをなさるわね。緊急事態には助けてくれるだなんて」


「そうですね、あの御方が味方だと心強いです。そういえば……お嬢様、ラギ様たちのご様子を見に行かれますか?」


「ええ、ラギにはさっき助けてもらっちゃったし……お礼を言わなくっちゃ。レダ、少し付き合ってくれる?」


「かしこまりました」


それから二人はラギ達のいる418号室の前まで行くと、部屋のドアを開けた。するとマリアンヌとレダはラギとシンルーがお互いの身体を抱きしめ合っているのを目撃してしまう。


「な、な、な、何やってるのよ!アンタたちはーーーーーーーーーーッ!!」


マリアンヌの叫びが部屋中に響き渡った。

マリアンヌは怒りの表情を浮かべながら目の前の光景を睨みつけていた。彼女の視線の先ではシンルーとラギがお互いを(いつく)しむように抱き合っていて、それを見たマリアンヌは思わず声を張り上げてしまったのだった。


「こ、これは……その……」


シンルーが慌てて言い訳をしようとするが、上手い言葉が見つからないのかモジモジとしている。ラギは顔を真っ赤にしながら固まっていた。

そんな二人を見たマリアンヌは大きなため息をつくと怒りの表情を浮かべたまま口を開いた。


「まったく……シンルーもラギも何いちゃついてるのよ!ああ、さっき助けてもらったお礼を言いにきたのにそんな気分じゃなくなったじゃない!どうしてくれるの!?」


マリアンヌは怒鳴りながらラギに近寄ると彼の両頬を思いっきりつねりあげた。


「い、いひゃい、いひゃいっ!!」


「い・い・か・ら!さっさと説明しなさい!」


「わ、分かったから離してくれよぉ~」


ラギが涙目になりながら訴えるとマリアンヌはため息をつきながら手を離した。それからシンルーの方を向き直ると青筋を立てながら言った。


「シンルーもよ!いくらラギがパートナーだからって、いちゃついてる場合じゃないでしょ!?さっさと説明しなさい! 」


マリアンヌはそう言うと腕を組んで仁王立ちになりシンルーを睨みつけた。そんな彼女の迫力に圧倒されてしまい、シンルーは渋々と頭を下げる。


「ご、ごめんよ。さっきのは僕からラギに抱き着いたんだよ」


「えっ?そうなの?」


シンルーの言葉にマリアンヌは思わず驚く。するとシンルーは両手をもじもじさせながら口を開いた。


「その……シャルティナに襲われた時、僕はもう駄目かと思ってたんだけど……その時にラギが助けてくれてさ。それで思わず好きって言っちゃったんだ……」


それを聞いた瞬間、マリアンヌとレダの思考が停止してしまった。だが、すぐに我に返るとマリアンヌは口を開いた。


「あー……一応確認するけど、ラギのことが好きっていうのは友達としてってことよね?」


「違うよ!もちろん異性としてさ……」


それを聞いた瞬間、マリアンヌとレダはその場で固まってしまった。そんな彼女たちに構わずシンルーは話を続ける。


「それでその時に改めて自分の気持ちに気が付いたんだ。僕はラギのことが好きなんだって」


シンルーの言葉を聞いた瞬間、マリアンヌは頭を抱えた。一方のレダは驚いた表情のまま固まってしまっている。

マリアンヌは大きなため息をつくと彼女の肩を摑み強引に頭を上げさせた。そして今度はシンルーの両頬を思いっきりつねりあげた。


「ふえぇ!?痛った!いきなり何すんのぉ~!?」


「それはこっちのセリフよ!なに恋愛相談みたいなノリで私の質問に答えてるのよ!?さっきの話の続きをしなさい!!」


有無を言わせぬ迫力に押され、シンルーは涙目になりながら反論する。


「ふぇぇ……そ、そんなこと言われてもぉ~」


「いいから早く話して!」


「わ、分かったよ!話すから離してよぉ……」


シンルーがそう言うとマリアンヌは彼女の頬から手を放した。彼女はヒリヒリする頬を撫でながら話し始める。


「えっと……かくかくしかじかでシャルティナは僕に恨みを抱いていて、それで僕たちを襲ったんだ。マリアンヌたちにまで迷惑をかけてしまって本当にごめん」


「ふ~ん……なるほどねぇ……」


シンルーは自分とシャルティナとの因縁を一通り話し終えるとマリアンヌの反応を窺った。だが、彼女は腕を組んで考え込んだまま黙り込んでしまった。すると突然レダが口を開いた。


「あのぉ……一つ質問したいのですが(よろ)しいでしょうか?」


「いいよ、僕に答えられることならなんでも聞いて」


「ありがとうございます。では……シンルー様はどうしてラギ様のことを好きになったんですか?具体的にどこが好きなんでしょうか?」


レダの質問を聞いた瞬間、シンルーは顔を真っ赤にしながら(うつむ)いてしまった。


「そ、それは……えっと……その……優しいところとか……」


「ふむふむ」


「それから頼りがいがあって、ドラグゼルガに百獣転身するとかっこいいし……可愛いところもあって、そこがまた……」


「なるほどなるほど」


シンルーの言葉にレダが相槌(あいづち)を打つ。彼女はさらに続けた。


「それに僕の大切なパートナーでもあって、一緒にいるとすごく楽しいし心が落ち着くんだ。ラギと一緒にいるだけで幸せな気分になれるんだよ」


「ふむふむ、なるほど……」


レダが納得したように頷く。するとシンルーは頬を赤く染めたまま再び俯いてしまった。


「そ、そんなに変わったところはないかもしれないけど……これが僕の正直な気持ちなんだ」


シンルーの言葉を聞いた瞬間、マリアンヌは大きくため息をつくとその場に座り込んでしまった。レダもどこか気まずそうにしている。


「ああ、そういうことだったのね……私はてっきりアンタたちが男女の関係になったのかと思っちゃったわ……」


「え?マリアンヌ、男女の関係って何だ?」


ラギがキョトンとした表情で首を傾げた。


「あーもう!そういうところよ、そういうところ!!ラギは鈍感過ぎるわ!少しは察しなさい!!」


マリアンヌが怒鳴りつけるとシンルーは慌てて頭を下げる。


「ご、ごめん!僕、何か悪いことを言った?」


「別に悪いことを言ったわけじゃないわ。ただラギには少し恋愛の勉強をさせた方がいいと思っただけよ」


「ああ、なるほど!確かにそれは言えてるね!」


シンルーは納得したように頷くと今度はマリアンヌに向かって頭を下げた。


「マリアンヌの言う通りだね、僕もラギと一緒に勉強するよ!」


「いい心がけだわ。頑張りなさい」


マリアンヌは満足そうにそう言うと立ち上がった。するとレダが彼女に話しかけた。


「お嬢様、そろそろお休みにならないと。部屋に戻りましょう」


「ええ、そうね。じゃあ私はここで失礼するわ」


そう言うとマリアンヌはラギ達の部屋を後にして自分の部屋へと戻って行った。そして中に入ると大きくため息をついた。


(やれやれ……シンルーも面倒な子に()れたものね……まあ、当人たちが幸せならそれでいいけど)


マリアンヌはそんなことを考えながらベッドの中へ潜り込むのだった。

翌日、第2回戦が行わわれるはずだった会場ではユベル、シャルティナの(へび)チームの百獣王争奪条約違反により(とら)チームの不戦勝となったことが発表された。それを聞いた観客たちは当然騒ぎ出したが、すぐに大会運営委員会によって鎮圧された。そして数時間後にはユベルとシャルティナが連行されて行ったとの通達があり、会場は落ち着きを取り戻した。

こうして波乱に満ちた第2回戦が終了したのであった。

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