[27].イベントの知らせ
朝、空は厚い雲に覆われ雨粒が窓際の床を濡らす。
最近は比較的雨が多いように感じるがまだしばらく続くらしい。
この季節はダンジョン内で過ごす方がもしかすると快適かも知れない、魔物がいないことが前提だが。
物質体は部屋で休ませ完全変態をして外へ出た。
雨の日は私の調子が頗る良くなる。
精霊体で街をふらついていると冒険者協会があったので外に張り出されている“異変情報局”というギルドが作成した緊急報告を見た。
“近場の3-1迷宮でイレギュラー発生、死者365名。
イレギュラー内容、魔物の大幅な増加。
備考、1~6階層までの敵が突然消失したという報告に加え深層に浅層の魔物が確認されたことから階層の革新がされたと考えられる。
本件は収束しました。
各階の魔物分布はイレギュラー以前と同じです。
詳しい情報をお求めの方はダンジョン協会にてご質問下さい。”
昨日のことなのだろう。
より奥に進むということは様々な危険が伴う。
なるべく早くに死者が救われることを祈ろう。
学校の屋上でゆったりとリラックスをする。
土砂降りの雨に心地よさを感じながら大地に降る水の力をほんのりと集める。
とりすぎたら同胞に迷惑がかかるのに加え星が痛むのでほんの少しにしておくのが良いのである。
大地が力を失うのは私たちの本意では無いのだ。
水の力が少し上昇した、と言ってもこの場では何年何十年続けてようやく目に見える様になるのでできることに変わりは無い。
水に対しての感謝や恐怖を生物がより感じれば普段よりも何倍と良い効率になるのだがそういうことを願うのは良くないのである。
自室まで戻り魔石を魔力に分解する。
今は霊力の使用が激しかったり非常に力が足りない訳では無いので魔力の状態で保存する。
今はこちらの方が役に立つからだ。
お昼ご飯の時間になるとようやく人に戻って食事をもらいに行った。
何もしてなくてもお腹は減るのである。
食事を終えると昨日同様に魔力の訓練をゆっくりと行い無くなれば満タンまで本体から移し訓練を続けた。
ずっと続け、体調が悪くなってくるとそこで訓練を打ち切る。
残った魔力でこれまで使っていなかった《交換》を開く。
色々見た結果一番面白そうなのは“通常交換”だと思った。
“世界交換”ではPがあれば飢えと渇きでは死なないし値は多少張るが甘味などの贅沢品や各種原料から多種多様の品を得られる。
“個人交換”には何も表示されることは無く、“通常交換”では日本中の人々が売っている物が沢山見ることができた。
とはいえ“世界交換”も既に用無しというわけではもちろん無い。
その土地で採集できない材料を交換したりゴミの処分ができたりもするようなのでまだまだ大活躍の様子。
しかし見る分には“通常交換”の方が楽しいのである。
食材を売る人、製作装備を売る人、少し良い回復薬を売る人、そして今もいくつもの目玉商品がオークションにかけられている。
完全変態、オークションの出品機能は進化後に取得できるSPを《交換》に費やせばできる様になるらしい。
他には悪意を持って人と接した人には《交換》も“世界交換”限定だが悪意を持って返す。
騙す方が悪いか、騙される方が悪いのか、人々はどちらの考え方なのだろうか?
他には全ての交換には隠し税率が導入されていることが分かった。
出品者の出した価格より高い金額が購入者には表示されているようだ。
強い武器、防具、迷宮の宝箱から得た品物。
その中にはスキルオーブまでもが出品されていた。
数個競売に出されている。
戦闘に使えそうな力の名前は《風魔法》《火属性付与》《精密動作》
価格は……最低60000P。
一日楽に稼げるポイントが30だから……高い?
消費無しの単純計算2000日分。
30P以上は取得しづらくなるはずなのでこれだけのポイントを集めるのにどれだけの労力が必要なのだろうか。
それでもここまで——!また値段が上がった。
オークション形式だからまだまだ上がりそうだ。
しかし大金を払わずとも“SP交換”で求めるものを得られるのになぜ……限りがあるからか。
完全変態、今知りたいことはこのくらいなのでもう良いだろう。
もう暫く迷宮に潜ればいずれ出来るようになる。
そしてそれを本体の強化に利用できるかも直ぐにわかる様になるはずだ。
さて、初めての《交換》は何にしようかな。
何が欲しいか、そういえば協会でもらった砂糖菓子、美味しかったなぁ。
なら甘味を、お菓子と交換しよう。
安く交換できるのは……茶色いべっこう飴。
これが良さそうだ。
《交換》すると手元に茶色く半透明な小さな円盤型の砂糖菓子が現れた。
少し怪しい色をしているが思い切って口に含む——甘い!
頑張った日のご褒美としてまた交換させて貰おう。
暗くなる前に夕食を済ませ夜になると明かりの魔道具に光が灯り、その周りで個々に集まり談笑しているギルドメンバーの様子を椅子から眺める。
一日を何事もなく、無事に過ごせたことをお互いに感謝し合う姿は美しく見えた。
雨の音と人の温かさを感じながら私も周囲に感化されるように2人に気持ちを伝える。
何となく話している内に私は眠りに落ちた。
心地良い目覚めと共に布団から起き上がる。
一度大きく伸びをする。
1日休んだのもあって体は絶好調である。
今日はもう少し下に行くのも良いかもしれない。
補助に精霊魔法を使いつつ前回到達した4階層までは難なく来れた。
刀の扱い自体が見様見真似程度でしかないので魔法大活躍である。
消耗はあるがそのおかげで5階層、6階層とどんどんと下へ進んでいった。
1階層ごとの広さが結構あるのでここまで来ると人に会う頻度も段々と少なくなってくる。
そして7階層、降りると同時に負の感情が降りかかってくる。
『怖い、痛い。何で、どうして。助けて……』
そんな強い感情の残滓が残っている気がする。
先日のイレギュラーで犠牲になった人は確かこの階層からだったのでそのせいなのだろう。
ここでは魔法使いら後衛にのみこちらも魔法を使い、他は武器で対処する。
数がいれば莉沙がすぐに減らしてくれるので状況が悪くなることはないのだ。
「やはり刀は重いですね」
「刀は元々重い武器でありますし、レベルが上がりましても急激に力が増加したりはしないのでもう暫くレベル上げに励まれると扱いやすくなると思われます」
「そうですか、敵が程よく強いのでこれから暫くはこの階にいようと思います」
「承知しました、では少し場所を変えましょう」
勇が莉沙に声を掛け、人が少ない良い環境に移動。
魔物は変わらず大きくても今の私の身長は150cmなのだがそれよりも少し小さいぐらいだろうか?
魔物の武装は前衛、剣・小盾・短剣・棍棒。
後衛は弓、杖。
大まかにこれらで構成されている。
近距離で最も苦手なのは武器が何であれ攻撃を防がれる盾持ち、次に武器のリーチがこちらと同程度の剣持ちだ。
後衛の長射程は精霊魔法で倒すのでそれ程脅威ではないがその手段が取れないならばかなり厳しいだろう。
それでも莉沙がいるので安全なのだが。
武器同士でぶつかり合う度に衝突箇所が僅かに変形し、肉を切ると魔物の体液で切れ味が悪くなる。
変形は僅かなので帰ってから手直しするまで問題なく使えるが、直ぐに悪影響の出る切れ味の低下は連続で戦うとそれを実感することになる。
切ろうとしても殴った様になるのだ。
これではいくら体装備が貧弱なゴブリンといえど時間がかかってしまう。
そのため頼むと手入れをしてくれる勇は莉沙ほど戦闘での活躍は無いがありがたい存在なのだ。
迷宮内で昼食を摂り、また暫く戦っていると尿意を催したため帰ろうと言うと「簡易トイレを携帯しているのでどうするか」と聞かれる。
おそらく音と煙で誤魔化す魔道具のことだろうと思ったので大人しく切り上げて帰ろうと思ったのだが帰路の行程をずっと我慢するのは難しいかもしれないと考え付く。
考え得る中で最悪である人の多い場所で催すことになるよりはここでしてしまった方が良いのかもしれない。
これからもお世話になるのだから今思い切ってしまった方が後の為……。
どちらにせよ恥ずかしくはあるが勇に頼むと簡易遮蔽・防音結界の魔道具を地面に広げると仕掛けが発動し簡易トイレが出来上がった。
どうやら使い切りかつ10分程度しか維持できない様だが素晴らしい発明品があったようだ。
勇が魔道具にある模様に手をかざすと入り口がスッと消滅し、中に入ると椅子と管を用意される。
用意は20秒ほどで終了し声をかけられたので使い方の説明を受け、本番。
中に入ると入り口を閉じる。
管を使い、魔道具の重要部位を濡らさないように用を足し、用意された紙で拭き取り決められた場所に捨て服装の確認をしたら外へ出た。
ふう、緊張したけど何事もなくてよかった。
水球を作り手を洗い、最後に手に残った水を集めると地面に捨てる。
これで手も清潔である。
せっかく魔道具を用意したから、と言うことでその後全員がすると十分な余裕を持って魔道具は消滅する。
ちなみに私と同じように2人も手を洗いたかったそうなので同様にした。
用は済んだので続けて戦闘を再開、その日はいつも以上にレベルが上がり以降も全員の体調が良い日は大体ダンジョンに向かいレベルを上げていると梅雨も明け、更に数週間が経過し暑さのピークに合わせる様にとある告知がやって来た。
ステータスを開くといつもの表示では無く、“第三回日本冒険者大会”開催のお知らせがそこにあり、その説明が長々とされている。
簡単にまとめると日本中の冒険者が異空間で一堂に会する事ができ、期間中に行われる試合大会に参加すると順位と自身のレベルが加味され終了時に報酬が貰えるというものらしい。
今回は“黒切り”と言う人が大会を開催し主催はダンジョン協会らしく開催日数は3日後より丸3日間。
その間異空間から出る事は出来ないが入場は自由。
試合での損害は使い切りのアイテム以外全て試合前と同様の状態に戻される親切仕様。
異空間は衣食住にPはかかるが快適な環境であるとされていた。
「莉沙、大会のお知らせが来ていたのですが私はこれに興味があります。行っても良いですか?」
「私も行きたいと思ってたから丁度よかった!年に2度あるかないかの日本中の冒険者に会うチャンスなので情報収集も兼ねてぜひ行きましょう!街並みも古き良き日本を感じられるのでそういう意味でも純ちゃんにも良い刺激になると思います!」
と言う事で行けることになった。
上位の人々の戦いぶりを観戦してみたい気持ちもあるので丁度よい。
日本に住まう人の実力を、この目で確かめさせてもらうとしよう。
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