第1話 野生児と龍の王子
皆様大変申し訳ありません。連載中だというのに、別の小説を書いてしまいました。いや、実は書きたかったんですよ。でも、この『十三獣王』はある程度書いてから一気に投稿しようかなと考えていたんです。でも……どうしても投稿したくなったんです! すみません。
「討剣如夢」も今週中に更新しますので許してください。寛大な御心でなんでも許してください!
本当に申し訳ありませんでした。orz 今回、少し宣伝しますが……。
新作『十三獣王』もよろしくお願いします!
……と、いうわけで、新作を投稿しました。
実はこの作品は私が以前から投稿したかった小説なのですが、まだプロットを考えている段階なので、しばらく投稿は先になると思います。読者の皆様に「討剣如夢」同様、楽しんでお読みいただけたら幸いです。
それはとある時代、とある世界の物語。神は13匹の動物たちを集めると人間をパートナーとし、戦いに勝利した者を百獣の王とする儀式を執り行うことにした。人々は動物をパートナーにすることで己を鍛え、より強い者だけがその栄光と特権を得ることができるのだ。
この物語は神に選ばれし動物の王、「百獣王」の座をかけた動物たちと人間の果てしなき戦いと友情の物語である……。
「なぁ、前回も選ばれなかったな。俺たち」
「あぁ。いい加減諦めればいいのにさ、意地になってるよな親分……」
2匹の犬たちが木の陰で呟く。彼らの先祖は100年前に「百獣王」の座をかけて他の動物たちと戦った犬の英雄「チャドラム」の子孫である。結局犬は100年前の儀式で1歩及ばず敗北してしまったのだった。
「あの儀式って本当に必要なのか?俺らのご先祖様は『百獣王』にはなれなかったんだぜ?」
「そりゃそうだろうよ。俺たちのご先祖様はあくまで誇り高き狼であって、龍や虎とは違うんだから。……でも、だからって俺たちが選ばれる理由はないんじゃないか?」
「だよな……結局アレは俺たちが先祖の威光に縋るための儀式でしかないんだし」
2匹がそう話していると木の陰から1匹の大きな犬が飛び出してきた。
「何を言ってやがる!お前らがそんな弱気じゃ俺ら犬は永遠に百獣王になれやしないじゃねえか!!」
2匹の犬は驚くが、それは他でもない彼らにとって一番身近な存在である親分のダグニスだった。
「お、親分!?なんでこんなところに!?」
「何って散歩だよ。最近運動不足だからな」
ダグニスがそう言った瞬間、彼の子分たちは露骨に嫌な顔をする。
「おい、お前たちそんな顔するなよ!俺が何をしたっていうんだ!?」
「だってさ……親分って熊より大きいじゃん……デカいから怖いんだよ……」
子分たちがビビるのも無理はない。ダグニスは彼らの先祖である犬族の英雄チャドラムよりも大きく、強靭な肉体を誇る正真正銘の「犬王」であった。
「何が怖いだ!今年の百獣大戦は俺たち犬族が優勝するんだ!そんなに弱気なら俺が気合を入れてやる!!」
そう言って子分たちに向かって吠えるダグニス。
(うわぁ……勘弁してくれよ……)
(また鬼ごっこが始まるのか……)
2匹は嫌そうな顔をするが、これは彼らにとっていつものことである。
「お前ら全員今日1日俺から逃げ切ることができたら俺がおやつの骨をやる!」
「え!?いいんすか!?」
ダグニスの言葉に2匹の子分たちは反応する。普段はなかなか骨をくれることのない親分だが、たまにこう言う太っ腹なことを言ってくれる時があるのだった。
「あぁ。お前らが逃げ切ったら1日2本くれてやるよ」
「よっ、太っ腹っすね親分……今日は何かいいことでもあったんですか?」
子分の一人が言うとダグニスは笑う。
「おうよ!俺は『百獣王』になる男だからな!!ハッハッハ!!」
子分たちはそれを聞いて目が点になった。どうやらさっきの話は冗談ではなかったらしい。そしてこの日から彼らの壮絶な鬼ごっこが始まるのだった……。
この年、動物たちは100年ぶりに開催される百獣王になるための儀式『百獣大戦』に熱狂していた。
『百獣大戦』とは、神の使いとなる13種の動物が100年に一度行う儀式で、それぞれの動物が己のパートナーとなる人間と共に戦い、優勝した動物とその一族が「百獣王」として認められ、パートナーの人間は神になることができる、というものである。動物たちはその儀式に勝利し、己の威信と名声を得ようと躍起になっていたのだった。
そしてこの年、ついに『百獣大戦』が開催されることになったのである!
「なぁ……お前あの話知ってるか?」
「ん?どの話だよ?」
「あの野生児ラギのことだよ。あいつ、また村長の家に忍び込んでパンを盗もうとしたらしいぜ」
「え、まじで?相変わらず食い意地が張ってるよな。というか……あいつってそもそもなんで野生児って呼ばれてるんだ?」
「さあ?俺にも分からねえ」
少年たちがそんな会話をしているとボロボロの衣服を纏った少年が突然彼らの前に現れる。
「お、お前ら!食い物分けてくれ!」
「うわっ!!出たあっ!!」
その少年を見て彼らはあたふたと逃げ出した。
「待ってくれよ!俺は腹が減ってるだけなんだ!乱暴なんてしねえよ!!」
ボロボロの衣服を纏った少年は走り去って行く少年たちに向かって叫ぶが、彼らはそんなことはおかまいなしにその場を立ち去ってしまった。
「ちぇっ、食い物ぐらい恵んでくれてもいいのによ……」
少年は弱々しく溜息をつく。その姿は小柄で髪は赤く、額には三日月型の傷がある。その瞳は翡翠のように輝き、悪意は感じられなかった。
彼こそが少年たちが噂していた野生児ラギである。彼は幼い頃に両親を亡くし、シェンカ村の村長に拾われて育てられたが村での生活や学校になじめずに村長の家を飛び出して山や森の中で生活しているのであった。ラギは食料を得られない時は村長の家に忍び込んで食料を盗むことが多かったため、村長に警戒されて最近は食料を手に入れられずに村の付近を通りかかる旅人に食料を恵んでもらうことが多くなっていた。
「キミ、そんなところで寝転んでどうしたんだい?」
ラギが声の主を見るとそこにいたのは炎のように赤い旅装束に身を包んだ15歳くらいの少年であった。髪は少女のように長く伸ばしており、後ろ手に縛っている。腕には白銀の腕輪を身につけ、半ズボンに黒い長靴を履いているその優雅な姿からどこかの貴族の息子のように見えた。彼の顏は少女と見間違うくらいに美しく、気品に満ちていた。
「誰だあんた?」
ラギは怪訝そうな顔をして少年に問う。少年はそれを聞いて笑いながら言う。
「おっと失礼。僕の名はシンルーというんだ」
「シンルー?聞いたことない名前だな……もしかして外国の旅行者さんかい?」
ラギがそう言うとシンルーは微笑みながら答えた。
「まあ、そんなものかな……実はシェンカ村に用事があってここまでやって来たんだ。でも、道が良くわからなくて……。良かったら案内してもらえないかな?」
ラギはそれを聞いて驚く。このシェンカ村は王都から近いので、王都の人間なら知らないはずはないからだ。しかし、困っている人間を放置できるほどラギは薄情ではない。
「いいぜ!村まで案内してやるよ!」
「本当かい?助かるよ!」
シンルーはそう言って微笑むとラギと一緒に村長の家に向かったのだった。
「そうだ、まだシンルーには俺の名前教えてなかったな。俺はラギ。ちょっとワケありでシェンカ村の近くの森に住んでいるんだ」
ラギが自己紹介すると同時に空腹に耐えかねて腹が鳴った。その音を聞いたシンルーは鞄からパンを取り出して彼に手渡した。
「ラギ、お腹が空いているならこれをどうぞ」
「えっ!?シンルー、いいのか?」
「もちろんさ。僕は腹ペコの人には優しくすることにしてるんだ」
シンルーはそう言って微笑むとラギは満面の笑みを浮かべながらパンを受け取った。
「あんがと!恩に着るぜ!!」
ラギはそう言うとパンをがっつき始めた。
(この子、ちょっと変わってるなぁ……)
そんなラギを横目に見ながらシンルーは苦笑いを浮かべるのだった……。
そして2人はシェンカ村に到着したが、シェンカ村では彼らを出迎えるように村長と大勢の村人が集まっていた。
「龍の王子殿下、我が村にようこそおいでくださいました。此度の儀式でのパートナーを選びやすいよう、村で選りすぐりの強者を集めておきました。さぁ、どうぞこちらへ」
「じっちゃん、急にかしこまってどうしたんだよ?それに龍の王子ってシンルーのことなのか?」
村長はシンルーの隣に毎度毎度自分の家に食料を盗みに来る野生児のラギが立っていることに仰天した。
「な、な、な!ラギ!?どうしてお前が王子殿下と一緒にいるのだ?そして一体どうやってその御方をここまで連れてきたのだ!?」
「俺はシンルーにシェンカ村まで案内して欲しいって言われたから案内して来ただけだぜ?じっちゃんの家のパンより美味いパンも貰えたしな!」
「ラギ!何と無礼なことを!この御方は龍族の王子であらせられる、シンルー殿下なのだぞ!此度の百獣王を決める儀式に参加されるために必要なパートナーを探しに来られたのだ」
村長の語気を強めた激しい言葉にラギは首を傾げる。
「百獣王を決める儀式?なんだそれ?」
「お前と言う奴は……そんなことも知らんのか!!」
村長が激怒するのを見たシンルーはラギに詳しく説明した。
「百獣王を決める儀式というのは100年に一度神様が開催する動物の王様を決める儀式の事だよ。通称『百獣大戦』と言うのだけど、ネズミ、牛、虎、ウサギ、龍、蛇、馬、羊、猿、鳥、犬、イノシシ、猫といった動物たちが百獣王となるために人間をパートナーにして戦いを繰り広げるんだ。100年前の儀式では馬族が優勝したんだけど、今年は僕たち龍族が何としても優勝したいんだ」
「へぇ……なんか面白そうだな!」
ラギはシンルーの説明を聞いて興味津々といった表情を浮かべる。
「でも、シンルーはどう見ても人間だろ?どこらへんが龍なんだ?」
「ああ、この姿は人と意思疎通しやすいように人間に姿を変えているんだ。僕の真の姿は……」
するとシンルーの姿が閃光を放ちながら光り輝き、周囲を照らし出すと大きな赤い龍へと姿を変えた。その体は長く、まさしく龍と呼ぶにふさわしかった。
「すげぇ……」
ラギはその大きな龍の姿に魅了される。シンルーは人化の術を解いて龍の姿に戻ったのだった。
「これが僕の真の姿だよ」
シンルーがそう言うと村長が驚いていた。
「おお……王子殿下の御姿こそ、まさに百獣王にふさわしい……!」
村長はそう言って膝をついて頭を下げた。その様子を見たシェンカ村の村人たちも次々と跪く。彼らにとって龍族は神にも等しい信仰の対象であった。そしてシンルーは旅装束に身を包んだ少年の姿に戻るとシェンカ村の村長の家に入っていった。
「それにしてもシンルーが龍族の王子だったなんてビックリだな。どうりであんなにキレイで上品だったわけか……」
感心したようにラギは呟く。
シンルーは村長の家で歓待を受けていた。村長の家は広いだけでなく、数々の貴重品が飾られており、いかにも裕福であるようだった。シェンカ村の周辺を治めているため、食料には困ることがなかったのでその蓄えを使ってこのような豪勢な家を作ることが出来たのだ。そして村長は今起きている百獣王を決める儀式について話を始めていた……
「王子殿下、もうパートナーにふさわしい人物はお決まりになりましたかな?」
「いえ、まだなんです。やはり共に百獣大戦を戦い抜く間柄になるわけですからパートナーは信頼できる方がいいと思います」
「左様でございますか。やはり龍族の方々は聡明でいらっしゃる……。私どもの村の者も王子殿下には劣るものの、いずれも百獣戦争に出るために選りすぐられた人材ですぞ!」
村長はシンルーにシェンカ村の強者たちの名前が書かれたリストを手渡し、胸を張って誇らしげに言うがシンルーはそのリストを一通り眺めてから呟いた。
「でも、このリストの中には僕に相応しい人物は居ませんね」
「な、なんと!?何故ですか!?」
驚愕する村長に向かってシンルーは言う。
「僕のパートナーに迎えたい方はこの村の中ではたった一人だけ。他の方々は……ちょっと……」
「そ、それは一体誰なのですか!?このリストに載っている者以外で、王子殿下のパートナーに相応しい人物が居るというのですか!?」
「はい、それはもちろんラギです」
シンルーはにっこりと微笑みながら答えた。しかし村長の方は目を見開いて驚いている。
「あやつが!?何故ですか!?あやつはただの孤児ですぞ!」
シンルーは落ち着いた口調で村長に話す。
「確かに彼は孤児です。でも、そんな彼にも素晴らしい才能があります。彼は人一倍勇気と正義感が強いのです。そして何より彼は普通の人間よりも信頼できます」
「で、ですが……」
村長はシンルーの言っている意味が分からなかったが、シンルーが真剣に言っていることだけは理解出来た。しかしそれでも腑に落ちない点があった。
「王子殿下、何故そのような孤児をパートナーにしようとしているのですか?彼が選ばれる可能性はほとんどないと思われますが……」
村長がそう言うとシンルーは考え込んだ。そして一呼吸おいてから静かに語り始めた。
「それは口で説明するのは難しいのですが、彼が僕のパートナーに相応しいと思った理由は二つあります。一つ目は、彼はまだ若いのにとても純粋な心を持っています。二つ目は初対面の僕に対して臆することなく接してくれる人懐っこい人柄が僕のパートナーとして相応しいと思ったからです」
村長はシンルーの言葉を聞いた後、しばらく考え込んだ。そしてシンルーの申し出を快諾した。
「そうですか、そこまで仰るのなら仕方ありませんな……。王子殿下がそこまで言うのであればあやつをよろしくお願いいたします」
「ありがとうございます」
「ラギ!!こっちへ来なさいッ!!!」
村長に呼ばれたラギは不思議そうに首を傾げながら窓を開けて彼の家の中に入って来た。彼は何故自分が村長に呼ばれたのかわからず怪訝な顔をして言った。
「どうしたんだよじっちゃん、そんな大声で怒鳴らなくたって聞こえてるよ」
「ラギ、お前はシンルー王子殿下のパートナーに選ばれた!しっかりと王子殿下をお助けするように!!」
「えっ!?俺がシンルーのパートナーに!?」
ラギは村長の言葉に驚いて言った。するとシンルーが微笑んで彼に向かって言う。
「そうだよラギ!僕はキミを百獣大戦のパートナーとして選んだんだ!」
「そ、そうか……!ありがとな!シンルー!!まさか俺がシンルーのパートナーに選ばれるなんて思わなかったぜ!」
ラギは嬉しそうな顔をするがすぐに困ったような顔をして言った。
「でもさ、俺って昔から人に迷惑かけてばっかりだし……シンルーの役に立てるかわからないぜ?」
「いいんだ、今日キミと行動を共にしてラギが信頼できる人だとわかったことが一番の理由だよ」
「シンルー……。よっしゃ!!俺も覚悟を決めたぜ!俺は必ずお前を守ってやる!!」
ラギはそう言ってシンルーに右手の拳を差し出した。シンルーは微笑み、同じように右手を出してラギの拳に自分の拳を当てた。彼らは固く友情を誓い合ったのだった……。
すると突然地響きがしたかと思うと、外から村人たちの叫び声が響いた。
「昆虫人だ!奴らが攻めてきたぁ!!」
「昆虫人じゃと!?よりにもよってこんな時に……!」
村長が動揺していると、ラギがシンルーを庇うように前へ躍り出た。
「あいつら……!シンルー、危険だからじっちゃんの家に隠れているんだ!」
「いや、そういうわけにはいかないよ。僕も戦う」
シンルーはそう言ってラギの隣に並んだ。
「なんだって!?お前、戦いの経験あるのかよ?」
「もちろんないよ」
「……わかった。それなら俺の後ろから離れるな、絶対守ってやる!」
そう言うと二人は戦闘態勢に入るのだった……。
昆虫人とはこの世界に存在する人間とは異なる文明を築き上げた昆虫生命体である。彼らは人間と同じように二足歩行をして人間同様かそれ以上の知能を有していた。
しかし、彼らは人間だけでなく動物たちにも激しい敵意を抱いていた。それは自分たちが百獣大戦に参加する権利を得られないことに対する不満の表れであった。昆虫人たちは百獣大戦への参加資格を持つ人間や動物たちを激しく憎むようになり、彼らの住む村や町を襲撃しては食料の強奪を繰り返していた。
「くそっ!あの虫野郎どもめ、とうとうここまで攻めてきやがったか!!」
ラギは村人が取り落としたのであろう、棒切れを拾って構えると昆虫人たちに向かっていく。その姿を見たシンルーは慌ててラギを引き止めようとした。
「待ってよラギ!彼らは普通の人間じゃ勝てないんだよ!?」
「そんなのやってみなきゃわからねええーーーッ!」
外に出てみると、昆虫人の軍隊が村を襲っていた。村人たちは必死に応戦していたが、相手は2m近い巨体と戦車の様に巨大なダンゴムシに似た虫を引き連れ、口から吐く粘液で村人たちを捕らえて拉致していった。そして彼らの武器は鋭い
棘や鎌、そして口から出す溶解液だ。昆虫人は極めて高い戦闘能力を誇っていたのである。
「うわああーーッ!助けてくれぇーー!」
「うぎゃああああーーーッ!!」
昆虫人たちは村人を捕えては次々に拉致していき、家々を破壊しながら中に入って食料を奪っていく。その様子を見たラギは怒り狂っていた……。
「許さねえ……お前ら許さねぇぞ!」
ラギは棒切れを強く握りしめると雄叫びを上げて昆虫人たちに向かっていったが、そのうちの一人が腕を強く薙ぎ払うと彼は簡単に吹き飛ばされてしまった。
「ラギ!しっかりして!!」
シンルーがそう言うと吹き飛ばされてきたラギの身体を受け止める。そして優しく語りかけた。
「ラギ、キミは十分すぎるくらい勇敢だったよ。後は僕に任せて」
「し、シンルー……駄目だ!お前じゃあいつらには勝てねえよ!!」
ラギはそう言うとシンルーを庇うために起き上がる。そしてフラフラと立ち上がって再び戦おうとしたが、まだ足元がおぼつかなかったのですぐに倒れこんでしまった。だがそれでも彼は立ち上がり続けた……。
(ここで俺が負けたら村全体がこいつらにめちゃくちゃにされちまう……!だからせめて時間稼ぎをしないと!)
ラギが立ち上がろうとしたその時、空中から蝶のような羽を生やした少年が舞い降りた。その目つきは鋭く、攻撃的な光を宿している。その少年を見て昆虫人たちは一斉に歓声をあげた。
「フォルン将軍閣下!ここは我々に任せて陣内でお休みください!!」
「いや、ここにシンルーがいると聞いたので挨拶に来ただけだ」
フォルンと呼ばれたその少年はそう言うとシンルーの前に立った。そして、昆虫人にしては流暢な言葉遣いで話し始めた。
「久しぶりだね、シンルー。まさかキミが百獣大戦に参加しているとは思わなかったよ……相変わらずその美しさは百獣大戦に相応しくないね」
「やあ、フォルン。相変わらずの口説き癖だね」
シンルーはそう言って微笑んだが、その瞳は笑っていなかった。するとフォルンは首を振った。
「おっと誤解しないでおくれよ。オレはキミを口説くつもりで来たんじゃない……キミをオレのモノにするために来たのだからね!!」
「シンルーを自分のものにだって?昆虫人のくせにそっちの趣味があるのかよ……」
ラギが呆れたような顔をしてフォルンに言うと彼は意外そうな顔をして言った。
「おや、キミはシンルーのことを何も知らないようだね。なんたってシンルーは……」
「言うな!」
シンルーはフォルンの言葉を遮って叫んだ。
「フフフッ、そんな感情的に怒鳴る姿もチャーミングだよ……龍の姫君!」
フォルンはその手に握り締めた革の鞭を一振りするとシンルーを薙ぎ払った。その一撃によってシンルーの上着が引きちぎられ、玉のような素肌と傷一つない美しい背中が露わになる。
「シンルーッ!」
ラギは叫ぶと同時にフォルンに向かって飛び出していったが、フォルンに背中を鞭で強く叩かれて地面に叩きつけられた。
「いいところなんだから邪魔しないでくれよ……これでわかったろう?シンルーは君たち人間に嘘をついていたのさ。龍の王子だなんて真っ赤な嘘。彼女は龍族の王女なのだからね!!」
フォルンのその発言を聞いたシンルーは唇を噛み締めながら地面から立ち上がった。そして真剣な眼差しで彼を見つめながら言った。
「そうだよ、僕は龍族の王女だ……。男だと偽ったのは父上に自分を強く見せるためだよ……」
「えぇっ!?シンルーって女だったのか……」
ラギは信じられないという顔をして言った。するとフォルンが横から口を挟んだ。
「そうさ、キミはシンルーの美しさを見て変だと思わなかったのかい?こんな美しい人が男であるはずがないとね」
フォルンにそう言われてラギは改めてシンルーをまじまじと見つめた。彼女の素肌は透き通るほどに白く、滑らかな曲線を描く体つきと美しく伸びた脚は女性のそれとしか思えない。
「そうだったのか……。でも、なんでお前は女だってことを隠していたんだ?そんなに大切なことなのか?」
ラギがそう言うとシンルーは少し悲しげな表情を見せたがすぐに微笑んで答えた。
「それは僕が強くなるために必要なことだったんだよ……僕の父上は恐ろしい王なんだ」
「恐ろしい王?」
ラギの言葉にシンルーはゆっくりと頷くと言った。
「そう、僕の父上は百獣大戦の勝者になるためには手段を選ばない冷酷な方なんだ。本当は僕の弟が百獣大戦に参加するはずだったんだけど、あの子は幼い頃から病気になりがちで争いを好まない優しい性格だった。僕はそんなあの子を争いごとに巻き込まないために王女ではなく王子として生きることに決めたんだよ」
シンルーがそこまで言うとラギは彼女の瞳を見つめて言った。
「だからお前は女であることを隠して男として振る舞っていたのか……辛かったろうに」
「ラギ、キミは本当に優しい人だね……ありがとう」
シンルーはそう言うとそっと瞳を閉じた。その頰には一筋の涙が伝っている。それを見たフォルンは苛立た様子でシンルーに言った。
「なぜだッ!どうしておまえは涙を見せるんだ!!そんな小僧に感謝するなんてどうかしている!オレはお前のしおらしい表情を見たことが無いのに!」
「フォルン、キミに僕の気持ちは理解できないよ」
シンルーはそう言って目を開けると毅然とした表情でフォルンを睨みつけた。その瞳には怒りの炎が宿っているように感じられる。
「くっ……まあいい、これ以上あのラギとかいう小僧と話していると余計に腹が立ってくる!オレはシンルーが心からオレに惚れるまで何度でも口説くまでさ!!出番だぞアラネドール!」
フォルンの声に応えるように地中から巨大な黒い蜘蛛が姿を現した。その背には戦車の砲台のような大砲が装着されている。それはまさに昆虫戦車とでもいうような風貌である。
「アラネドール!シンルーを捕まえるんだ!」
アラネドールは口から溶解液を噴射しながらシンルーに向かって突進し始めた。そして口から糸を出して彼女を絡め取ろうと試みる。
「させるかよ!!」
ラギは棒切れを握りしめて飛び上がると、渾身の力を込めてアラネドールの頭に一撃を叩き込んだ。その衝撃でアラネドールの身体が一瞬ふらつくがすぐに大砲から砲弾を打ち込んで彼を吹き飛ばした。
「うわアッ!」
爆風で吹き飛ばされるラギ。地面に叩きつけられたその体は火傷だらけで彼の命は最早、風前の灯火であった。
「ラギ……ラギ……嫌だ、そんな……!」
シンルーは悲痛な叫び声を上げたが、それでも彼女は傷ついたラギを抱きしめた。するとそれに反応したのかアラネドールは再び彼女に向かって突進してきた。
「ラギ……僕のただ1人のパートナー、キミを死なせはしない……!」
するとシンルーは深く息を吸い込むとラギの唇に口付けた。
その瞬間、二人の身体から光が溢れ出し、アラネドールは思わずたじろぐ。
「なんだこれは!?まさか……『龍の息吹』か!?」
フォルンは慌てた様子で距離を取るとアラネドールに大砲を乱射させて2人を攻撃しようとするが光の中から紅蓮の炎が噴き出して砲弾を消滅させた。
「うおおおおおッ!!」
雄叫びと共に燃え盛る炎の中から現れたのは炎のような橙黄色の鎧に身を包んだ戦士であった。その腕にはシンルーを抱きかかえている。
「シンルー、怪我は無いか?」
「ラギ……その姿は一体……?」
シンルーは目を丸くして驚きながら言った。ラギの身長は2メートルを越え、その顔には龍の頭を象った兜を身につけ後頭部からタテガミのように伸びた赤い髪を生やし、背中からは炎が噴き出してマントのようになっている。
「俺にも良くわからない。でも、なんだか力が湧いてくるような気がするんだ」
「ラギ、今のキミならアラネドールも倒せるはずだよ!」
シンルーがそう言うとラギは大きく頷き、アラネドールに向かって走り出した。そして大きく飛び上がると渾身の力を込めて拳を叩きつける。その一撃でアラネドールは吹き飛んだがすぐに起き上がり口から溶解液を噴射してきた。しかしそれに対抗してラギも炎を吐き出して対抗する。やがて2つのブレスの力は相殺され激しい爆発を起こす。
「す、すげぇ……」
ラギは自分の拳を見つめ、信じられないような表情を浮かべていたがすぐに気を取り直すとアラネドールに突進して行く。そして頭の中に突然浮かんだ言葉を自然に叫んでいた。
「炎龍剣!」
ラギが叫ぶと同時に彼の右手から炎が噴き出して巨大な剣へと姿を変えた。
ラギはそれを振り回してアラネドールに斬りかかる。アラネドールは糸を吐き出して抵抗するが、炎龍剣はその糸を焼き尽くしアラネドールの肉体を真っ二つに斬り裂いた。
「おのれぇ!次はこうはいかないからな……!!」
フォルンは捨て台詞を吐くと同時に蝶の羽を広げて大空へと飛び立っていった。それを見た昆虫人の軍隊も拉致していた村人たちを放り出して一目散に逃げだした。
「勝った……勝ったぞおおッ!!」
ラギは歓喜の雄叫びを上げたがその瞬間、彼は疲労感に襲われその場で倒れそうになる。その姿は橙黄色の鎧に身を包んだ戦士からもとの小柄な12歳の少年に戻っていた。
「ラギ!!」
シンルーは倒れそうになるラギを咄嗟に抱きかかえた。そして心配そうに彼の顔を見つめると、彼はゆっくりと目を開けて言った。
「シンルー……無事か?」
ラギがそう尋ねるとシンルーは嬉しそうに微笑んで言った。
「大丈夫、どこも怪我していないよ……ありがとう、僕のパートナー」
2人は見つめ合って微笑み合った。そこに村人達が駆け寄ってきて2人を褒め称えた。それはまるで英雄を迎えたかのような騒ぎであった。こうしてシェンカ村は昆虫人の軍隊からの攻撃から守られたのである。それから数日後。
ラギは村外れの丘の上で静かに流れる川を眺めながら物思いに耽っていた。隣にはシンルーが座り、じっと彼を見つめている。
「シンルー、これからどこへ向かえばいいんだ?」
ラギがシンルーへ語りかける。2人はシェンカ村を旅立ち、次なる目的地を探す旅へと出ることにしたのだ。だが、どこへ行けばいいのかさっぱり分からなかった。
「とりあえずはここから北に向かって行こうと思うんだ。そこに百獣大戦に参加する動物たちやそのパートナーたちが集まることになっているからね」
シンルーは川を眺めながら言った。それを聞いてラギも納得したように頷く。
「そうだな、それがいいかもしれない……シンルー、これからよろしく頼むな!」
ラギがそう言うとシンルーは少し照れたように顔を赤らめたがすぐに満面の笑みを浮かべて言った。
「もちろん!僕のパートナーはキミだけだよ!」
シンルーはそう言うとラギと手を繋いで歩き始めた。今、2人の冒険が始まろうとしていたのである……!