[28].大会
暑さから逃れる様に外よりも冷涼なダンジョンで戦い続け、人として力をつけた私は唐突に予告された大会に向け休息をとり護衛やギルドメンバーと親睦を深めていると遂にその日が訪れた。
楽しみで寝付けず開催直後に向かえなかったのは残念だが最後の支度を完了し、ようやくその場へと進む準備が整った。
「2人とも、用意はいいですか?」
「「勿論です(!)」」
「自己鑑定」
ステータス
名前:富麗乃 純 種族:人間 レベル:29
技能:下位自己鑑定
交換
魔力操作
身体強化
装備強化
装備:霊服
霊刀
臨時:大会参加(残り115:29:30)
何週間にも渡る精霊魔法を用いたパワーレベリングの成果がここに。
1番下に表示された大会参加に指をかけ、宣言する。
「行きます。大会参加!」
宣言をすると視界が異空間を映し出す。
古風というに相応しい街並み、見たこともない程に道を行き交う人々。
これがあの土地の昔の姿だったかもしれないと思うと胸が躍る。
少し遅れて隣にやって来た2人も周囲を見渡すと口を開く。
「お嬢、まずは宿を取りに行きましょう。部屋は無限とはいえ先にとることで休憩場所としても利用できます」
「それが終われば早速大会に参加しましょう!この大会報酬はこれ以上無いくらい美味しいです!」
「分かりました。では宿をとった後に大会に参加することにします」
街の各所にある宿、その中でも比較的良い部屋のある宿まで真っ先にこの場へ参加し、街の形や店などを把握した情報を交換して一儲けしとうとする商売上手な男が道端で自身を売り込んでいる所を発見したので案内してもらい到着。
頼んだ勇がそのまま料金を支払うと来た道を戻る様に大急ぎで戻ってしまった。
商魂たくましい。
宿屋に足を踏み入れると目の前にいくつかの部屋の画像と共にそれぞれの料金が表示される。
3種類の部屋があったので真ん中の部屋を選択し宿泊日数を3日にすると料金は90Pだった。
高いのか安いのか判別が付かないが余裕を持って払える金額なのでお支払いを済ませると表示は消え視覚的に自由になり宿内を探索できる様になる。
履き物を脱ぐと私が終わるのを待っていた2人を連れて客室の障子を開くと自室よりも広々とした区間がそこにつながっていた。
どの障子を開いてもその先は自分に割り当てられた部屋であり、他の人に許可を出せば別の仲間も最大6人30分間のみ中に入れる仕組みのようで勇の部屋に失礼して各自の寝巻きや幾つかの服を受け渡され、自室に仕舞うと外へ。
大会参加ができる場所を探しがてら今だけの街並みを楽しむことにした。
大会は街で最も大きな屋敷の様な建物で受付が可能であり参加費は未進化者150P進化者300Pとなっていたので150P払い自由に大会参加が可能となった。
大会の種類も豊富に存在し、5レベル毎に階級分けされた“階級別”、種族毎に分けられた“種族別”、レベルフリーな“無差別”、それぞれ1対1の個人戦を行える。
宣言すれば負けとなるがそれ以上戦わずに済んだり予告通り大会の試合でのみ一部使い切りアイテム以外の全ての損害が試合前の状態に戻る。
痛みは多少抑えられる程度で勿論感じるがここでは何度でも臨死を体験し自分の改善点を発見できる良い機会なのである。
2人に伝え早速試合に参加する。
始めは階級別個人戦からである。
大会の異空間内ではどこでもステータスを通じて試合参加が可能であるためこの場で希望を出すと直ぐに相手が決まったようで空間内のどこかへ飛ばされ対戦相手と相対することになった。
両者共に近距離武器の為間隔は10m、戦闘開始までは5秒、刀を抜き姿勢を正す。
始まると相手は盾を構えこちらに全速で走り寄って来る。
少し早く感じるので《身体強化》を使っているのだろうと思いこちらも同じく発動する。
魔力を消費し身体能力を上昇、強化された肉体で相手の突進を右に移動し躱すと同時に反撃。
私の横切りは当然盾に阻まれそのまま弾き返されできた隙を目掛け片手剣で攻撃される。
攻撃をいつもの様に水盾で防御す——出来ない。
「ちょっと待っ——」
慌てて武器を引き戻し剣と体の間に滑り込ませようとするも間に合わず胴を大きく切り裂かれ横に倒れる。
その瞬間は少しの痛みと刃の冷たさを感じただけだったが直ぐに激しい痛みと傷口から血が溢れ出す感覚に襲われ呼吸が荒くなる。
「ハアッハアッハアッハアッ——」
相手はその場から動かずこちらを伺う。
なんで動かないのだ。
そう思うと相手から緊張した声がかけられる。
「それ以上苦しむ前に死んだ方がいいと思う。生き返るから安心して」
そうだった、私が「ちょっと待って」と言ったのだった。
「お願い、します!」
あまりの痛みに発狂しそうになる中なんとか言葉を絞り出す。
彼は近づくと綺麗な動作で首に剣を振り下ろした。
視界が暗転すると試合希望を出したさっきの場所に立っていた。
傷口ができた場所に目を向けるとそんなものは初めからなかったかの様に服が当たり前の姿で存在しその内側を探るかの様に腹部を触るが痛みも傷も何も無かった。
そう魔法、なんで精霊魔法が発動しなかったのだろうか?
試しに水球を目の前に出そうとするが出ない。
そもそも精霊の存在すら感じられない。
これは異常事態だと思い権能《変態》を——出来ない。
自分に残しておいた精霊の僅かな力もまでも扱えないどころか感じられなくなっている。
これではまるで私が人間になってしまったかの様ではないか。
恐怖で涙が溢れ出す。
私が戻って来てからずっと近くに居て何か声をかけてくれる2人の声がまるで耳に届かない。
精霊の力を行使する術を失い、感知する術も失い、残っているのはなんの力も持たない人間の体だけ。
損失感から来る絶望で目の前が真っ暗になる。
私は、私はこれからどうすれば……。
2人を始め道行く人々に視線を向けられる。
いつも勝手に感じている人の良し悪しが分からない。
普通なら詳しく見ようとせずとも人の精神性の内主に3つ、知性・理性・品性から感じるもので人を区分けしているのに、分からない、何も感じれないから全員が怖く感じる。
今隣を通った人は、前を歩く人は、後ろに居る人は果たしていい人なのだろうか?
いつから気がつかなかった?
みんなが良くも悪くも無い平凡だから特に何も感じないと勝手に思っていた。
でもそうじゃない。
試合の間?屋敷に着いた後?宿で?案内してもらった時?
いつ?……分からない。
ゆさ、ゆさゆさ。
体をゆすられている。
私に唯一残ったもの。
守らないと。
急速に意識が覚醒する。
目の前には——
「莉沙、どうしましたか?」
「どうしましたじゃありませんよ!どうしたんですか?何かされたんですか?何があったんですか?お話を聞かせて下さい。私たちが精一杯問題解決しますから」
「一旦、一旦宿に戻りましょう。少し休みたいと思います」
自分を落ち着かせるように言葉をはく。
考えも何もまとまらないのだけれども、少しでも落ち着ける場所が必要だ。
「莉沙、手を、手を繋いでもらえませんか?」
「勿論です!」
今は少しでも自分を安心させないと。
莉沙の手、いつもの手袋を外したその温かな手は私の心を少し慰めた。
宿屋の自室に2人にも入ってもらい敷布団の中で横になる。
隣にはずっと手を握り続けてくれている莉沙が。
入り口の障子前には正座を崩さずこちらを心配する勇がいる。
時間がどうしようもない私の心を少しずつほぐし気が付けば口を開いていた。
「莉沙、私はもしかすると、ある意味また少し人間というものを知れたのかも知れません」
失ったものを悔やむより前に進むために今あるものに感謝した方がいい。
そのほうが心が落ち着く。
「どうしましたか?」
莉沙は優しい声で聞いてくる。
「切られるのは痛かったです。これまでに無いくらい血が勢いよく吹き出し、最後は首を切られました。……よく考えれば宣言をすれば良かったかもしれません。その瞬間は死ぬと言うことが言い表せない程近くに感じました。相手は怖いけど優しくて……でもやっぱりとても怖かったです。けど私が怖かったのはもっと違うのです」
「ゆっくりで大丈夫ですよ」
「はい、ありがとうございます。私は有るものが無くなってしまうのがとても怖かったのです。当たり前だと信じて疑わなかったことができなくって、よく考えてみると本当に何も分からなくなってしまったのです。私はどうしたらいいのでしょうか」
「よろしければもう少し詳しく教えてもらってもいいですか?」
「…………」
「私は隣にいるので話したいことがあればいつでもいいですからね」
いけない、話したら楽にはなるかも知れない。
でも不必要に弱みを見せるのは良くない。
けれど……力を失い、自分の状態も分からずどうすれば良いのだろうか、何も分からない。
今の私は人間と同じ。
皮肉なものだ、これで人の事をより知れるようになる。
そう思いつくと可笑しい気分になりさっきまでのどうしようも無い気持ちが少し薄れた。
「理由は分かりませんが精霊魔法が使えなくなりました。今の私はただの人間のと同じようです」
「つまり?」
「私は精霊としての力を失いました」
「自身で制限をかけたんじゃなくてそんなことがあるんですか?」
「分かりません。でも今の私はそうなっています。そのせいか人間と同じように世界が見えます」
「どっかのタイミングでいうの間にか戻ってたりは——」
「それも分かりません。物質体にあった力の断片が消えたので私にはどうすることも出来ません。同胞は私のことを人だと認識すると思いますので助けてもらおうにもそもそもこちらからコンタクトが取れないのです——」
強がりが限界に達する前に部屋から出てもらうと枕に顔をうずめ静かに泣く。
助けてほしい、そう願うも当然返事は返って来なかった。
夢とは非常に面白いものである。
本来精霊が見れるものではないが完全変態をした私はそれを見ることが出来ている。
夢とは記憶と現実、妄想の混合物。
目の前に立つ黒塗りの男のせいか夢で苦しむ私は魂に鎖を巻かれている。
男は話す。
なんのためにこうする必要があるのか。
誰のためにこうする必要があるのか。
そしてなぜこうならなくてはいけないのか。
自分の罪に苦しみ、未来を憂い、人に託す。
全てが上手くは行かないだろう。
沢山の反発や被害もあるだろう。
それでも、たとえ多くの人間を蔑ろにする事になるとしても、多くの土台の上に確かな安定を築きあげる。
君もその礎になってもらいます。
……申し訳ないです、全て忘れて下さい。
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