第2話 集いし戦士たち
龍族の王女シンルーと彼女のパートナーとなった12歳の少年ラギは百獣大戦に参加する動物たちやそのパートナーたちが集まる場所を目指し、北へ歩いていた。
彼らには百獣王になるという目的があり、龍族としての使命を全うするため、どんな困難が待ち受けようとも突き進む覚悟があった。
そうして目的の場所へとたどり着いた2人は大きな五階建ての建物に入る。そこで髪を2つにわけ、頭の高い位置で結った髪型の少女と青いショートヘアのメイドらしき少女と出会った。髪を二つに分けたツインテールの少女からは快活さや、かわいらしくあどけない印象を受けるが、身につけているシルクでできた衣服からは高貴な雰囲気が感じられた。ツインテールの少女のそばに立っている青いショートヘアのメイド服を着た少女は控えめでおとなしい印象だった。
「貴方たちも百獣大戦の参加者?私はマリアンヌ・フォン・ワイナード。こっちは私のパートナー、猫族のレダよ。」
マリアンヌはお嬢様らしくスカートを低くたくし上げてシンルーとラギに挨拶する。
レダもマリアンヌに続いて軽く会釈をした。
「これはご丁寧に、マリアンヌ嬢。僕は龍族のシンルー、彼はパートナーのラギだよ」
シンルーがマリアンヌとレダに丁寧にお辞儀するとラギも見様見真似でお辞儀をして挨拶した。
「俺はラギってんだ!百獣大戦っていろんな奴らが力比べするんだろ?楽しみだなぁ!お互い頑張ろうぜ、マリアンヌ!」
ラギは楽しそうに言い、マリアンヌとレダに握手を求めた。
「はあ……あなた、なんにもわかっていないのね」
マリアンヌはそんなラギを見て呆れたように言った。レダも思わず吹き出しそうになるのを堪えている。
「へ?どういうことだよ、マリアンヌ」
「百獣大戦はただの力比べじゃないわ。私たちの目的は『百獣王』になることよ!遊び感覚で参加してはダメでしょう?」
マリアンヌはラギを咎めた。彼女のパートナーであるレダもそれを肯定するようにうなずく。
しかしラギは二人の言っていることがまるでわからないとでもいうようにポカンとしていた。それを見てシンルーとレダ、そしてマリアンヌの3人は深いため息をついた。
「……はぁ……シンルー、優勝候補である龍族の貴方がこんな能天気なパートナーを選ぶだなんて……。頭が痛いわ……」
マリアンヌは額に手を当て、やれやれと首を振った。
「なっ……!?能天気だとぉ!?おい、マリアンヌ!お前俺をそんな風に思ってるのか!?」
ラギは自分が能天気だと言われたことに腹を立ててプンスカと怒り出した。その様子を見てシンルーたちはまたため息をつく。
「ラギ、僕たちはマリアンヌ嬢たちと親睦を深めるためにここへ来たんじゃない。お互いに顔を合わせることでこれから戦う相手が誰なのか確かめるためだよ」
「そ、そうか!じゃあ、マリアンヌたちとはどこかで戦うことになるかもしれないってことか……」
シンルーの説明に納得するラギを見てマリアンヌは納得するように頷く。
「その通り、私たちと貴方たちは敵同士よ。戦いが始まったらお互いに容赦はしないわ」
「まぁ、俺たちも負けるわけにはいかないからな!正々堂々戦おうぜ!」
マリアンヌの言葉にラギが返す。そんな様子にシンルーは苦笑するしかなかった。
こうして新たなライバルたちと出会ったラギたちは改めて共に正々堂々と戦うことを誓ったのだった。
(まったく、おめでたい奴らだ……)
そんな彼らを少し離れたところで見ていた少年が1人いた。彼の名はゴードン・レイモアといい、彼もまた百獣王を目指す参加者のパートナーだった。彼は百獣大戦に向けて作戦を練っているところだった。
「フン、龍族と猫族か……俺たちの敵じゃないよな、ダグニス?」
ゴードンが彼のパートナーである犬族のダグニスの方を振り返りながら声をかける。
「あ~、このポテチ塩濃いな……」
しかし、ダグニスは上の空でポテチの袋を開けてバリバリと食い漁っていた。
「何やってんだこの馬鹿犬!真面目にやれ!」
「いいだろ別に!これほんとに美味いんだからよ!!」
ゴードンはそんなダグニスを怒鳴りつける。ダグニスは慌ててポテチを飲み込むとゴードンに向かって吠えた。
「チッ……まあいいさ。あいつらの仲が悪くなったらその分俺たちが有利になるんだからな」
ゴードンはそう呟くと、ラギたちに背を向けて歩き出した。彼は既に己の勝利を確信していたのだった。
(フン、龍族も猫族も大したことないな……優勝は俺たちがいただくぜ……!)
ゴードンが去った後、ダグニスもポテチを食べながら去っていった。
「はぁ……なんだか拍子抜けしちゃったわ」
マリアンヌがため息をつくとレダも頷いた。まさか自分たちが戦うかもしれない相手に能天気な連中がいるとは思っていなかったからだ。
「お嬢様。龍族とそのパートナーは捨て置くとして、他の参加者はどうなさいます?」
「そうね……さっき言ったように、私は優勝を狙っているの。そのためにはいろんな人と手を組むことも必要でしょうね」
「なるほど、さすがお嬢様です」
レダはマリアンヌの言葉に納得したように頷く。
「……でも、あの能天気な奴らを見てたらちょっとやる気がなくなっちゃったかも……」
しかしマリアンヌはシンルーとラギのことを思いだして再びため息をついた。するとシンルーがそんな彼女に声をかけた。
「おや、そうかい?僕はそうとは思わないよ、マリアンヌ嬢。僕らが勝ち上がる可能性は十分にある」
「ふーん……、なんでそう思うのよ?根拠はあるの?」
「もちろんあるさ。僕らは己のパートナーに信頼を寄せている。これまで一緒に力を合わせて困難を乗り越えてきたんだ。そしてお互いを信じているからこそ、相手を守ろうという気持ちも強くなるのさ」
シンルーはラギとマリアンヌを見ながら言った。シンルーの言葉を聞いていたマリアンヌは少し考え込んだ後、ニヤッと笑って言った。
「つまり……『絆』ってやつかしら?そういうのって綺麗事だと思ってあまり好きじゃなかったんだけど、たしかに貴方たちを見ているとなんだか信じてもいいかなって思えてくるわね」
マリアンヌのその一言にシンルーとレダは顔を見合わせて嬉しそうに笑った。
そしてラギも「へへっ、だろ?」と得意げな表情を浮かべる。
「さて、私たちはこれから他の参加者を探すつもりだけど……あなたたちはどうするの?」
「もちろん僕たちも行くよ。なにせ僕らは『優勝候補』だからね!」
シンルーはそう言ってウインクした。そうして4人は他の参加者を探すため、再び歩き出したのだった。
「ねぇねぇ、アンタたちが優勝候補って噂の龍族とそのパートナーなんだって?アタシは羊族のパメラ!よろしくね!」
シンルーとラギが歩いていると、人懐っこそうで小ざっぱりとした感じの少女が話しかけてきた。彼女の傍らにはパートナーと思われる眼鏡をかけた小柄な少年が立っており、こちらにぺこりとお辞儀をした。
「ああ、その通りだよ。君は羊族の代表者なんだね、僕は龍族のシンルー。
こっちがパートナーのラギだよ」
「俺、ラギってんだ。よろしくなパメラ!ええと……そっちのパートナーは……」
ラギがそう言うとパメラは待ってましたとばかりに隣にいる少年を紹介した。
「紹介するね、彼はアタシのパートナーのザックよ!」
パメラに紹介されたザックはにこやかに笑ってラギと握手した。彼もまた人懐っこそうな笑顔が印象的だ。
「おお、よろしくな!それにしても……みんなすごいんだな!こんなに強そうな奴らはなかなかいないぞ!」
そう言って感心したようにパメラとザックを見つめるラギにザックは恥ずかしそうに赤面してしまう。
「そんな……ラギさん、僕は全然強くなんてないですよ……」
「そうよ、ラギ!アタシのザックはめちゃくちゃ強いんだから!」
パメラに後押しされ、ザックは照れ隠しのように人差し指で頬をかいた。そんなザックの様子を見てラギは思わず笑った。
「ははっ、そっか!まぁお互い頑張ろうぜ!」
そう言ってラギとパメラは互いに握手をした。その様子をマリアンヌとレダは静かに見守っていたが、彼らの様子を見てレダは安心したようにほっと息をついたのだった。
そして、そんな彼らの様子を離れたところから見つめる青年と少女の姿があった。青年の目つきは鋭く冷たい雰囲気を宿している。それとは逆に隣に立つ少女はウサギのように長い耳を無邪気にぴょこぴょこと揺らしていた。
「あ、あの人たち、なんか楽しそう……あの人たちなら私とお友達になってくれるかな?
アッシュ……」
「友人は選べ、モニーク。あんな連中と関わると馬鹿がうつるぞ」
アッシュと呼ばれた青年はそう言ってモニークを睨んだ。モニークはしゅんとして耳をたらした。
「あ……ご、ごめんなさい……」
そんな様子を見てアッシュはため息をつくと、モニークの手を引いて歩き出した。
「え?アッシュ?どこへいくの?」
「部屋に戻るぞ」
アッシュがそう言うと、モニークは慌てて彼の後を追いかけたのだった。
(ふん……どいつもこいつも能天気な奴らばかりだな……)
ラギ達の様子を見ていたアッシュは思わず鼻で笑った。そして、ラギ達に注目していたのはアッシュたちだけではなかった。ラギ達の前をゆっくりと歩きながら通り過ぎていくその女性は思わずため息をついた。
(あんな年端もいかない少年少女がこの百獣大戦に参加していようとは、世も末だな……)
彼女はそんなことを考えながら、ラギたちに背を向けて歩き出した。しかし、数歩歩いたところでふと足を止めた。
(……いや、待て。彼らならもしかしたら……)
そして前方で手を振っている背中に鳥のような翼を生やした少女に手を振り返すと思わず笑みを浮かべていた。彼女はその出で立ちから女性の武術家であることがはっきりとわかる。
彼女の名はクレア・マグノリア、またの名を『落星鳳凰拳』のクレアと言った。ラギ達の存在に気づいた武術家たちの多くは、すぐに彼らに興味をなくすかのようにその場を去っていく。しかし、中にはその逆の人間もいた。
(へぇー……あんな子どもでも百獣大戦に参加できるのか。なかなかやるじゃん)
二階からラギ達の姿を眺めているその男はカウボーイのような服装をしていて、その傍らには牛のような角を生やした大男が立っている。彼らが百獣大戦に参加した猛者であることは、ラギ達には知る由もなかった。
「ウッシッシッシ、可哀想になぁ、あの坊やたち。俺らと戦ったらひとたまりもねえんじゃねえか?ジャッキー」
「いや、そうとも限らないぞダンジューロ。ああ見えてあの子たちはかなりの修羅場を
くぐりぬけてきたように見える。油断はできない相手だ」
「ほ~、お前がそう言うならそうかもな!だがよ、せっかくの祭りなんだから楽しまなきゃ損って もんだぜ?なぁ!」
ダンジューロと呼ばれた牛のような大男はそう言うと隣にいるカウボーイに向かってニッと笑った。カウボーイの男、ジャッキー・ウシヤマは手に持っているウイスキーの水割りの入ったグラスを傾けるとニヤリと笑って言った。
「ああ、その通りだぜダンジューロ。酒も料理も申し分ない、俺たちは俺たちの仕事をするだけだ」
そうしてジャッキーがグラスを傾けるとウイスキーが彼の喉を通り過ぎていく。彼はグラスをテーブルに置くとダンジューロに向かって言った。
「さ、そろそろ行こうぜダンジューロ。金はたんまり稼いできたんだ、
これから始まる祭りを楽しむとしよう」
「あいよ。それじゃ行くか、久々の祭りだ!シッシッシ!!」
2人の男は連れ立って歩き出すとそのまま百獣大戦の開会式が行われる会場へ入って行くのだった。
(お?あれって……)
ラギ達が歩いていると目の前に15,6歳くらいの身なりの良い少女とタキシードスーツを着た青年が現れた。その両脇には右側に白髪の背の高い老人と巨大な煙管を背負ったサングラスの男、左側には仮面をつけた男と修道服に身を包んだ修道女らしき女性が立っている。身なりの良い少女はマリアンヌと目が合うと口元を歪めて悪意のある笑みを浮かべながら口を開いた。
「あらぁ?どこかで見たマヌケ面がいると思ったら……マリアンヌ様ではありませんこと?」
少女を見たマリアンヌは思わず顔をしかめて歯を食いしばった。その少女には見覚えがあったのだ。
「ルナ・ラーナリア……!アンタまで百獣大戦に参加していただなんて……!」
「没落貴族の御令嬢である貴女が参加しているだなんて、なんという巡り合わせかしら?私、貴女のことが本当に心配ですわ……きっと無様に敗北してしまうのでしょうね、お可哀想に」
ルナはそう言うとフゥーっと深いため息をつくのだった。
「くっ……!馬鹿にしないで頂戴!」
マリアンヌとルナの間に険悪な空気が流れる。するとルナの傍に控えていたタキシードスーツを着た青年がマリアンヌに頭を下げる。
「申し訳ございません、マリアンヌ様。ルナお嬢様は少し口が悪いものでして……
どうかお許しください」
「あ、貴方はルナのパートナーなの……?」
マリアンヌは驚きの表情を浮かべる。彼女の目の前には白銀の髪をオールバックにしたタキシードスーツの青年が立っていた。彼を見たレダは思わず目を細めて呟く。
(この男……強い……!)
青年は一見すると普通の物腰柔らかい執事のようであったが、その身体に秘められた覇気の強さを感じ取ることができたのだ。レダが警戒するように身構えると、ラギが突然会話に割って入った。
「確かにこの兄ちゃんの言うとおりだぜマリアンヌ。あの姉ちゃん、口が悪すぎるよ」
ラギは警戒するような表情でルナを見据えた。マリアンヌは驚いて思わずラギのことを見つめる。
(え?ラギ、どうして……?)
ラギはレダの制止も聞かずにずかずかとルナの元に近づいていった。そんな様子を見てルナはニヤリと笑って言う。
「あらあらぁ?ここは百獣大戦の勇者が集まる神聖な会場だと聞き及んでいたのですけれど、どうして野人の子供が紛れ込んでいるのかしら?嫌ですわぁ……汚いものが私の視界に入ってしまいますもの」
ルナはそう言ってラギのことを蔑むような目で見つめた。ラギはそんなルナの視線をまっすぐに受け止めると、ずいっと彼女に近づいた。
「アンタ、そうやって誰にでも悪口を言うのか?
そんなことしているとみんなから嫌われて一人ぼっちになるぞ」
ラギの突然の発言にルナは一瞬きょとんとした表情を浮かべたが、すぐに眉を逆立てて言った。
「はぁ?馬鹿じゃないの?何を言い出すかと思えば……野人の子供がこのルナ・ラーナリアに意見するだなんていい度胸じゃない!ユニス、この子にお仕置きしてあげなさい!!」
「いいえ、お嬢様。彼の言う通りです、発言の撤回をお勧めしますよ」
ユニスと呼ばれた青年は静かに、そして冷ややかにそう言った。ルナはユニスの言葉に「え?」と驚いたように目を見開いた。
「な、何を言っているのよユニス!この私を馬鹿にするだなんて許せるはずないでしょ!」
「お嬢様、彼はお嬢様を馬鹿になどしていませんよ。むしろその逆です。この少年はお嬢様の身を案じてくれているのです、たとえ自分のことを口汚く罵られようとも……彼のような素晴らしい人格者こそ貴族たる者が持つべき素質なのです。発言の撤回をお願い致します」
ユニスはルナに対して静かに頭を下げた。その様子を見ていた仮面の男が小刻みに震えながら必死に笑いを堪えながら言った。
「く…くくっ、くははは……ルナ嬢、これは一本取られましたな」
「ビラニ!貴方まで……!」
ルナは顔を赤くすると、今度はマリアンヌの方に鋭い視線を飛ばした。
「ふん……いいわ、マリアンヌ!貴女とはいずれ決着を付けてやるんだからね!」
ルナはそう言って高笑いをするとマリアンヌたちに背を向けて歩き出した。ユニスはそんな彼女の後ろを黙ってついて行く。彼は去り際にラギの方を見つめると優しげな表情で頭を下げて言った。
「君のような人と出会えたことを心から感謝申し上げます」
そう言うユニスにラギは照れくさそうに笑う。
「へへっ、そんな礼を言われると照れちゃうぜ。でも兄ちゃんはあのルナって姉ちゃんのパートナーなんだろ?あんな姉ちゃんがパートナーで大変じゃないか?」
ラギの問いかけにユニスは静かに首を振る。
「確かに、私にはお嬢様の傍若無人な振る舞いを止めることは出来ません。
しかし、彼女はいずれラーナリア家を背負って立つべき御方であることは確かなのです」
「ふーん……兄ちゃんはあの姉ちゃんがいつか立派な貴族になるって信じてるんだな……」
ラギの言葉にユニスは優しく微笑むと静かに頷く。そんな中、シンルーが口を開く。
「どうやら貴方はパートナーと違って聡明な方のようだね。
貴方の誠実な態度に免じてラギに対する侮辱は許してあげることにするよ」
「主の無礼を許してくださり、感謝致します。貴方様は龍族の第一王子であらせられるシンルー様ですね。ラギ殿に続きましてお会いできて光栄です」
「ふふっ……礼節を弁えているんだね。僕も貴方のような人格者に出会えて嬉しく思うよ」
2人はそう言って握手を交わした。その様子をマリアンヌはどこか不安そうに見つめるのだった。
(どうやら、僕が本当は王子ではなくて王女であるということはみんなに知られていないようだな……)
シンルーがそう安堵していた時、ルナの右側に控えていた白髪の背の高い老人が口元を歪ませていった。
「ふーむ……龍族の王子……のう?しかし、王子殿下からは年頃の生娘の匂いがプンプンするぞ。これはいったい、どういうことじゃろうなあ?」
白髪の老人の言葉にシンルーは冷や汗をかきながら苦笑いを浮かべる。
「ふふっ、何のことでしょう?僕は生娘などではありませんが……」
(まさか……僕が女であることがバレたのか……?)
その時、ルナが少しイラついた表情を浮かべて戻って来た。
「まったく……いつまで油を売っているのよユニス!早く行くわよ!」
「これは失礼いたしましたお嬢様。それでは皆様も御機嫌よう」
そんなルナに深々とお辞儀をして、ユニスと仮面の男と彼のパートナーらしき修道女は再び会場の中へと入って行く。白髪の老人と巨大な煙管を背負ったサングラスの男は共に不気味な笑みを浮かべたまま、その後に続いた。彼らの姿が見えなくなるとシンルーはホッと胸を撫で下ろした。
(ふぅ……どうやら僕の性別には気づいてないようだな)
「あの爺さん、すげぇ洞察力だな……」
「そうね、ラギの言う通りだわ……シンルーが女の子だって匂いだけでわかっちゃうなんて、油断できないわね」
感心するラギとそれに相槌を打つマリアンヌ。さらに不機嫌な表情のパメラも会話に加わる。
「でもさー、勝手に匂いを嗅ぐなんてデリカシーなさすぎじゃない?あの爺さん。同じ女としてマジ激おこなんですけどー!!」
ラギ達の会話を聞いてシンルーの思考回路は一瞬にして凍り付く。
「え……?君たち、今、僕を……女の子……って……?」
「え?シンルー、貴方気づいてなかったの?ラギがシンルーは女の子だって言ってたわよ」
マリアンヌはきょとんとした顔で言った。そんな彼女にラギが言う。
「あれ?シンルーが女だって言わない方が良かったか?」
ラギの言葉にシンルーは衝撃を受けたように「ああ……」と呟き、ガックリと膝を突いた。
(なんということだ……僕は王子として振舞っていたのに、まさかこんな簡単にバレてしまうなんて……!)
今まで王子として振舞っていたシンルーにとって今の状況は絶望的だった。
性別を偽って王子を詐称していたことがバレれば、龍族の威信に係わる。シンルーは頭を抱えて必死に考え込んだ。
(うう……どうする!?いっそ開き直るか……?いや……しかし!)
「おい、大丈夫かよシンルー?お腹痛いのか?」
そんなシンルーの様子を見かねたラギが心配そうに顔をのぞき込む。
(そうだ……ここは落ちついて対処しなければ……!)
そう考えた時、パメラとマリアンヌの視線が自分に集中していることに気づく。
(こ、これはマズイ!なんとかしてこの場を誤魔化さなければ……!)
シンルーは焦る気持ちを抑えつつ、ゆっくりと立ち上がった。そして若干頰を赤らめながら言った。
「だ、大丈夫だよ……すまないねラギ……ありがとう」
「そうか?ならいいんだけどよ……」
そんなシンルーの様子を見てかパメラとマリアンヌも安心したように小さく息を吐くのだった。その後一同はしばらく沈黙していたが突然入口の方から快活な女性の声が響いた。
「よっしゃ!遅刻せずに間に合ったー!!あたいの言うとおりだったろ、ミレイ。あそこを右に曲がれば近道だって!」
「ライラが曲がったの、右じゃなくて左の道だったよ。まあ、無事に百獣大戦の開会式に間に合ったからよかったけどさ」
そう言って現れたのは2人の女性だった。1人はライラという名前で、背が高く筋肉質な赤毛の女戦士だ。もう1人は黒髪を肩まで伸ばした大人しそうな雰囲気の少女だった。だが大人しそうな見た目とは裏腹にその手には2メートルを越えそうな大型の棍棒を手にしている。彼女はラギたちに気がつくと笑顔を浮かべて近づいて来た。
「あれ?アンタ達、見ない顔だけど……もしかして百獣大戦の参加者かい?」
「ああ!俺、ラギっていうんだ!」
「あたしはマリアンヌよ!よろしく」
2人は明るい表情でライラに答えた。そんな彼女らの言葉にライラは豪快に笑い声をあげる。
「アッハッハ……変わった子達だなぁ!ラギにマリアンヌか!気に入った!あたいのことはライラって呼んでおくれ。こっちのおとなしい娘はミレイっていうんだ」
「よろしく、ミレイです」
そう言って黒髪の少女、ミレイは照れながら頭を下げた。
「貴女は……もしかしてイノシシ族ですか?私は猫族のレダと申します」
「あたしは羊族のパメラ!よろしくね!」
ライラがイノシシ族であることから、レダとパメラは挨拶をしながら互いの種族を確認した。ただ1人、シンルーだけはどのように自己紹介すべきか頭を悩ませていた。
(どうしよう……もうマリアンヌ嬢たちに女だってバレちゃったし、ここは思い切ってバラしてしまうか?いやしかし……)
そんなシンルーの悩みなど知らずにライラが言う。
「あれ?あんたのその格好、もしかして龍族かい?」
「え、ええ……その通りですよ……」
シンルーがそう言うと、ライラは豪快に笑って言った。
「アッハッハ!そうかい、そうかい!こりゃあ面白い偶然だな!」
(うぐぐ……!ここまで言われたらもう素直に女だと言うしかないか……)
シンルーは諦めたようにため息をつくと渋々と言った様子で口を開いた。
「あの……実は僕……外交上の都合で王子って名乗っていたんですけど、本当は王女なんです……」
「へえ、あんた女だったのかい!?背も高いし、男物の服を着ているから男だと思ってたよ、こいつは驚きだね!!」
シンルーの告白にライラ達は目を見開いた。マリアンヌはやれやれと言った表情で言う。
「まったく……シンルーが女の子であることがわかっても私たちが態度を変えるとでも思ったの?」
「シンルーが女の子だったなんて、ラギに聞かされるまであたしたち全然気づかなかったよ!もしかして、何か秘密があるの?」
パメラの問いかけにシンルーは首を横に振って答える。
「いや……今まで通りで構わないよ……むしろそうしてくれると僕も嬉しいかな……」
その言葉にマリアンヌたちはホッとした表情を浮かべる。その一方でライラは一瞬、眉を潜めるがすぐに笑顔に戻ると豪快に笑い声をあげた。
「アッハッハ!そいつはいい!よろしく頼むぜ、王女様!」
ライラはそう言うとミレイの肩をポンと叩きながらウインクをした。ミレイは少し戸惑いながらも頰を染めて小さく頷く。そんな2人の様子を見て、シンルーは複雑な表情を浮かべていた。
(うう……なんだろう、この敗北感は……)
こうしてシンルーは龍族の王女である事がバレてしまったものの、彼女のパートナーであるラギと共にその場に集まった面々と会話を弾ませるのであった。
「ふーむ……先程のラーナリア家の令嬢たちと奴らがひと悶着起こすのを期待していたが、なかなかどうして潰し合ってはくれないものだな」
「はい、あのラギという少年……無鉄砲に見えて冷静な判断力の持ち主のようです。どうしますか、ユベル?」
「そうだな……」
紫色の髪をした白い肌の少女にユベルと呼ばれた青年は腕組みしながら少しの間思案に暮れる。
「まあいいさ、チャンスは後からいくらでも降って湧いてくるはずだ。俺は世界で最も賢く、強く、そして美しい男なのだからな……」
ユベルはモデル立ちをしながら自信満々に呟く。傍らにいる少女は冷ややかな顔でユベルを見つめていた。
「また、そんな根拠の無い自信を……ご自分の能力を過信するのは危険ですよ」
「ああ、そうだな……しかし俺の溢れんばかりの情熱と美貌は自分さえもコントロール出来ないのさ……」
そう言ってユベルはフッと笑った。そんな彼の様子に少女は小さくため息を吐くと話題を変えるべく口を開いた。
「それにしても龍族も代表に王女を選ぶとは随分と他種族を見下しているようですね。彼女程度の実力に我々蛇族が遅れを取るとでも言いたいのでしょうか?」
少女の言葉には龍族に対する敵意と憎しみが感じられた。その踊り子の様な素肌を過度に露出させた衣装に身を包みながらも彼女は戦士として戦闘慣れしているように見受けられる。
「シャルティナ、お前の一族が龍族を憎悪しているのは俺も承知している。だが、奴らはいずれ
俺たちの前に敗れ去る運命なのだ。今はまだ大人しくしていろ」
「……はい、ユベル」
ユベルの言葉にシャルティナは素直に従うように頷く。その様子に満足そうに頷いた後、彼は言った。
「では行くぞシャルティナ!百獣大戦に優勝すればお前が百獣王になることは間違いあるまい。そして俺はこの世の美を司る絶対神となるのだ……!」
百獣大戦に優勝した動物は人化の術を使わずとも人の姿でいられるようになり、パートナーとなった人間には神々の一員に加わる権利が得られる。それがこの儀式の目玉であり、
シャルティナの一族である蛇族にとって絶対に優勝しなければならない理由でもあった。
「はい、蛇族の威信にかけて必ずや優勝してみせましょう!そのためなら私は貴方の忠実な駒にもなります」
「頼りにしているぞ。よし……ではそろそろ行くか!」
そう言ってユベルはパチンと音を立てて指を鳴らすと2人は会場へと足を踏み入れるのであった。
2人が去ると入れ違うようにラギたち一行が会場へと入ってくる。するとマリアンヌがふと足を止める。
「ん?どうしたんだ、マリアンヌ?」
「ラギ……さっき、ルナに悪口を言われていた時に助けてくれて……その、なんていうか、
ありがとう」
マリアンヌはそう言って照れくさそうに頰を染めながら微笑む。それを見たラギは「おう!」と笑顔で答えた。
「そんなのお安い御用だぜ。さあ、俺たちも行こう!」
そう言ってラギは会場の中へと入って行く。こうして百獣大戦に挑む戦士たちが一堂に会することになるのであった……。