幕間 創世伝説 龍の始祖
初めに神は天と地をお創りになられた。
しかしお創りになられたばかりの天と地は闇に覆われ、何も見えなかった。
そこで神は光輝く光の玉を数限りなく造り出し、闇に覆われた天と地の隅々(すみずみ)まで散りばめた。
神はやがて星々をお創りになられ、暗闇は光で照らされるようになった。
だが闇は深く、天と地の隅々までを覆っていた。
そこで神は光輝く太陽を造り出し、暗闇に覆われた空へ投げ入れた。
そして闇は光によって追い払われたが、その頃には地上もまた荒れ果てており、草木一本生えない不毛の地と化していた。
神は見渡す限りの砂漠を前に、自らの姿に似せて人をお創りになろうとした。
(いや……でも、待てよ。自分に似せた生き物を今すぐ創るのは早計ではないか?)
神は今、自分が為そうとされることに1つの疑問を抱かれた。
(そもそも神と人が同じ姿であった場合、人は自分を神だと誤解してしまうのではないか? そうだとすると、私の神としての地位が脅かされることになるのでは?)
神は考えに考えた結果、世界を3つに分けることにした。
1つは動物たちが棲む世界。もう1つは昆虫たちが棲む世界、そして最後の1つになかなか気は進まなかったものの……人の棲む世界をお造りになられた。神は動物や昆虫にも生きる権利があることは重々承知していた。しかし、人は神が危惧されていた通り、自分たちを神がお創りになった命の中で最も優れた存在と自称するようになり、動物たちや昆虫たちの世界を侵略し、その命を徒に奪うようになった。神は人の性質を見て大いに嘆かれた。そしてどのようにして人の暴虐から動物たちや昆虫たちの命を守るべきか、さらに考えに考えを重ねられた。そして1つの答えを導き出された。
(私1人では考えることに限界がある。私の影を相談役として置こう)
神はご自身の影からもう1人の神をお創りになられた。
そして神は自らをゼノス・ロードと名乗り、自らの影からお創りになられたもう1人の神をゼノス・ウルゴルと名付けた。ゼノス・ロードとゼノス・ウルゴルは七日七晩協議を続け、人に生きていくため以外で動物たちや昆虫たちの命を奪うことを禁じた。そしてゼノス・ロードはゼノス・ウルゴルに動物たちや昆虫たちの命を育む、果樹園を造り、動物や昆虫たちを保護することを命じた。
ゼノス・ウルゴルはその命に従い果樹園を造り上げたが、その地もまた荒廃していた。
そこでゼノス・ウルゴルは、善良な魂を持つ生き物たちが集まり住めるようにと神界を創り上げ、そこに動物や昆虫たちの楽園を設けた。こうして人間によって絶滅の危機に追いやられていた動物たちや昆虫たちは神の保護下に置かれることとなった。それからというもの、人は動物や昆虫たちを保護するようになり、暴虐の限りを尽くす者はいなくなった。
こうしてゼノス・ロードとゼノス・ウルゴルは動物たちや昆虫たちの命を守り続け、人と動物や昆虫たちは互いに相利共生の関係を築くようになった。
さらにゼノス・ロードとゼノス・ウルゴルは次に人間たちがどのように生きていくべきかを考えられた。
(人間は果たしてこのままでいいのだろうか?)
神にとって人の一生はあまりに短いものであった。そして人はあまりにも欲深であった。人は自分たちの知恵を使って、鉄を造り出し、水の中から塩を取り出す方法を編み出すと、さらに発展させ、いつしか人は神にとって脅威となるほどとなった。
ゼノス・ロードは考えに考えた結果、人を創ったことを後悔するようになった。そうして文明を発展させ続けた人は再び欲望のままに大地を穢し、海を荒らし、天に唾して災厄を振りまく存在となっていたのである。動物や昆虫たちも人のように自分たちの繁栄のため、欲望を貪ることしかしなくなった。ゼノス・ロードとゼノス・ウルゴルの心は絶望に沈んだ。特に動物や昆虫たちを護るために尽力したゼノス・ウルゴルの絶望は筆舌に尽くし難かった。自分の努力を、愛情を裏切られたと感じたゼノス・ウルゴルはいつしか全ての生物の絶滅を願うようにまでなってしまっていた。
ゼノス・ロードは人の行いを嘆かれた。ゼノス・ウルゴルは生きとし生ける者たちの神をも恐れぬ行いに大いに怒り、父なる神、ゼノス・ロードに全生命の殲滅を願い出た。ゼノス・ロードは、生きとし生ける者たちの行いを嘆きつつも、神の力を以てしても命の営みは変えられぬことを悟っておられた。しかし、ゼノス・ロードはこれまでに生まれ、育まれた生命を攻め滅ぼすことに対して躊躇した。
そこで、ゼノス・ウルゴルにこう答えた。
「生きとし生ける者たちが自らの行いを悔やみ、償うならば、我は命あるものを滅ぼすことはしないであろう。しかし、彼らが再び過ちを繰り返すようなことがあれば、その時はこの世を全て焼き尽くし、二度と命の生まれぬ世界へと変えるであろう」
しかし、ゼノス・ウルゴルは父であるゼノス・ロードの意思を無視してこの世界に生まれた全ての生き物を絶滅させ、自分の命令に忠実な生き物だけを創ろうと画策した。
「親の意に背く子供に生きる価値などない。神の思い通りにならない命など一匹残らず、塵も残さずに死に絶えるがいい」
ゼノス・ウルゴルは創造主であるゼノス・ロードの承諾なく、生きとし生ける者たちを滅ぼすために、まず全ての生命の源である世界樹に除草剤を撒いて枯らそうとした。しかし、世界樹は枯れるどころか自らの力でより強く生きとし生ける者たちを護ろうと働いた。
業を煮やしたゼノス・ウルゴルは世界樹の護りを打ち破るべく、3体の大天使、メレク・アイオーンを創り出すと再び世界樹に攻撃を仕掛けた。世界樹の精霊マールハティはゼノス・ロードに助けを求める、ゼノス・ロードはメレク・アイオーンたちから世界樹を護るために守護龍ゼトを創り出し、ゼトはライオンの頭を持つ地の大天使『メレク・アイオーン・ライオ』、シャチの頭を持つ水の大天使『メレク・アイオーン・オルカ』、鷹の頭を持つ風の大天使『メレク・アイオーン・イーグル』と壮絶な戦いを繰り広げた。それはまさにゼノス・ロードとゼノス・ウルゴルの代理戦争と呼んでも過言ではなかった。
最終的にゼトが3体のメレク・アイオーンを封印することで戦いは幕を閉じる。守護龍ゼトは博愛の精神の持ち主で、たとえ敵対者であっても命まで奪おうなどとは考えなかった。そんなゼトに対し、マールハティは感謝と恋心を抱くようになっていった。ゼノス・ロードはゼトとマールハティの想いを知り、2人に祝福を与えた。ゼトはマールハティに心を開き、やがて夫婦となることを誓い合う。そして、ゼノス・ロードはゼトに世界樹を護る使命を託し、世界樹を破壊しようとしたゼノス・ウルゴルに対して怒りを覚えつつも、自分が生み出した我が子に愛着があった。
そこで、ゼノス・ウルゴルが過ちを犯さぬように我が子を地の底に封印し、世界を見守り続ける事となった。しかし、この戦いで世界樹も無傷では済まなかった。世界樹の精霊であるマールハティも同様に怪我を負い、眠りについた。
そして彼女と世界樹が負った傷を癒すためにゼトはその大きな翼を広げ、地を、天を駆けて癒しの泉の水を汲み、傷付いた世界樹に与え続けた。その行いがいつしかゼトの龍神としての資質を目覚めさせ、不毛な土地を緑あふれる大地へと生まれ変わらせていく。ゼトは世界樹を癒すと共にゼノス・ロードの意志を継ぎ、ゼノス・ウルゴルの蛮行を阻止する為、マールハティとの間に子供を授かり、ここに新たな動物『龍』が誕生したのである。これが後の龍族の始祖であり、最初の龍であるゼトの結婚譚であり、『龍神伝説』として後世に語り継がれることになる。
ゼトとマールハティは協力して世界樹に撒かれた除草剤を除去し、ゼノス・ロードの祝福が世界に再び舞い降りた。そして、2人の間に生まれた子供達によって世界樹は護られ続けていくことになるのだった。
それから数百年が経過し、ゼノス・ロードは動物たちにも人間同様に彼らを治める王が必要と考えてネズミ、牛、虎、ウサギ、龍、蛇、馬、羊、猿、鳥、犬、イノシシ、そして猫の13種の動物たちを集めると人間をパートナーとし、戦いに勝利した者を百獣の王とする儀式を執り行うことにした。その儀式こそが百獣大戦であり、それに優勝した百獣王とそのパートナーの人間はゼノス・ロードに認められ、勝利の証として百獣王になった動物とその一族は動物たちの王として君臨し、パートナーとなった人間は神々の一員として認められ、永遠の命を得て神となることができるようになった。
そして1500年後――
「これが私達龍族の誕生にまつわるお話よ。どうかしら、面白かった?」
「はい!とても興味深かったです!でも、なんだか悲しいお話ですね」
「そうね。世界の創造主であるゼノス・ロード様はご自身の子供のゼノス・ウルゴル様を地の底深く封印なさって以来、ゼノス・ロード様は世界樹を護る使命をゼト様に託されたの。そしてその使命は私達龍族へと受け継がれているのよ」
「そうなんだ……私もゼト様みたいな素敵な殿方と恋をしてみたいです、母上」
「ええ、きっとあなたも素敵な恋をできるわよ。さあ、もう夜も更けてきたからお休みなさい、シンルー」
「はい、母上!」
ベッドで横になりながら母から昔話を聞かされていたシンルーは目を閉じるとすぐに眠りについてしまった。
「もう寝ちゃったわね」
まだ幼い娘の寝顔を覗き込むように見ながら、母として子供であるシンルーには世界の危機を知らないでほしいと願う反面、
彼女にはこれから訪れるであろう世界の危機に立ち向かっていける戦士になってほしいとも思っていた。
「ゼト様とマールハティ様……お2人が世界樹を護り続けてくださったからこそ、この命溢れる世界に私達は生きていられるのね……」
母としての願いと、龍族としての責務の狭間で揺れる龍の王妃。しかし、彼女は娘が安心して暮らせるように、ゼトが託した使命を胸に抱きながら生き続けるのだった。
そしてそれから10年後、シンルーは龍族の代表として百獣大戦に挑むことになるのであった……。