第5話 龍と蛇の因縁
百獣大戦の第1回戦で激闘の末に悪徳令嬢のルナと彼女のパートナーである馬族のユニスに勝利した12歳の野生児ラギと彼のパートナである龍族の王女シンルーの龍チームは多くの観客から称賛の拍手をもらっていた。特にルナが装備していたデストラクト・ホーンランスが爆発した際に身を挺して彼女を救ったラギに対して観客だけでなく、百獣大戦の参加者たちもその実力を評価していた。
「あの少年は龍族のパートナーとして十分な実力を持っているみたいだな」
「ああ、見た目が子供だからあまり強そうには見えねぇけど、でもあの戦いぶりは明らかに強いだろ!」
ラギを称賛する観客たちだったが、彼が褒められている姿を面白くないと思う者がいた。それは蛇族の少女シャルティナと彼女のパートナーである自称天才戦士のユベルであった。
「くだらない……とんだ茶番です。敵の命を身を挺して救うなど、愚の骨頂にも程がある。私が龍族に命を救われることがあれば迷うことなく自害します。やはり龍族は傲慢な種族ですね」
「そうだな、敵が命乞いをしてきたとしても容赦はしない。それが俺たちの流儀だからな……だが、確かに少し甘い気もするがラギという少年は幼いながらその実力は本物だな。それはパートナーであるシンルーとの連携が証明している」
シャルティナの言葉に賛同するユベルだったが、そんな彼に対して彼女は冷たい視線と共に睨みつけていた。
「あなたは本当にわかっているのですか?あのような行いは勝者の行為ではありません。自分の手柄をただ見せびらかすだけの愚かな行動です、私はあのような戦い方は決して認めません!」
そんなシャルティナの態度にユベルはため息をつく。
「確かにな、だが俺たちは自分の実力をひけらかすためにこの戦いに参加しているわけではない。俺の美しさを世界に知らしめるためだ。あのラギという少年も俺のファンを増やすために貢献してくれるだろう、俺はそれでいいと思っている」
「っ……やはりあなたのような変人とはパートナーを組んではいけなかったようですね。私は龍族の王女と決勝戦で戦うことが目的です。そんなくだらないことを考えている暇はないのです。決勝戦まで私に話しかけないでください」
ユベルの言葉を聞いたシャルティナは彼に軽蔑の視線を向けるとそのまま背を向けた。彼女にとってユベルは実力こそ認めるものの、その性格に問題があることは否定できなかったのだ。そんなシャルティナに対してユベルは再びため息をつくが、すぐに気を取り直してラギに視線を向けた。
「それにしてもあのラギという少年の実力には驚いたな。まさか敵の命を救うとは……だが、それもまた俺の美しさを引き立たせるものに他ならないからな」
あのような美しき勝利を見せられてはさすがのユベルであってもラギには好印象を抱かざるを得なかった。
(あの少年は俺とは対照的な性格の持ち主だ。己の美しさを誇示しようとする俺とは違い、ラギという少年は自分の手柄をひけらかすわけでもなく、ただ純粋に強くなろうとしている……俺はそんな彼の姿を見て美しいと感じたのだ)
ユベルがそんなことを考えていると不意に会場中にアナウンスが流れ始めた。
『さぁ!!ついに始まりました百獣大戦!第1試合では龍族の王女シンルー選手とパートナーのラギ選手が勝利を収めました~~!!観客の皆様、盛大な拍手を~~!!』
観客たちから拍手が送られ、ラギは照れくさそうに頭をかきながらもそれに応えるように手を振り返す。そうしているとマリアンヌと彼女のパートナーである猫族の少女レダも拍手しながら彼の勝利を祝福している姿を確認できた。
「ラギ、シンルー、素晴らしい試合だったわ!」
「お2人ともかっこよかったです」
マリアンヌとレダの言葉を受けてラギは少し恥ずかしそうにしながらも笑顔を浮かべる。そんな彼の姿を見てシャルティナは不機嫌になりつつも会場の選手控室を後にしようと歩み始めるが……そんな彼女の前にユベルが立ちふさがる。
「悪いな、今パートナーであるこの俺から逃げようとしてもそうはいかないぞ」
「っ……!?」
2人の間に不穏な空気が流れる中、戦いのアナウンスが再び流れ始める。次の試合に出場するチームが発表されるのでシャルティナたちはそのアナウンスに耳を傾ける。
『さぁ、それでは次の第2回戦に出場するペアをご紹介します!!まずは、虎族の王国は大牙国の猛将と名高きフーラオ選手とパートナーである西方の勇者チェンドゥ・ユーウェン選手の虎チームです!!』
2人の名前が発表されると会場のメインモニターにフーラオとユーウェンの顔写真が映し出され、再び観客から拍手が送られる。そしてその後にアナウンスが続く。
『それに対するは……蛇族の踊り子シャルティナ選手とパートナーであるファッション業界の若きカリスマ、ユベル・アシャール選手の蛇チームが出場します!!』
それを聞いた瞬間、会場で拍手が沸き起こると会場のメインモニターにシャルティナとユベルの顔写真が映し出され、観客たちの盛り上がりはピークに達した。
そんな観客たちに対して金色の長いウェーブヘアに美しい顔立ちの少女実況者、百獣大戦運営委員会のマゼンタはニコニコしながら説明を続けた。
「さぁ皆さん、盛り上がってきたところで対戦相手であるフーラオ選手とユーウェン選手の紹介をしたいと思います!まずは、西方の勇者と呼ばれているユーウェン選手から!彼は西方のロンミン王国の若き英雄で、その実力は折り紙付きです!」
マゼンタの説明に観客たちは期待を膨らませつつモニターに映し出されたユーウェンの映像に目を向ける。するとそこには茶色の髪が特徴の美丈夫が映し出されていた。彼の手には剣が握られており、その姿に会場中から声援が送られる。
ユーウェンの映像が映し出されると会場は盛り上がる。そんな観客席の様子を見ながらマゼンタは興奮したように言葉を続ける。
「彼は20歳で西方の勇者と呼ばれるようになった若き天才戦士です!彼の剣の腕前もさることながら、彼の持つ『破幻討魔剣』は他の追随を許さないほどの破壊力を持っているらしいですよ!!」
そんなマゼンタの言葉に対してユーウェンは会場に向かって手を振るとさらに声援が送られる。
「そしてそんな彼をパートナーとするのは同じく西方の大牙国の猛将と称えられる虎族代表のフーラオ選手です!彼は大牙国において一子相伝の剣技、『虎牙一刀流』の伝承者でもあります!!」
次にマゼンタが名前を出してユーウェンとは対照的に金色の体毛に全身を覆われた虎族代表のフーラオであった。彼は威圧感と獰猛さに満ちた顔立ちで、その腕は大木のように非常に太く、まさに猛将という名に相応しいものであった。そんな彼の姿を見ながら観客席はさらに盛り上がりを見せた。
「西方の英雄」と呼ばれる2人の英雄の登場に会場は割れんばかりの歓声に包まれた。そしてそれが終わると今度は蛇チームの紹介がされる。
「それでは次に蛇チームのシャルティナ選手とユベル選手のご紹介をします!まずは蛇族代表シャルティナ選手です!!彼女の美貌はまさに神の領域とも言えるでしょう!その美しさにはもうメロメロ間違いなしですよ!!」
マゼンタの元気な解説が会場を盛り上げる中、ユベルは彼女を見ながら微笑を浮かべていた。
(やれやれ……俺たちも随分と有名になったものだな)
そんなことを考えていると再び会場から歓声が上がる。するとモニターにはシャルティナの姿が映し出された。モニターに映ったシャルティナの姿は妖艶に肌を露出させ、背中部分も露出させた踊り子の衣装を身に纏っていた。彼女の衣装は胸元と肩周りが大きく開いたものであり、シャルティナの大きな胸や美しい鎖骨が露わになっていた。さらにはスカート部分もかなり短く、太ももやへそなども露出しており、彼女が動くたびに艶やかな生足が姿を見せる。そして頭を飾るのは大きな宝石のついた髪飾りで、その煌びやかな輝きがシャルティナをより一層輝かせていた。
「おおぉぉ!!」
そんな美しい少女の姿に観客たちは興奮を隠しきれない様子であり、中には歓声を上げる者もいた。さらに彼女の美しさを引き立てていたのはその衣装だけではなく、彼女自身の美貌と妖艶さであった。シャルティナの容姿はまさしく神に愛されたとしか思えないほどのものであった。整った顔立ちに美しい紫色の髪の毛、そしてエメラルドグリーンの瞳はまるで宝石のように美しく輝いていた。その姿はまさに絶世の美女と呼ぶにふさわしいものであり、そんな彼女の姿に誰もが見惚れていた。
「うおぉ!!」
「なんて美しいんだ!!」
観客たちが興奮する中、シャルティナは対照的に選手控室のモニターから会場のメインモニターに映し出された自分の姿に見惚れる観客たちの姿を冷ややかに見つめていた。
(男は哀れな生き物ですね……外見の美しさに容易く心を奪われる。この私の本当の価値にも気づかずに……)
シャルティナはそんな会場の様子に苛立ちを覚えながらも、それと同時に素肌を過度に露出させた格好をした自分が注目されていることに一種の快感のようなものも感じていた。
彼女は幼い頃、旅芸人の一座で育った。
そこでシャルティナは美しい容姿と踊りの技量を身に付け、一座の目玉として活躍していた。そんな彼女に多くの男たちが注目し、彼女を自分のものにしようと必死だった。だが、そんな男たちに対して彼女はまったく興味を持たずに自分が真の美しさを手に入れることだけを考えていた。そして今日に至るまで努力を怠ることなく美しくなることに専念してきたのだ。その頃の彼女は争いごとに無縁で武術に対しても全く興味を持たなかった。しかし、今から5年前のこと……彼女が12歳の時、運命は静かに狂い始めていった。その頃、シャルティナの祖国である蛇族の国「バペルタリア王国」は龍族の国「リンゼル王国」と戦争状態にあった。
この戦争はリンゼル王国国王の龍王ゼルグノーとバペルタリア王国国王である蛇王アグルザハーグの会食の席での口論から始まった。アグルザハーグは龍族に対して強い偏見を抱いており、それがこの戦争へと繋がったのだ。当初はバペルタリア王国側が有利だった戦況も日が経つにつれてリンゼル王国側に傾き始めていく。そんな中で当時の蛇王であるアグルザハーグはある命令を下した。それは「敵を懐柔しろ」という内容の命令であった。
「この国は龍族の国と戦争をしているが、もし我々が負けたとしても龍族が我々を皆殺しにすることはまずない」
蛇族は美しき種族であり、特に女性の美貌は諸外国でも非常に人気が高かった。そのため敵である龍族に対して彼女たちを「龍族の奴隷」として差し出すことで戦争を終わらせようと試みたのだ。特に蛇族の中でも最も美しいとされたシャルティナはその条件にピッタリであった。当然、この命令を聞いた旅芸人の一座の座長を務めていたシャルティナの父はその無謀な命令に反論した。
「そんな……!?娘はまだ12歳なのですよ!恋も知らぬ女児を奴隷として敵国に差し出すなど、国王陛下は正気なのですか!?」
「ではこのまま我が国が滅亡してもいいというのか?」
「そ、それは……ですが……」
シャルティナの父の言葉はもっともであり、アグルザハーグは娘を差し出すか、戦争に負けるかの2択を迫る。これに対してシャルティナの父は苦渋の選択を迫られた。
父が苦悩する姿を目の当たりにしたシャルティナは自らアグルザハーグの前に進み出て奴隷としてリンゼル王国へ赴くことを選んだ。もし国王の命令を拒否すれば父は処刑されてしまうかもしれない、そう考えたシャルティナは自分が奴隷となることで戦争が終わるならばそれでいいと考えていた。しかし、そんな彼女を待っていたのは奴隷としての辛い日々だった。
リンゼル王国の王都まで連れていかれた彼女はそこで城へと連れていかれ、城の地下にある牢獄へと幽閉させられる。そしてそこには同じように蛇王アグルザハーグによって奴隷としてリンゼル王国に差し出された多くの女性の姿があった。彼女たちは皆、美しかったがその表情は暗く沈んでおり、希望を失った目をしていた。そんな彼女たちはシャルティナの姿を見つけると彼女の境遇を察して哀れみの視線を向けてきた。
(この人たちも私と同じ……)
そんな彼女たちの姿を見たシャルティナは自分と同じ境遇に立たされている女性たちの姿に同情すると同時に親近感を抱いていた。それからの日々はシャルティナにとって苦痛以外の何物でもなかった。食事は最低限のものしか与えられず、衣服もボロボロの布切れのようなものしか与えられず、自由もないため外に出ることも許されない。牢獄に閉じ込められた女性たちは毎日のようにリンゼル王国の兵士たちの接待をさせられ、悲痛な叫び声を上げるが、それはこの環境から逃げ出すことができないことへの嘆きであった。しかしそんなある日のこと……
ふと牢屋の奥で何かが動くような物音をシャルティナの耳は捉えた。すると奥から美しい声が響いてきた。シャルティナはその声の主を見て驚く。それは自分と同じくらいの年齢の少年であったからだ。その少年は透き通るような白い肌に美しい黒髪が印象的だった。そして彼の身に着けているのは王侯貴族が身につけるような豪華な衣装だった。
(綺麗な子……)
シャルティナは少年を見つめながら心の中で呟くと、彼もまた同じようにシャルティナのことを見つめていた。お互いに見つめ合う中で彼女の宝石のようなエメラルドグリーンの瞳はどこか悲しそうな表情を浮かべていた。少年はシャルティナに大きな声を出さないように口元に指を当てると、牢獄の鍵を開けて彼女をはじめとした奴隷にされた女性たちを解放したのだ。
「あなたたちは自由です。だからもうここに留まる必要はありません」
少年は牢獄にいた女性たちを全員解放すると、優しく微笑みながら彼女たちにここから逃げるように促した。突然の事態に呆然としていた女性たちであったが、シャルティナは他の女性たちと違ってすぐに冷静さを取り戻すと、彼の方に近づきながら質問する。
「何故ですか?私たちは奴隷としてこの城に連れてこられたというのに……なぜあなたは私たちを自由にするのですか?」
シャルティナの質問に少年は穏やかな笑みを浮かべて答える。
「この国の国王は些細な口論がきっかけであなたたちの国と戦争を始めてしまいました。本来なら話し合いで解決することもできたはずなのに、それができなかった。それはこの国がとても愚かな決断をしたからです。だからこそ僕はこの国の王族として皆さんを解放したいのです」
それを聞いた女性たちは一様に驚くと同時に感動していた。中には涙を流す者さえいた。それを見ていたシャルティナは静かに少年に近づくと彼に尋ねる。
「それではあなたは?あなたも私たちと一緒に逃げないのですか?」
「僕はリンゼル王国第一王子のシンルーと言います」
シンルーと名乗った少年はそう言うと自分の名を名乗りながらシャルティナたちに逃げるように促した。
「さあ、早く行ってください!ここは間もなく兵士に見つかります!」
シンルーの言葉に女性たちは慌てて牢獄を抜け出すとその場から逃げ出した。そして全員が逃げたことを確認したシンルーは牢獄の入口を閉じると、今度は牢獄を脱出した女性たちに先行して彼女たちが兵士たちに見つからないように城門の裏口に立っている門番の兵士に昏睡魔法をかけて女性たちの脱出を手助けした。それから城門を出た女性たちをシンルーは港まで道案内して彼女たちをバペルタリア王国行きの貿易船に乗せた。そして最後にシャルティナに手を差し伸べながら彼女に向かって口を開く。
「あなたも早く行ってください」
「え!?」
突然のことにシャルティナは驚きの声を上げるが、そんな彼女に対してシンルーは言葉を続ける。
「あなたは僕が出会った中で最も美しい人です。だからこそあなたには幸せになってほしいのです」
シンルーの言葉に一瞬だけ躊躇うような素振りを見せるシャルティナだったが、すぐに笑みを浮かべるとシンルーに向かって言う。
「ありがとうございます!あなたのお心遣いに感謝致します!!私はシャルティナと申します、この御恩は一生忘れません!」
そしてシャルティナはシンルーに向かって感謝の言葉を述べると、彼の手を握って船に乗り込んだ。そして彼女が乗ったのを確認した貿易船はすぐさま港を出港する。そんな彼女の背中を見送りながらシンルーは呟く。
「さようなら……シャルティナ」
それから3日後、シャルティナたちを乗せた貿易船はバペルタリア王国に到着したが、国王のアグルザハーグは無事に祖国へ帰還した彼女たちを祝福するどころか逆に奴隷として差し出した女性たちが戻って来たことで自分の計画が台無しになったと激怒し、彼女たちを反逆罪として処刑しようとした。しかし、リンゼル王国の国王である龍王ゼルグノーはこの事態を利用してバペルタリア王国へと侵攻することを決め、蛇王アグルザハーグはあっさりと戦火を逃れるために自国民を見捨てて自分だけ国外逃亡してしまった。その後、リンゼル王国は国王が逃亡したバペルタリア王国をあっという間に陥落させた。こうしてリンゼル王国の属国となったバペルタリア王国は二度と龍族に刃向かうことができなくなり、属国として新たな道を歩み始めることになった。その後シャルティナが父の旅の一座に戻ることはなく、リンゼル王国の属国状態にあるバペルタリア王国を解放するための独立運動を行う地下組織『紅の毒牙』に身を置くようになり、龍族に、そしてバペルタリア王国陥落の原因を作ったシンルーに対する憎悪と敵意を募らせ、暗殺技術を学びながら復讐の刃を研ぎ続けることとなった。そして現在、彼女は17歳となり一流の美しき暗殺者として成長を遂げていた。
(シンルー……あなたは私を奴隷の身から解放したことを今も後悔していますか?)
シャルティナは胸に手を当てながら少年の姿を思い浮かべていた。それは自分の命の恩人であり、リンゼル王国からバペルタリア王国への脱出の際に自分を国外へ逃がしてくれたシンルーであった。
(もうあれから5年も経つのですね……)
シャルティナは自分の中で時の流れを感じると共に当時の出来事を思い出していた。あの時、シンルーは自分のことを美しいと言っていたが、果たして本当にそうなのだろうか?
シンルーが自分のことを美しいと言ったのはその場を取り繕うための嘘ではなかったのか。事実シンルーは王女でありながら王子だと身分を詐称し、自国民や諸外国を騙し続けてきたのである。
シャルティナを美しいと言いながら本当は見下して蔑んでいたのではないかという疑念が頭に浮かび上がる。
(絶対に許さない!私の祖国を奪った龍族を!欺瞞と偽善に満ちた龍の王女、シンルーを!!必ず私の手で葬ってやる……!)
シャルティナの心の中ではシンルーへの憎悪が膨れ上がっており、復讐心で燃えていた。この5年間、彼女は暗殺者としてリンゼル王国の裏で暗躍してきた。その中でシンルーを暗殺するための策を練り上げてきたが未だに実行に移せていないのだ。
(ただ命を奪うだけでは生ぬるい……私が奴に地獄を味わわせてやる!)
そしてシンルーはというと……彼女はパートナーのラギと共に会場内に設けられた宿泊施設の一室で体を休めていた。
シンルーは部屋に備え付けのモニターに映し出された蛇族代表の選手がシャルティナであることを知り、複雑な表情を浮かべていた。
(シャルティナ……あれからもう5年が経つのか。でも、まさか彼女が蛇族の代表選手になっているなんて……)
シンルーが5年前のことを振り返っていると、ラギが話しかけてくる。
「シンルー。顔色が良くないけど、なんか飲むか?」
「ありがとうラギ。でも大丈夫だよ」
シンルーはそう言って微笑むと、彼に礼を言った。するとラギは嬉しそうな表情を浮かべるとベッドに横になる。
「うぉぉお!ベッドふかふかだぜぇ!寝心地最高だぜ!」
ベッドではしゃぐラギにシンルーは思わず苦笑してしまう。それからすぐにラギの方を見ると、彼もまたこちらを見ていた。
「シンルー」
「なんだいラギ?」
突然名前を呼ばれたことに驚きながらも、シンルーが聞き返すとラギは真剣な表情を浮かべていた。それを見て何かを察したのか、彼もまた真剣な表情を浮かべる。そして先に口を開いたのはラギだった。
「何か嫌なことがあれば何でも話してくれよ。たとえ何があっても俺はお前のパートナーだからな!」
そう言って笑顔を浮かべるラギに対してシンルーは心が温かくなるのを感じた。
「ありがとう、ラギ……実は」
そこでシンルーは先程まで考えていたことをラギに打ち明けた。シャルティナがリンゼル王国にいた頃、自分が奴隷として囚われていた彼女たちを助け出したこと、そして彼女が自分に憎悪を抱いているのではないかという疑念を。それを聞いたラギは口を開くと言葉を紡いだ。
「なるほど……シャルティナって姉ちゃんがシンルーに復讐心を抱いている可能性があるってことか?」
真剣な表情を浮かべながら質問してきたラギにシンルーは静かに頷く。それを見たラギは考え込むように腕組みをしながら呟く。
「確かに……シャルティナって姉ちゃんが恨みを抱くのは考えられるな……でもさ、正直に言うと俺はそんなに心配する必要はないと思うぜ?」
ラギは真剣な表情でそう返すと、さらに言葉を続ける。
「そもそもさ、シンルーが奴隷にされた人たちを助けたのは酷いことをされている女の人たちを見て見ぬふりができなかったからだろ?だからシンルーがそこまで気に病む必要はないと思うぜ」
ラギはそう言ってフォローするが、それでもシンルーはどこか浮かない顔をしていた。
「だけど……僕は今でもあの時に犯した過ちを後悔しているんだ……」
シャルティナたちを奴隷から解放した瞬間のことを思い出すと今でも心が締め付けられる。彼女たちを奴隷から解放できたものの、結局は焼け石に水で戦争は終わらずにむしろリンゼル王国がバペルタリア王国に攻め込むための絶好の機会を与えてしまったことを深く後悔していた。
そして彼女に対する罪悪感と後悔からシンルーは今も自責の念に駆られ続けているのだった。この5年間、シンルーはシャルティナに対する贖罪のために活動してきた。バペルタリア王国は現在、リンゼル王国の属国状態にあるが、シンルーは自国の兵士や民間の協力者を募って終戦からのバペルタリア王国の復興に尽力し続けた。しかし、それはあくまでもバペルタリア王国の復興を目指すことで贖罪の意識から逃れようとしているだけであり、彼女に対する罪悪感や後悔から逃げることなどできていなかった。
「僕はシャルティナに対して償わなければならない……彼女を僕の手で救えなかった罪を」
「確かにな……でも、これだけは言えるぜ」
ラギはそう言って立ち上がるとシンルーに向かって力強い眼差しを向ける。
「シンルーは間違ったことはしていない!自分の信念に従って行動しただけだ」
その言葉を聞いた瞬間、シンルーは自分の
中で何かが変わったような気がした。そして今まで溜め込んできた罪悪感や後悔から解放されて心が軽くなるのを感じた。
「ありがとう、ラギ……君のおかげで気持ちが楽になったよ」
シンルーが笑みを浮かべながら感謝の言葉を述べると、ラギは照れ臭そうに頭を搔いた。
「へへっ、気にすんなって!それより早く寝ようぜ?今日は一回戦が終わってへとへとだからな!」
そう言ってラギはベッドに潜り込むと目を瞑る。そんな彼に微笑みながらシンルーもまた自分のベッドに横たわるとそのまま眠りについた。
一方、百獣大戦大会会場ではシャルティナの選手紹介が終わり、続いてユベルの選手紹介が行われようとしていた。
『そしてそんなシャルティナ選手のパートナーを務めるのは大商人『アシャール家』の御曹司ユベル・アシャール選手です!彼はその美しい容姿だけでなく、扱う魔法の技術や剣術にも非凡な才能を秘めています!』
マゼンタの説明に合わせて今度はユベルの映像が表示される。するとそこには黒髪ロングヘアで顔の整った美青年が映っていた。
会場のメインモニターに映し出されたユベルの顔には笑みが浮かんでおり、余裕すら感じられる。それは選手控室で休憩しているユベルもそうだった。
(俺は選ばれた人間なのだ……俺のファンたちが俺を羨望の眼差しで見ているのがわかるぞ……!)
ユベルは自分の才能と容姿に絶対の自信を持っており、自分は選ばれし存在であると思っていた。そして自分の勝利を確信していたユベルは大会の勝利報酬である神となる権利を手に入れて美を司る絶対神となることを考えていた。彼は元々野心家であり、その欲望を満たすために今回の大会に参加したのだ。
「そうとも!俺は世界で最も賢く、強く、そして美しい男なのだ!!他の有象無象どもは美の頂点に君臨するこの俺の前にひれ伏すがいい!!」
そう言って高笑いするユベルの表情は自信に満ち溢れていた。そんな彼は控室で休むでもなく、ひたすらモデル立ちをしながらポージングを繰り返すのだった。
この時、ユベルはパートナーであるシャルティナが選手控室から姿を消していることに全く気が付いていなかった。そしてユベルがシャルティナの失踪に気づいた時には全てが手遅れになっていることを観客たち、そして彼を含めた百獣大戦に参加する選手たちはまだ知らなかったのである。